第二章 勇者

転移

 私の名前は佐藤 真緒。須々木第一高等学校在学、二年B組出席番号13番の女子高校生。小さい頃に父が母とは別の女性を作り、私と母を置いて出ていってしまった。母は女手ひとつで私を育ててくれた。しかし、そんな母も私が中学に上がる時に過労で倒れてそのまま亡くなってしまった。



 その時のショックで、今まで明るい性格だった私は内気で暗い性格になり、人と話すことを極力避けるようになった。親戚のおばさんに預けられたが、厄介者の私には余所余所しい態度だった。こんな暗い性格のせいで中学では虐めの対象として目をつけられた。そんな生活が嫌で、高校は地元からかなり離れた場所を受験した。結果は見事合格、ここから私の新しい人生が始まる。



 そして私は今現在……虐められています。



 「うわ、最悪。何であんたがここにいるの?」


 「テンション駄々下がりなんですけどー」



 私は家にいる時間を短くするため、放課後に机の上突っ伏して寝ていると、同じクラスの笹沼 愛子と石田 舞子、クラスでは人気の二人が入ってきて早々罵声を浴びせてきた。



 「あんたさー、マジ気持ち悪いんだよ」


 「ほんと、暗いし地味だしそれになんなのその髪型?今時おさげとか昭和かよ」


 

 そう、私の髪型はおさげなのだ。亡くなった母がいつもしている髪型で母の事を忘れないためにしている。それと同じで母が愛用していた黒縁の眼鏡を掛けている。もちろんレンズは外しているが。


 

 「あ、でも昭和ってあんたにピッタリじゃん」


 「確かに、そのおさげは口髭の代わりですか?ねぇ、“泥棒”」



 “泥棒”これが私のあだ名だ。だがこれに関しては私が全面的に悪い。そうあれは入学式が終わった数日後の出来事だ。




***




 私が廊下を歩いていると…………。



          ポトッ



 「あ……」



 前を歩いていた二人組の女子の一人のポケットから財布が落ちた。私は落ちた財布を素早く拾い、その子に届けようとした。だけど…………。


 

 「えっ……と……あ……の……そ……」


 

 極力話すのを避けるようにしていたせいで、何て声を掛ければいいか分からなくなっていた。財布を持った右手を突き出しながら中腰になってその二人の女子生徒の後ろをつけていく形になってしまった。


 

 「そしたらさー……ん、あんた誰?」


 

 すると二人の内、一人の女子が後ろにいる私に気がついた。


 

 「え……あ……そ……の……」


 「何のようなの?」


 「あ……こ……」


 「ハッキリしなさいよ!」


 「う……ご……め……ん」



 あまりに話せなかった私に苛立ちを覚える。


 

 「あれ、それ愛子の財布じゃん」


 「あ、ホントだ!」


 

 愛子、そうこの二人こそがクラスで人気者の愛子と舞子だったんです。



 「あんたまさか…………盗んだの!?」


 「え……あ……ち……」


 「言い訳すんじゃねぇよ」


 「人の物を盗むとかサイテー」


 「ち……が……う」


 

 やっとの想いで絞り出すことの出来た声だったが……。


 

 「何が違うんだよ!!」


 「あんな怪しい行動して盗む以外に何があるって言うんだよ!」


 「そ……れ……は………………」



 言えなかった。まさか落としたやつを拾って届けようとしたけどうまく話しかけられなかった、なんて言ったら学校中で笑い者にされる。この時、私は自分の判断を後悔した。


 

 「ほらやっぱり言えない、図星だからだ」


 「ほんっとサイテー。言い訳じゃ飽きたらず嘘までつくなんて……この“泥棒”!」


 「泥棒、泥棒、泥棒」


 「………………」


 

 何も言えなかった。自身の不甲斐なさに吐き気がする。すると、奥の方から非常に整った顔を持ったイケメンが歩いてきた。



 「君達いったいどうしたんだい?何かお困り事かな」


 「あ、聖一さん。聞いてくださいよ」


 

 如月 聖一と呼ばれるこの男子生徒は学校でナンバーワンを誇る人だ。勉強やスポーツに音楽に書道、将棋に囲碁、チェスにはたまた算盤まで全てにおいてナンバーワンに拘る。髪の色は金髪だがそれは母親が外国人らしく地毛だそうだ。またその金髪がとても似合っている。染めたような不自然さはなくルックスをさらに際立たせていた。そのため女の子からはいつもモテモテだ。私?私は恋をするほどの心の余裕がない。



 「この人が愛子の財布を盗んだんですよ」

 

 「私は返してくれればよかったんですが…………『これは私の物だ私の手に入った時点で私の物なんだ』って……」



 愛子は悲劇のヒロインのように泣く演技をし始める。もぉ、女優にでもなればいいんじゃないかという位上手かった。というか、嘘をつくのがサイテーなんじゃないのか?これ程までに自分の言葉に責任を持たない人を見たのは初めてだ。


 

