第3話 歪んだ恋心
「なに、どうしたの、なんか急に顔緩まなかった?もっかい見せて———お願い!」
顔を覗き込む雪ちゃんの整った顔が目の前に現れる。少しびっくりした。昔のことを思い出すと顔が緩むなんて初めて知った。
あの時は多分必死だったんだろうな。幸せで幸せで、でもいつか終われるんじゃないかって怖かったんだ。うん、わかるよ、今なら。
繋がった手を見て思う。今はもう怖くはないんだ。大丈夫。
「え、やだよ。あ、ほらこれじゃない?おいしかったカフェラテ!」
種類の少ない飲み物がたくさん並んでいる中、そのカフェラテは東京と違って3本しかなかった。そのうちの1本を雪ちゃんがとった。「———、これそんなに美味しいんだ?」
雪ちゃんはペットボトルのラベルを見たまま言った。多分成分表を見てアレルギーの確認をしてる。雪ちゃんの癖だ。
私たちは高校生の頃から少しずつ食べられないものが増えた。だからお互いに物を買うとき、特に口にする物のとき、含まれているものを絶対にきっちり確認してから渡すようにしている。
「美味しいよ。多分雪ちゃんも好きだと思う。」
そう言って私は残り2本のうちの1本を取った。甘くて美味しいカフェラテは仕事中によく飲んでいる。頭の中を糖が行き来している感じがして、覚醒した気になれる。やる気も上がる。カフェインの取りすぎだとよく雪ちゃんに怒られるけれど、怒られてもなお飲みたくなるのがこのカフェラテだった。前まで飲んでいたカフェラテは執着するほど美味しいものではなく、やめろと言われたらすぐ辞められるほど、自分の中でハマっていなかった。でもこのカフェラテは、昔、雪ちゃんが特別に作ってくれたカフェラテの味に似ていて美味しくて、手放せない。雪ちゃんには内緒だけれど。
「今から同窓会だし、1本でいいんじゃない?」
私が手にした2本目のカフェラテを見て雪ちゃんが言う。
「え、でも2人とも飲むんだし。え、まさか私にカフェイン断ちって言って飲ませてくれないの?」
ここまで来るのに長かったし、のども少し乾いて、しかも外は寒い。絶好のカフェラテ日和じゃないですかっ。と、心の中で思う。こんな日にカフェイン断ちなんてやってられない。
「違うよ。1本丸々だと飲み切れなくて冷めちゃうでしょ。だから2人で1本飲み切ればいいかなって。」
ああ、と納得がいく。こんな寒い日に何も飲めないことより、冷めきって甘さがどろどろした冷めたカフェラテを飲むほうが嫌だ。
さすが雪ちゃんだなあ。よかった、カフェイン断ちじゃなくて。
「別にカフェイン断ちしたいっていうなら———の分も飲んじゃうね。」
そう言って私の手を軽く引っ張りながらおばあちゃんしかいないレジへと向かう。
「いるよ、飲む。絶対飲む。そんなにカフェイン断ち好きなら雪ちゃんがやればいいじゃん。」
仕返しで雪ちゃんにカフェイン断ちを進める。雪ちゃんだっていつも毎日どこでもコーヒー飲むくせに。人の健康気遣う前に自分のことを考えてよっと思う。
いつだって一番に考えるのは私のこと。生活の中心も私。服の趣味も私好みに合うようにしてあるし、家の雑貨も私が好きな植物ばかり置いてある。この間も私が好きって言ったソファーのクッションを、雪ちゃんの家にはソファーがないのに買っていた。おまけに私の家にあるクッションより何十倍もふかふかで少しがっかりした。
「んー、———がカフェイン断ちするならするよ。」
笑った顔で言った。この顔をする雪ちゃんはたいていからかっているときか、私の面白い反応を期待しているとき。
「しないって。怒られたとしてもしない。だってそれの味が、」
はっ、と思って、思わず繋がれていないほうの手で口を抑える。内緒なのに言いそうになった。顔を少し下に向ける。
「昔作ったカフェラテの味に似てるから、でしょ、___。」
雪ちゃんが言ったことに対して初めてこんなに早く顔を上げたかもしれない、と思うほどの速さで顔を上げざるを得なかった。
さっきみたいな、からかった顔はしてないけど、少し笑顔でこちらを向く。
どうしてわかったのだろう。飲んだことが実はあったのだろうか。それとも私が昔のカフェラテを思い出してることも、その上で昔のカフェラテに似ていなかったから、他のカフェラテを雪ちゃんに怒られたときすぐに飲むのをやめたということもお見通しで、なおかつ、今回のは私が執着しているから昔のようなものを見つけたんだ、と確信を持ったのだろうか。いや、そこまで私のことを見て考えられるものなのだろうか。
ん、いや、あり得る。むしろそれ以外に考えられない。だって雪ちゃんだから。相手は雪ちゃんだ。逆にあり得ないって考えるほうが難しいのか。
私の最大限の思考を巡らせても1つの答えにはたどり着かなかった。
「なんでわかったの!って顔してるよ、———。驚く顔もかわいいね、緩んでるよ。」
そう言われて急いで顔を真剣な感じにした。どんな顔をして雪ちゃんのほうを見ているだろう。
「まあ、昔作ったカフェラテに隠し味で入れたのがこのカフェラテにも入ってたってことがわかった1番の理由。隠し味は作った本人にしかわからないし、———にはずっと言ってなかったしね。」
あのカフェラテに隠し味が含まれてたなんて考えもしなかった。お店とかのとは違うな、とは確かに思ったけど、それは雪ちゃんが作ってくれるからだと思ってた。ずっと。
「まあ、———が昔のカフェラテに執着してることは何となくわかってたし。あれ、最高傑作なんだよね。もう作らないけど。」
コンビニから出てさっき買ったカフェラテの蓋を取って私に渡してくれた。まだ熱い。受け取って一口飲む。美味しい。
市販のだから、とかじゃなくて本当に美味しかった。少しだけ、東京で飲んだときより味が濃くて甘い気がした。
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