シバリング
「ス、スゥーさん!?どうしてここに!?」
エジタスの巨大な右手によって、握り潰されそうになった真緒とサタニア。そんな二人の危機を間一髪の所で、氷雪の主である“スゥー”が、エジタスの小指と薬指を凍らせて助け出した。
「お久しぶりですねマオさん……すみませんが、再会を喜ぶのは後でお願い出来ますか?……私は今、とても大切な話をしていますので……」
「スゥーさん…………」
「大切な話……そうか、すっかり忘れていたが……“ワールドクラウン”は元々、世界中に散らばっていた六つの王冠を集結させ、完成させた代物……六つの王冠の一つである炎の王冠を大切にしていたスゥーにとってそれは、無断で持ち出されたと一緒……取り返したいと思うのは当然の事だよな…………」
エジタスを止めるので夢中になっていたが、“ワールドクラウン”が完成したあの時、世界中に散らばっていた六つの王冠が忽然と姿を消していた。そんな不可解な状況を黙っている訳が無い。特に王冠に思い入れが強く、執着していたスゥーが取り返したいと思うのは必然である。
「さぁ、今すぐ炎の王冠を返して下さい!!そうすれば、これ以上凍らせないであげるわ!!」
「…………成る程、お前の目的は炎の王冠か……全く、高が王冠の為にこんな辺境の地までわざわざ足を運ぶとは、相当暇と見える……」
“クラウドツリー”よりも遥かに大きいエジタスに対して、臆する事無く強気な発言をするスゥー。エジタスは、凍らされた小指と薬指の氷を砕きながら、スゥーに悪態を突いて行く。
「残念だが、もうこの世界の何処を探しても炎の王冠は見つからない」
「…………えっ?」
「どっかの勇者一行と魔王一行のせいで、完全消滅してしまった。恨むなら、そいつらを恨むんだな」
「「「…………」」」
何も言えなかった。エジタスの言い分は、強ち間違っていない。経緯はどうあれ、結果としてこの世から王冠を完全消滅させてしまった。言い訳のしようが無い。
「…………マオさん……今の話、本当ですか……?」
「……うん、全部本当だよ…………」
「そうですか…………」
顔が上げられなかった。後ろめたさから頭がどんどん重くなり、思わず俯いてしまう。そんな真緒を見ながら、スゥーは右手を突き出す。そして…………。
「はぁあああああ!!!」
「!!?」
その瞬間、エジタスの足元が急激に凍り付き、固まってしまった。
「ス、スゥーさん!?」
スゥーのまさかの行動に、その場にいる全員が驚きの表情を隠せなかった。
「今の話が事実であるのは、マオさん達の表情を見て理解出来ます……だけど、それはあくまで結果論に過ぎない……そうなった経緯はエジタス……あなたにあると私は思いました。私は、マオさん達の事を信じます」
「…………スゥーさん」
「……そう言う考えになってしまうか……まぁ、薄々そうなるのではないかと思っていたがな……そうした点では、予想通りと言っておこう」
本質から目を背けず、スゥーは真緒達を信じた。炎の王冠が完全消滅した原因はエジタスにあると考え、エジタスに敵対心を露にした。そうした光景を見たエジタスは、両足に力を入れて凍り付いた足元の氷を砕いた。
「マオさん、ここから先は私も一緒に戦います!!」
「ありがとうございます!!」
「マオぢゃん!!大丈夫だがぁ!?」
「あっ、その声は……ハナちゃん!!」
スゥーが加勢すると決断したその時、右足の方を攻撃していたハナコ、シーラ、アルシアの三人がスゥーの氷生成を目撃し、急遽駆け付けて来た。
「いったい、何がどうなっているんだ!?この氷は何なんだ!?」
「あれ?ぞごにいるのは、もじがじで……スゥーざん?」
「お久しぶりですね。ハナコさん」
「ぞうが、スゥーざんがあの氷を生成じだんだなぁ」
駆け付けた三人の中、唯一面識のあるハナコだけが突如出現した氷について、納得した。
「ちょっとちょっと、ハナコちゃん。この綺麗な人は誰なのかしら?」
「えっど、何で説明じだら良いだがなぁ……」
「説明も良いけど、それよりもまずは師匠の事に集中しましょう。話はそれからでも遅くはありません」
「そうだな……この戦いが終わったその時、皆でゆっくり話そうじゃないか」
説明する時間も惜しい。集まった六人は、新たに加わったスゥーと供にエジタスとの戦いを再開するのであった。
「一人加わっただけで、お前達の戦況は何も変わらない。先程は邪魔されたが、再び握り潰してやろう!!」
その瞬間、エジタスの左足から無数の手が浮き出し、七人に襲い掛かる。
「あの手に捕まっちゃ駄目だ!!捕まったら、さっきの僕達の様に右手まで移動して、そのまま握り潰されてしまう!!」
「ここは私に任せて下さい!!“スノーウェーブ”!!」
迫り来る無数の手に対して、スゥーが両手を突き出して魔法を唱えた。すると、巨大な雪の波が生成され無数の手を押し流した。
「おぉ!!凄いぞ!!」
「まだまだ終わりではありませんよ!!“氷結”!!」
「な、何だと!!?」
押し流した雪の波が、エジタスの足元まで到達した瞬間、雪から氷へと固まりエジタスの動きを封じた。
「行ける!!例えダメージを与えられないとしても、氷付けにして動きを封じる事が出来る!!」
「あなた、結構やるじゃないの!!あたし見とれちゃったわ!!」
