花火の翌日

 中学1年の7月末の出来事です。


 前日がA川花火大会で、当時好きだった男の子が浴衣の女の子と腕を組んで河川敷を歩いているのを見てしまって、なかなかに憂鬱な目覚めでした。

 そして、そんな気持ちに拍車をかけるようなことを母に言われました。


 頼み事です。

 

 弟とその友達が河川敷のゴミ掃除のボランティアに行くから、ついていって欲しいという話でした。


 母は、自分の息子が急に環境保護に目覚めたことに疑問を抱いていないようでしたが、私は数日前に彼らが「花火大会の翌日は会場跡にお金が落ちているらしい」「去年、1万円札を拾ったやつがいたらしい」という実に小学2年生っぽいアホな会話をしているのを聞いていました。


 話を暴露する気力も起きず、犬の散歩のついでと割り切って、出かける支度をしました。


 リードが付けられるだけ犬のほうが扱いやすいな、などと考えながら、はしゃぐ弟たちと河川敷に行きました。


 ゴミ掃除などハナからする気がない彼らは、早速小銭を求めて駆けて行きました。私は、一応少しは拾おうかと犬の糞の回収のために持っていたビニール袋に目についたゴミを入れながら歩きました。


「お姉ちゃん! ちょっと見て!」


 十分ほど経ったところで、弟が私を呼びました。

 犬を連れてそちらへ行くと、

「中国のお金かな? 日本だといくらになるかわかる?」

 弟とその友達が手のひらに乗せた何かを差し出して来ました。


 そこには、確かに漢字の書かれた5,6枚の硬貨がありました。


 ―――それらは、すべて古銭でした。


 教科書で見たことがある、和同開珎とかそういった類のものです。

 花火大会での落とし物だとは、とても思えません。


 こんなのどこにあったのと聞くと、彼らは土手沿いに一直線に落ちていたのだと言いました。


 そんな事がありうるのでしょうか?


 まだあるかもしれない、と探し始める彼らを見ながら、私はひとり寒気に襲われていました。


 その時です。私の目の前の地面に、古銭が現れました。


 え、と驚きながら、思わずそれに手を伸ばしかけると、いままで大人しくしていた犬が急に大きく吠えました。


 ―――その途端、目の前にあったはずの古銭はどこかへ消えていました。


 弟たちが握りしめていたそれも、いつの間にかなくなっていたそうです。



 あの日見た古銭には、確かに漢字4文字が刻印されていたはずなのですが、それが何だったか、どうしても思い出せないでいます。

 

 

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