5つの怪異

 親父が死んで、実家を処分することになった。お袋ももう死んでいるから、独力で色々とやらねばならない。

 薄々わかってはいたが、面倒事が山積みである。こんなことなら、年末年始の帰省のときにでも、生前からなにか準備をしておくべきだった。

 片付けは妻と息子、それにいとこたちなど親戚も手伝ってくれることになっているが、各種手続きなどは俺がすることになる。


 不動産に関する書類を探して机を漁っていて、おかしなものを見つけた。

 見た目は普通のクリアファイル。

 おかしいのは中身で、そこに収められていたのは、実話怪談と思しきもののコピーと切り抜きだった。


  全部で5つ。


 「テトラポッドの下」は文庫本からのコピー。「開通式にて」と「石」は雑誌の切り抜き、「花火の翌日」と「魚」は雑誌からのコピーだ。それぞれ、親父の筆跡でメモ書きがされている。


 親父が怪談話に興味があったとは思えない。

 と言うか、これは……


 5つの話のうちのひとつ、「石」には見覚えが―――身に覚えが、ある。

 この話の話者は、俺だ。


 もう何年も前だ。

 地元の知り合いから頼まれて、「静岡の怪談特集」を書くというライターに話したのだ。多少の脚色はあるが、書かれていることは実体験だ。少なくとも、俺にとっては。


 確か、完成品を1冊もらって、それを実家に置いていたはずだ。クリアファイルにしまわれていたのは、その雑誌から親父が切り取ったのだろうか?


 それぞれバラバラに発表されたであろう実話怪談をまとめてしまっておく―――そこに意味を見出すならば、可能性はひとつだろう。


 すなわち、まとめた人物はこれらの怪談話に繋がりが―――共通点があると考えているのだ。


 単純に、A川が関わっているということだけだろうか?


 ―――……


「石」は俺が語った話。


「花火の翌日」の「弟の友達」も俺だ。

 確かに握りしめていたはずの古い硬貨はいつの間にかどこかへ消えていた。


「魚」のMくんも俺だ。

 彩ちゃんが行方不明になった大騒ぎは、親戚が集まると未だに語られる。(高校生の頃の俺は別に真面目なやつではなかったのだが、叔父さんの中ではしっかりしているという印象だったのか、あるいは脚色か……)


「テトラポッドの下」には覚えがない。ただ、うちの名字は山本―――「ヤマちゃん」は親戚の誰かか?


「開通式にて」も覚えがない。S大橋が開通したとき、俺は小学生だったはずだ。ネットで開通年を調べる……この頃に幼稚園児だった親戚……ちょうど、彩ちゃんが当てはまる。


 考え過ぎだろうか………。


 彩ちゃんに連絡をとろうかと、スマホをじっと見つめる。急に親父が死んでおかしくなったと思われるだろうか……。


 思い切ってかけようかと思ったタイミングで、インターホンのチャイムが鳴る。


 心臓に悪い。


「どちら様ですか?」

 モニタ越しには、親父と同世代だと思われる小柄な男が映っていた。

「ヤマちゃんの……ああ、いや、章くんの同級の高田と言います。亡くなったと人づてに聞きまして、お線香だけでもあげさせて貰えたらと」

「ああ、わざわざすみません。ちょっと散らかってますが、お上がりください」

 応えて、玄関に向かう。

 男―――高田さんは改めて挨拶をすると、俺の顔をまじまじと見つめた。

「雅人くんだよね? 立派になったなぁ……昔から似てたけど、今もお父さんの若い頃に本当に似ている」

「もしかして、以前お会いしたことありますか?」

「ああ、君が幼稚園児の頃までは僕も静岡にいたからね。その後仕事の都合で神戸へ越して、ヤマちゃんとも疎遠になっていたんだ」

 まただ。高田さんは親父のことを「ヤマちゃん」と呼ぶ。つまり、もしかすると―――。

「そうなんですか。すみません、覚えていなくて。さ、上がって下さい。この家を処分することになって、色々し始めたところなんで、散らかっていて申し訳ないですが」

 そう言って高田さんを招き入れて、簡易的に設置している仏壇へ案内した。


 手を合わせて貰ったあとで、お茶を淹れて彼を引き留めた。

 親父の思い出話をしばらくしたところで、

「そう言えば、お父さんは川で亡くなられたとか……熱中症ですか?」

「いえ、どうも原因ははっきりしていなくて」

「……子供の頃、彼は川遊びが好きでね」

 高田さんは少し遠くを見るようにして話す。

「でも、いつだったかケガをして、その後からあまり川には行かなくなってしまったんです。親にでも怒られたんですかね、『行きたいけど、行かない方がいい』なんて言ってて、ちょっと悲しそうで」

 それは……「テトラポッドの下」の、あの話だろうか。

「A川の河川敷で倒れていたって聞いて、その時のあいつの顔を思い出したんです」

 俺は、上手く返事をすることができなかった。



 高田さんを見送り、俺はもう一度クリアファイルの中にあったものを読み返した。


「開通式にて」に記されたメモ書きに「魅入られた」とある。


「テトラポッドの下」のメモには「マーキング」。


 ―――行きたいけど、行かない方がいい。


 親父は、これらのコピーや切り抜きに記された怪異以外にも、何かに出会っていた―――A川に近づく度に出会い続けていたのだろうか?


 思い返す。

 親父は、俺が子供の頃、花火大会には絶対ついて来てはくれなかった。

 俺が釣りに熱中していたときも、海や湖には車を出してくれたが、A川へ行くときは「自転車で行けるだろ」と言うだけで一緒に行くことはなかった。


 だが……、魅入られたのが親父だとして、俺や、おそらく彩ちゃんも怪異に出会っていたのは何故だ。

 範囲の拡大、あるいは感染……?


 いや、そもそも怪異など存在しているのか?


 しかし、俺があの石積を見たのも、握りしめていた硬貨が消えたのも、紛れもない事実で―――。


 少しでも冷静になろうと、シャワーを浴びることにした。

 風呂の戸を開ける。


 なぜか、ひどく生臭い。


 気のせいだ。この間の葬儀の日だって、ここで風呂に入ったじゃないか。

 そう思うのだが、もはやシャワーを浴びる気など無くなっていた。

 


 明日、妻と息子がこちらに来る。

 息子とは、A川で釣りをしようと約束している……。

 果たして、行っても大丈夫だろうか……。

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静岡県S市A川にまつわる怪異 @kuramori002

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