そのまま揉み消して
零蘭
第1話 変わらない手で
遅れた真冬がやってきた。雪が降るわけでも、地面が凍るわけでもないが、ただ冷たい空気が右から左へ、左から右へ、上から下へ、下から上へ循環していた。マフラーで覆われた首周りだけ、一定の温度を保ち続けている。手が入っているポケットは、少しずつ手のぬくもりだけでは温かくならなくなっていた。
三十分程、立ち続けているだろうか。駅に着いてからどんどん風が強くなっていく。
「スカート、失敗したなぁ。」
ロングスカートとはいえ、下から冷たい風が入ってきて、布が左右に揺れる。コンプレックスの足がかたどられていく。メリハリのない木の枝ならまだしも、太くて重そうな、木の枝とは程遠い足。張り付いたスカートをつかみ、元に戻す。
戻そうとした瞬間、寒さで背中がぞわぞわっとした。電流が走ったみたいな、無意識に肩を上げてしまう感覚。そして同時にこれを毎年のように感じていたあの頃を思い出す。まだまだ鮮明な思い出で、手を伸ばせばつかめるくらいのもののように思えた。
ふーっと息を吹くと一瞬白く濁った空気が消えていく。
「さっむいな、まだ来ないのか。」
上を見上げるとまだ十八時なのに黒色が空いっぱいに広がり、田舎の一番栄えた光を埋めていく。距離感のわからない空の高さを地元に戻ってから改めて実感する。終わりの見えない空の広さが誰もいないこの場所を少し不安にさせる。それは、誰もいない真っ暗な家に帰るとき、学校のトイレに入っているのに電気を消されたときのような、大きくはないのに徐々に焦りが積もる不安で、自分の脈を早める。それと同じものが今、こみ上げてくる。
「大丈夫か、———。」
後ろからぽんっと肩をたたかれた。不意打ちを食らって思わず肩と息をあげた。
雪ちゃんだった。
すらっとした体型がわかるくらいセットアップが似合っていた。腕に少しついている筋肉が今日はかたどられていない。鍛えられた腕も足も今日はおとなしくしているようだった。
雪ちゃんが私の顔を覗き込む。
「近いよ。大丈夫だよ、ちょっと考えてただけ。」
そう言って両手を使って雪ちゃんの体を少し押して後ろに下がる。
トクトクと音が高まっていく鼓動を抑えようと、雪ちゃんと目を合わせないようにする。
「そっか。ごめんね、遅くなって。」
その言葉を聞いて、雪ちゃんが少し息を切らしながら話していることに気づく。鼻の上も赤く染まりかけていた。走って急いできたんだ、と瞬時に頭で完結させる。
走ってきて心配もしてくれたのに申し訳ないなを思う反面、そんなに急がなくてもまだ会が始まるまで一時間あるから連絡してくれればよかったのに、とも思った。
言っても直らないのだろうけど。
「連絡、してくれればいいじゃん。」
目を見ないように、絞り出した言葉。自分でも気づけるほど小さな声でいつもより少し早口になっていた。
「うん、ごめん。でも寒い中ずっと待たせたくはなかったし、ほら、走ったら体あったまったし。心配してくれてありがとう。」
私が怒っていることも、心配していることも、寒いことも、暗いのが怖いことも雪ちゃんにとってはすぐ読み取れてしまうことだった。
「なら、いいけど。」
思わず不満そうな声が出た。出てしまった。
どこまでも雪ちゃんは他人が先。すごいことだけど、この時期この周辺は地面が凍ることもないわけではない。怪我をしたら、どうするのだろう。そこまで考えているのだろうか。来週、大事な仕事があるって言っていたのに。
「コンビニでカフェラテ買っていこう。こっちでもあれ売ってるかな。」
雪ちゃんが私の手を取って駅のコンビニに向かう。手は、昔のように温かかった。
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