折れてしまった心

 「さて、この小競り合いも飽きてきた。そろそろ終わらせるとしよう」



 無効化の穴を突いた攻撃は、エジタスが持つ三人分のステータスによって、空中に跳んだ事で意図も簡単に避けられてしまった。一同が絶望している中、空中に跳んだエジタスの右側から生えている魔王サタニアが、地上にいる者達目掛けて右腕を突き出した。



 「“ダークネスエッジ”」



 その瞬間、魔王サタニアの右手から黒色の刃が次々と生成され、地上目掛けて放たれた。



 「「ぐっ…………!!」」


 「「「「「ぐぁああ!!!」」」」」


 「み、皆!!大丈夫か!?」



 放たれた無数の刃は、地上にいる七人を切り刻む。その痛みと衝撃から、後方へと吹き飛ばされる。そんな一連の光景を空中から見ていたフォルスが、皆に安否を叫んだ。



 「人の心配より、自分の心配をしたらどうだ?」


 「!!!」



 気が付くと、エジタスはフォルスの背後へと回っていた。三人分のステータス、その差はあまりにもかけ離れた物であった。フォルスが振り向く前に、エジタスは自身の両腕を巨大化させると、右手と左手を合わせて拳を作り出した。そして、フォルス目掛けて上から叩き込んだ。



 「がはぁ!!!」



 後頭部を強く叩きつけられたフォルスは、勢い良く床へと激突した。衝撃からフォルスが激突した床の一部にひびが入った。



 「フォ、フォルス……さん」



 側にいた真緒は、落ちて来たフォルスの元まで歩み寄り、安否を心配する。



 「マ、マオ……に、逃げろ……最早打つ手立てが無い……俺達じゃ……エジタスさんを止める事は……ふ、不可能だ……」


 「フォルスさん…………」



 手詰まり。ここまで、ありとあらゆる作戦を立てて、エジタスを追い詰める事に成功したが、それも万策尽きてしまった。



 「マオさん……フォルスさんの言う通りですよ……」


 「リーマ……」


 「これは最初から、定められた運命だったんですよ……私達とエジタスさんでは雲泥の差……勝ち目なんて……端から存在しなかったんですよ……」



 そのあまりの差の違いに、リーマもフォルスと同様に、戦う気力が無くなってしまった。



 「ぞうだなぁ……ごごまで力の差があるど……逆に清々じぐ、感じるだよぉ……」


 「ハナちゃんまで……」



 ハナコもまた、二人と同じ様に心が折れてしまった。どう足掻いても、勝つ事が出来ない。



 「……そうね……ハナコちゃんの言う通りね」


 「アルシア!?君まで何を言い出すんだ!?」



 三人だけで無く、アルシアまでもが諦めの一言を発した。サタニアは、驚きの表情を浮かべながら問い掛ける。



 「考えても見て魔王ちゃん。これだけの力の差よ?もしも……もしも仮に……あのエジタスちゃんを止める事が出来たとして……そこから更に強くなられたりしたら……それこそ、この世の終わりよ」


 「…………」



 サタニアは何も言えなかった。アルシアの考えは、強ち間違っていないかもしれないからだ。アルシアは、先の事を見据えて諦めたのだ。



 「そうか……あれ以上に強くなるのか…………なら、戦うだけ無意味だな」


 「シーラ……」



 アルシアの言葉に触発される様に、シーラの心も折れてしまった。全身から力が抜ける。持っていた槍が床に落ちて高音を掻き立てる。



 「ハイシャニ……カチハナイ……オトナシク……シヲウケイレルシカナイ」


 「ゴルガ……そんな弱音、聞きたく無かったよ……」



 さすがのゴルガでも、戦局の現状は理解する事が出来る。最早勝ち目は皆無、敗者に価値は無い。せめて楽に死ねる様に、抵抗せずに大人しく待つのみである。



 「皆、駄目だよ。最後まで諦めちゃ……」


 「そうだよ。諦めなければ、必ず道は開けるんだ……」


 「マオ……最後までと言うが、今がその最後なんだ……もう諦めるしか無いんだよ……」


 「魔王ちゃん……確かに諦めなければ道は開けるわ……でもね、それがいつ開くかは分からない。あたし達には、もう戦う気力は残っていないのよ……」


 「「…………」」



 真緒とサタニアを除く六人は、エジタスの圧倒的力の前に、心が折れてしまった。それにより、全ての物事に無気力な状態になってしまった。



 「おやおや、どうしたのかな?まるで生気を感じられないぞ?」


 「「!!!」」



 後ろから声が聞こえる。真緒とサタニアが振り返ると、そこには元凶であるエジタスが立っていた。エジタスの背中からは、コウスケと魔王サタニアが虚ろな目で、こちらを見つめていた。



 「漸く諦めたか。それで良いんだ、世界中が幸せになるんだ。抗おうとする事自体が間違っている」


 「へへっ、お前が言うと妙に説得力がある気がするよ……」



 気の抜けた笑い。生への執着も薄れていた。



 「…………しかしだ。残念だが、俺の計画を妨害したお前達には、死んで貰う。生かしておいた後に、心変わりされても困るからな」


 「出来る限り、苦しまずに殺して頂けると、ありがたいです……」


 「良いだろう。ここまで俺を追い詰めたんだ。その功績を称えて、一思いに殺してやる」



 そう言うとエジタスは、自身の右手を鋭い鎌へと変形させた。素振りをする度に、風を斬る様な乾いた音が鳴り響く。



 「この鎌の切れ味なら、お前達の首も綺麗に斬り落とす事が出来る」


 「ぞれは嬉じいだぁ……オラ、痛いのは嫌いだがらなぁ……」


 「ハイシャデアル、オレタチニナントヤサシイココロヅカイ……カンシャシマス……」



 既に六人の目に、光は灯っていなかった。只ひたすらに、この苦しい戦いから死を持って逃げようとする。



 「それじゃあ…………死ね」



 六人は目を瞑った。エジタスの鎌が、勢い良く振られる。



         ガキィイン!!