 「そんな……今の話は本当かい?」



 私に向き直り聞いてきた。今度こそ誤解であることを証明しようと口を開く。



 「そ……の……あ……の……そ……れ……は……」



 私は自分の人見知りを呪った。人と話すことを極力避けるようにしたとはいえ、ここまで言語能力が落ちるのだろうか……。


 

 「本当ですよ、だってこれは明らかに真実を言われて動揺している人の反応です」


 

 さっきまで泣いていた筈の愛子がケロッとした顔で私に指摘した。……ほんと、女優になれるよあんたは……。


 

 「…………そうだな、残念だが先生を呼ぶしかないようだね。そこの君」


 「は、はい!」


 

 舞子は聖一に呼ばれたことに嬉しさを感じた。


 

 「悪いが先生を呼んできてくれないか?」


 「はい!分かりました」


 

 そう言って舞子は職員室の方へと走っていった。



 「君にどんな事情があるのかは知らない。でも、人の物を盗むのは犯罪だぞ!」


 「え……あ……そ……の……ごめんなさい…………」



 ごめんなさい。言いたかった言葉ではない。思い通りに喋ることが出来ず、謝る言葉しか出ない。


 

 それからはよく覚えていない。舞子が先生を引き連れ戻ってくると、先生達からも一目置かれている聖一や、愛子と舞子の証言により、私は黒だと判断された。結果、保護者であるおばさんが呼び出され職員会議まで発展したが若気の至りということで許された。……表向きは。本当は自分の学校から泥棒が出たなんてイメージダウンになってしまうのを恐れたからだと私は知っている。だが、誰が流したのか私が愛子の財布を盗んだことが学校中に知れ渡った。次の日から私は虐められるようになった。


 

 「おい、何でこんなところに犯罪者がいるんだ?」


 「ホントだ、牢屋から脱獄してきたのか?」


 「何とか言ったらどうなんだ?なぁ、“泥棒”」


 

 こうして私のあだ名は“泥棒”になった。


 


***


 


 「…………おい、おい!聞いてんのかよ!?」


 「無視すんなよ!」



 どうやら、過去の出来事に浸っていたら呼び掛けられていることに気づかなかったようだ。


 

 「お前、盗るのは得意なのに受け取るのは下手なんだな」


 「あは、それな」


 「……………………」


 「そこは笑うところだろうが!!」



          ガゴン!


 

 椅子を蹴っ飛ばされ私は床に這いつくばるような絵面になった。


 

 「…………笑えよ」


 「そうだ笑え」


 「笑えって言ってんだろ!」



 笑うことを強要してくる二人。私はそれに黙って従うしかない。



 「…………は……はは……ははは」


 「うわ、こいつ虐められてんのに笑ってやがるよ」


 「気色悪!」



 もう涙すら出ない。出るのは自分の情けなさとこの乾いた笑いだけだ。


 

 「さっきの大きな音は何だ?」


 「聖一さん」

 


 椅子が倒れた音に気づいて入ってきた聖一。


 

 「いやそれが佐藤さんが椅子で遊んでて……私達は止めたんですけど聞く耳を持たなくて……」


 「結果、椅子が倒れてしまった訳です」


 「…………まったく、いい加減にしてくれないか佐藤さん」



 聖一は愛子と舞子の言うことを信じた。


 

 「君もいい歳だろ。そういう子供っぽいところは直すべきだと思うよ」


 「…………すみません」



 また謝ってしまった。惨めだ。床に這いつくばりながら謝罪する姿は何と滑稽なものだろうか…………私の事を信じてくれる人はいない。


 

 「ほら、もう遅い。君達も帰りなさい」


 「「はぁーい」」


 「佐藤さんは後で僕と一緒に職員室に来てもらうよ」


 「………………はい」



 二人は私の顔を見ると鼻で笑い、出ていこうとドアに手を掛けた愛子。しかし……。



 「あ、あれ?」


 「どうしたの?」


 「ドアが開かないの」


 「まさかそんな貸してみて」


 

 舞子は愛子のようにドアに手を掛けるが……。



 「君達、いったい何をやってるんだ!?」


 「いえ、ドアが開かないんですけど…………」


 「何?ちょっと貸してみて」



 聖一も同じように開けようと試みるが結果は同じだった。



 「鍵でも掛けられちゃったのかな?」


 「いや、それはない。なぜなら鍵は僕が持っているからだ」



 そう言うと聖一はポケットから鍵を取り出した。


 

 「しかもこのドアには鍵を掛けた形跡がない」


 「じゃあいったい…………」


 

 その時、教室一面に模様が写し出された。


 

 「な、なんなの!?」


 「分からないわよ!」


 「二人とも僕から離れないで!」


 「…………」



 私のことは完全に忘れ去られていた。すると、写し出された模様が輝き始めた。



 「な、何?」


 

 輝きは一層強くなっていく。


 

 「きゃあああ!!」


 「いやあああ!!」


 「うわあああ!!」

 

 「……………」


 

 その日……笹沼 愛子、石田 舞子、如月 聖一。そして佐藤 真緒の四人は須々木第一高等学校、二年B組から忽然と姿を消した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る