第2話 あの日の誓い
「ここのコンビニ、全然変わってないね。相変わらずあのおばあちゃんだけしかいない。」
私をコンビニに引き連れるために繋がった手はお目当てのカフェラテを買うまで継続するらしい。強く繋がっていて、雪ちゃんの手は私より少し大きかった。無駄な肉のない引き締まった雪ちゃんの手は、私と違って全く汗をかかない。汗っかきな私は嫌だった。雪ちゃんがせっかくおしゃれして綺麗な状態なのに私のせいでその美しさが奪われていきそうなのが。
昔はよく手を繋いでいた気がする。幼稚園に一緒に登園するときや小学校に登校するとき(低学年の時だけ)、一緒に海に行ったときも、一緒にキリンを見に行ったときも、同じ手の大きさで同じ強さで必死に掴んで走っていた。足の遅い私の前を雪ちゃんはいつもかっこいいくらいに手を引いてくれた。その姿がいつも太陽とかぶさってまぶしかった。
でも、手を繋ぐのは小さい子の特権だった。小学四年生の運動会の日、私たちはいつものように雪ちゃんが私の手を取って私の前を進んでいった。今日の運動会が楽しみだということや今年は何組が勝つかなどを風の音でかき消されてしまう雪ちゃんの声に必死にしがみつきながら話していた。私は赤組で雪ちゃんは白組。雪ちゃんは毎年白組で、毎年白組が勝っていた。そして私は毎年「私の組が勝ったら雪ちゃんとずっと一緒にいるの」とお願いのような賭けをしていた。実際私はクラスに全然馴染めていなかったし、雪ちゃんと違ってたくさんの人と話すことができなかった。だから幼心に雪ちゃんがもし新しい友達と一緒にいることになったら、私は一人ぼっちになってしまうと思っていた。だから毎年お願いしていた。
私たちが通っていた学校はリレーの得点が他の競技の三倍になるというリレー命のルールがあった。リレーで一位になれば最下位だった組も勝つ可能性が生まれるのだ。他の競技、玉入れや大玉は練習できないからリレーの練習だけ毎年するようにしていた。そのたびに雪ちゃんは夕方から夜の手前まで付き合ってくれていた。
「もう暗くなってきたね。———、帰ろっか。」
雪ちゃんが落ちていく太陽を指差して言う。周りの家や公園の滑り台は真っ赤ではなくなり、少し暗くなっていた。
私の履いているズボンは公園の砂で茶色く染まっていた。靴は赤色のはずなのに汚く濁ったような色になっていた。手は朝に砂がつき、手を合わせた時にジャリジャリと少し音を立てた。
「———、暗いからお母さんたち心配しちゃうよ、帰ろう。」
はい、っと手を差し出してきた。帰るよ、の合図だ。私はその手を取ろうとした。けど、取れなかった。雪ちゃんの手は綺麗だった。砂がジャリジャリ言うほどついていなかった。よく見るとズボンも靴もずっと綺麗なままだ。お揃いの赤い靴も暗くなった今でもわかるほど赤く染まったままだった。
「わかった。」
私はそう言って雪ちゃんの手を取らなかった。公園の出口に黙ったまま進む。
雪ちゃんと一緒にいて苦しいと思ったのはいつからだろう。ここ最近からではあるけれど、もう毎日思っているかもしれない。雪ちゃんが遠くにいる気がして苦しいし、一緒にいても苦しいのはなんでなんだろう。ずっと一緒だった。同じ服を着て、同じ靴を履いて、同じ遊びを同じ場所でして、一緒に宿題もやったのにどうして胸がきゅーっと縮む感じがするのだろう。
「———、待ってよ。」
雪ちゃんが走ってきて私のジャリジャリと音を立てる右手を取った。雪ちゃんの体温が同時に伝わる。生暖かい雪ちゃんの熱。
「もう子供じゃないから手は大丈夫だよ。前と違って迷子にもならないし。早く離さないと手汚れちゃうよ、せっかく雪ちゃんは綺麗なのに。」
ずっと一緒だったからこその疑問が、少し言葉になった。
どうしてもう小さい子じゃないのに手を繋いでくれるのだろう。雪ちゃんにはたくさん友達がいてたくさん可愛い子も周りにいるのにどうして一緒にいてくれるんだろう。
一緒に帰ろうと女の子に誘われた時、どうして私を優先したんだろう。
小さい子の特権はもう効かないのに。
「———、一緒がいいからだよ。毎年どっちかの組が勝ったら勝った方のお願い聞くって決めてるでしょ。お願いしたんだよ。———とずっと一緒にいたいって。1年生の時だけど、ずっとって言ったからそれは今も効いてるでしょ。だから手を繋いで帰るんだよ。約束じゃん。」
そう言って私の手を握りなおす。かすかにジャリッと音を立てた。
「手は洗えるじゃん。服も靴も。でも今は今しかないから、今の———を大事にしなさいってお母さんも言ってたんだ。」
そうだった。小学校に入って初めての運動会。雪ちゃんは言ったんだ。
「かったらずっといっしょにいようね、———。」
眩しい笑顔で、しっかりこっちを向いて。
私は頷いたんだ。力強く。
「あたしがかってもそうしてね。」
その時も強く手は繋がれていた。
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