 「「「「「「!!?」」」」」」



 しかしその瞬間、金属同士がぶつかり合う様な鈍い音が聞こえて来た。六人は慌てて目を開いた。



 「「「マオ!!?」」」


 「「「魔王様!!?」」」



 目線の先には、真緒とサタニアの各々が純白の剣とティルスレイブを用いて、エジタスの鎌を受け止めていた。



 「ぐっ…………!!」


 「うぅ…………!!」



 二人の額から汗が流れる。エジタスが片手で攻めるのに対して、真緒とサタニアは二人係で受け止めている。それでも受け止めるのがやっと、という状況だった。



 「皆……諦めちゃ……駄目だよ……今この時が最後だなんて……何で勝手に決めちゃうの……最後って言うのは……勝手に決められる物じゃ無いよ!!!」


 「…………マオ」


 「いつ開くかは分からない……なら、開くまで諦めなければ良い……戦う気力が無いのなら……助ける気力を使えば良いんだよ!!!」


 「魔王ちゃん…………」


 「…………何故、諦めない……」


 「「!!!」」



 受け止める二人に、エジタスは片手だけで無く、体全体で攻め始める。今まで感じた事の無い重みと圧力が、二人に襲い掛かる。



 「…………」



 その時だった、エジタスの頭にフラスコ瓶が投げ付けられた。フラスコ瓶が割れると、中に入っていた紫色の液体が流れ出る。



 「……何をしているんだ?アーメイデ?」


 「はぁ……はぁ……はぁ……そこまでよ、エジタス!!」



 フラスコ瓶をなげつけたのは、アーメイデであった。アーメイデはフラスコ瓶を投げ付けると、息を切らしながらエジタスを指差した。



 「その液体は超猛毒!!解毒剤は、私しか持っていない!!この解毒剤が欲しかったら、戦うのを止めなさい!!」



 アーメイデは、懐から取り出した解毒剤を見せつけながら、エジタスに戦うのを止める様に要求した。



 「…………残念だが……」


 「「!!?」」



 その瞬間、二人への重みと圧力が消えて無くなった。何故なら、エジタスはアーメイデの目の前に移動していたのだ。



 「俺に毒は効かない……」


 「…………」


 アーメイデは分かっていた。エジタスに毒など効く訳が無いと……しかしそれでも、一か八かの賭けに出た。そして結果は予想通り、全く効いていなかった。



 「そんなに死に急ぎたいなら……先に殺してやるよ」


 「…………ふっ」



 これから死ぬという状況とは裏腹に、アーメイデは笑みを浮かべていた。



 「(やっぱり毒は効かないか……どこまで化物染みているのよ……でも、一時的にあの子達を助けられた……それだけで満足よ……)」



 アーメイデのもう一つの賭け。それは、危機的状況に陥っている真緒達とサタニア達を助ける事だった。



 「「「「アーメイデさん!!!」」」」



 エジタスが鎌を振り上げる。その光景を見ながら真緒、ハナコ、リーマ、フォルスの四人がアーメイデを助けようと走り出す。しかし、激しい痛みから体が上手く動かない。ふらふらになりながらも、必死に助けようと走って来る。



 「(マオ……ハナコ……リーマ……フォルス……あなた達なら必ずエジタスを止められる……私は……信じてる……)」


 「「「「!!!」」」」



 アーメイデは走って来る真緒達に向けて、満面の笑みを浮かべた。そして次の瞬間、アーメイデの首は斬り落とされた。



 「…………アーメイデさん……」


 「あ……ああ……ああ……!!」


 「いやぁああああああああ!!!」


 「…………くそっ!!くそっ!!くそぉおおおおお!!!」



 アーメイデが死に、悲しみが部屋全体に広がった。ある者は言葉を失い、ある者は嘆き悲しみ、ある者は悔しさから叫び声を上げた。



 「……二千年の付き合いだ……供養位はしてやるよ……」



 そう言いながら、エジタスは斬り落としたアーメイデの首を、今一度胴体に繋ぎ合わせた。そして外れない様に、首の皮を骨肉魔法で繋ぎ止めた。



 「……皆……これでもまだ……諦めようなんて言う……?」


 「……言う訳……ねぇだろう!!」


 「ごごで諦めだら……死んでも死にぎれないだぁ!!」


 「アーメイデさんが繋いでくれたこの命……決して無駄にはしません!!」



 真緒の言葉に、三人は折れてしまった心を立て直し、再び戦う事を決意した。



 「……僕はマオ達と一緒に戦うつもりだけど……皆はどうする?」


 「そんな決まってるでしょ……ここで引いたら、男じゃねぇええええ!!」


 「アーメイデの奴……カッコいい事してんじゃねぇよ……あんな物見せられたら、答えない訳には行かないだろう!!」


 「オレハ、サイゴマデタタカウ……タトエテアシガ、ナクナロウトモ……シヌマデタタカイツヅケル!!」



 サタニアの言葉に、三人は折れてしまった心を立て直し、再び戦う事を決意した。



 「「それじゃあ皆、行くぞ!!アーメイデさんの命を無駄にするな!!」」


 「「「「「「おぉ!!!」」」」」」



 アーメイデの死を犠牲に、一同は再び立ち上がった。最早この中に、心が折れる者など存在しない。

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