「あ、ありがとうございます」
スゥーの加勢により、ダメージこそ与えられないが、動きを封じる事で勝利を掴み取れると希望が見え始めた。
「氷か……ならば……“シバリング”」
「「「「「「「!!!」」」」」」」
その瞬間、エジタスの全身が細かく震え始める。すると次第に全身から湯気が立ち上ぼり、足元の氷を溶かし始めた。
「な、何だあれ!?足元の氷が溶け始めているぞ!?」
「“シバリング”…………」
その一言に、全員が顔を向ける。真緒はエジタスの放った言葉に聞き覚えがあった。この世界では無く、元いた世界での知識。
「骨格筋をランダムに収縮させることにより熱産生を増加させる……体温調節等で行われる生理現象の一種……確かそんな感じの筈です……」
「熱産生を増加させるって……あんな全身から湯気が出る程、増加させられるのかよ!?」
「いや、恐らくエジタスさんは生理現象を意図的に起こしている。でなければ、氷が溶ける程の体温なんて出せる筈がない……」
「…………くっ!!」
「スゥーざん!?」
皆、エジタスのシバリングに驚きを隠せない中、スゥーが再びエジタスの足元を凍らせる。
「……………温いな」
「そんな…………」
しかし、体から湯気が出る程の熱量によって、足元の氷は一瞬で溶けてしまった。
「まだ……まだです!!“スノーボール”!!」
すると今度は、巨大な雪の塊を生成した。ゴルガ程の大きさを誇る雪の塊を、エジタス目掛けて勢い良く飛ばした。
「…………無駄だ」
「!!!」
しかしまたしても、スゥーが勢い良く飛ばした雪の塊は、エジタスに当たる直前に、その凄まじい熱量から雪、水、気体の順番に跡形も無く、消滅してしまった。
「どうして……どうして……!!“スノーウェーブ”!!“アイスピラー”!!“アイスメテオ”!!」
信じられなかった。今まで、氷が砕かれたりするのは何度か目にした。しかしこうして、あっさりと溶かされたりしてしまうのは初めての経験であった。雪と氷を扱うスゥーにとって、簡単には認められない出来事だった。
「お、押し切れ!!いくら熱量を上げられると言っても、限界がある筈だ!!」
「ぞ、ぞうだぁ!!エジタスざんの熱が下がるまで、放ぢ続げるだぁ!!」
「最後まで諦めないでください!!」
スゥーもそのつもりだ。最後まで諦めない。そうで無ければ、いったい何の為にここまでやって来たのだ。あそこまでの啖呵を切って置きながら、結局何も出来ませんでしたなど、そんな結果だけは何としてでも避けたい。そんな自問自答を繰り返しながら、スゥーはエジタス目掛けて魔法を唱え続ける。
「…………所詮は雪女……この程度の存在か……」
そう言うとエジタスは、ゆっくりと歩み始めた。スゥーが氷付けにして動きを封じようとするが、悉く溶かされてしまった。
「あ……も、もう駄目だわ……」
「スゥーさん…………」
「諦めるな!!押し切れ!!希望を捨てるんじゃない!!」
「スゥーざん!!もう、スゥーざんだげが頼りなんだぁ!!」
迫り来るエジタスに、スゥーは挫折と恐怖を味わった。雪と氷に絶対の自信を持っていたスゥーだが、こうも簡単に対処されてしまっては、その自信も揺らいでしまう。
「む、無理よ……あの“シバリング”がある限り、私の魔法は……絶対に効かない……例え連続で魔法を放って押し切ったとしても……」
「「…………」」
「それじゃあ……いったいどうしたら…………」
『押して駄目なら、更にもっと押して見ろ!!!』
「「「「「「「!!?」」」」」」」
スゥーの魔法も効かない。そう諦め掛けたその時、何処からか声が響き渡る。それと同時に、七人を覆うエジタスとは異なる巨大な影に気が付いた。一同は空を見上げる。
「な、何だあれは!?」
「鳥だ!!」
「ドラゴンだ!!」
「いや、“船”だ!!!」
七人を覆う巨大な影。その正体は、巨大な船だった。船が空を飛び、七人の頭上を通り過ぎると、エジタスの体中心目掛けて勢い良く突っ込む。
「がっ……はぁ……!!?」
あまりに突然な出来事に、反応が遅れたエジタス。そんな隙だらけのエジタスの胸に、巨大な船が勢い良く突き刺さった。
「な、何なんだあの船は!?」
「船が空を飛ぶだなんて……そんなの聞いた事が無いよ!!」
「そもそも、あの船は味方なの!?」
「エジタスざん目掛げで突ぎ刺ざっだ所を見るど……仲間だど思うげどぉ……」
「油断するな……そう思わせる為の罠かもしれない……」
「…………あれっ?と言うよりも、あの船……何処かで……」
「おいおい、俺の事を忘れたなんて言わせねぇぜ!!そうだろう……マオ“船長”!!」
「「「!!!」」」
皆が驚きの表情を浮かべる中、真緒は突っ込んで来た船に見覚えがあった。するとその時、船の手すりに一人の男が仁王立ちをして立っていた。忘れられない。忘れる筈が無い。その男は、腕組をしながら真緒達に向けて大声を発する。
「俺は言ったぜ……『困ったらいつでも俺達を頼れ、お前達が何処に居ようとも、即座に駆けつけてやる』って……今がその時だ!!」
「「「ジェドさん!!!」」」
海を越え山を越え、真緒達を助ける為にジェド海賊団船長ジェドが、船を携えやって来た。
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