第16話 ローレライ

「マゼテ」


 ローレライから降り、首を傾けていると彼女がそんなことをのたまった。


「混ぜるって、一緒にトレーニングをしたいってこと?」

「ソウ」

「俺はいいけど、他のユニコーン族の人がどう言うか」


 ナイトメアのトレーニングセンターで何かあったのだろうな。

 トレーニングをする場を求めて彼女とローレライはここへやって来た。

 お、丁度いいところにセリスとクローディアを連れたメロディが顔を出す。

 彼女は俺に二人を託しに来たのだろう。

 さっそく彼女へ事情を話したところ、即答してくれた。


「問題ない。来る者は拒まずだ。ただし、他のユニコーンに迷惑をかけないように」

「お、いいの?」

「ああ。しかし、住むところを提供したり、はない。皆村から来ているだろう?」

「確かに」


 住処かあ、どうしようかな。


「コレ」


 これって? 彼女は柵の下にある荷物を指さしている。

 野営用のセットか何かかな? 布でくるまれているので中身は確認できないから推測だけど……。

 

「夜になったらオケアにも聞いてみるよ」


 住むところがないのなら、オケアと俺が暮らしている小屋で彼女も寝泊まりできないか彼女にお願いしてみよう。

 だけど、小屋で寝泊まりできるのはグンテルだけだ。ナイトメアのローレライは大きすぎるから軒先で寝てもらうしかないな。


「ドウ?」

「どうって……?」


 唐突に「どう」と言われても「何がどう」なのか判断がつかずに困る。

 ローレライがここでトレーニングをすることは許可が出た。

 宿泊場所についてはオケアの回答待ちである。

 

「ローレライ、ドウ?」

「あ、乗ってみた感じの感想かな?」

「ソウ!」

「ぬ、お、落ち着け」


 飛び掛かってきそうな勢いでにじり寄って来たので両手を開き腕を振るが、彼女の頭が俺の腹をぐりぐりと押し込んできた。


「わ、分かった。分かったから、少し離れて」

「オシエテ、クレル?」

「もちろんだよ。俺の感想を聞いてたんじゃないのか」

「スコシ」


 ふう、やっと離れてくれたぞ……。

 再びぐりぐり来られても困るので、彼女をとレーニング観察用のベンチに座らせ、俺も隣に腰かける。


「あくまで俺の感想だし、一回乗っただけだからあやふやなものだと思ってくれ」

「キキタイ」

「総合的な競争能力はオケアとそん色ないと思う。ローレライは乗っていてとても面白い馬だ。色んな攻め方ができそうだからね」

「ローレライ、スゴイ?」

「強いと思う。俺はそれほど多くのレースを見ていないけど、現時点で少なくともシルバークラスを勝った騎乗生物と比べてそん色ない」

「ソージロー、ノリタイ?」


 縋るような目で見つめてくる彼女に対しできうる限りの優し気な笑みを浮かべたものの、きっと気持ち悪い顔になっているだろうな……。

 俺は騎手だ。彼女がどれだけ悲しむとしても、こと騎乗生物のことに関して嘘はつけない。

 彼女を気遣ったものではなく、正直に気持ちを伝えることにする。


「ナイトメア……いや、ローレライに乗るのは楽しいから、乗ることができる機会があれば乗りたいかな」

「キテ、ヨカッタ……」


 グンテルがギュッと俺の手を両手で握りしめ、目元に涙が滲んでくる。


「また何か里で言われちゃったのか。ここなら君を揶揄する人はいないさ」

「イロンナ、ヤッテイイ?」

「もちろんだ。そこが騎手の腕の見せ所だろ」

「ウン!」


 この前一緒に食事をした時に里と彼女の関係性は余り良くなさそうだと思っていた。

 ナイトメアに乗るダークエルフたちはレースの位置取りはこうあるべき、と強く拘っているぽかったものなあ。

 そんな彼らからするとグンテルの乗り方は面白くない。

 しかし、逆境にも負けず彼女とローレライは混合戦で力を見せた。ナイトメアもユニコーンとよく似たもので、過去は強かったが現在は混合戦で勝てていないのだ。

 ストーンクラスであっても、混合戦に勝利することが彼らにとってどれだけ大きなことか。

 ユニコーン族では大騒ぎ、拍手喝さいだったよ。

 一方でダークエルフたちは素直に喜べなかったんだろうな。グンテルがローレライの力を発揮できていないとか、ローレライはナイトメアらしくないとか、ますます彼女への風当りが強くなったのではと推測する。

 誰もやっていないことをやろうとすると、得てして周囲から批判されがちだ。

 俺もユニコーン族からの風当たりが強くなるかもと身構えていたけど、杞憂に終わった。

 ダークエルフたちの反応が俺の予測した反応に近かったってことだな……。

 そのようなもの、勝ち進めば評価が変わる。

 ローレライとグンテルのコンビこそが里の誇りだと言われるようになるさ。

 風向きが変われば、里に戻ればいい。

 

 ちょうどオケアも戻ってきたが、先に待ってくれているメロディたちの方から。


「オケア、ごめん、少しだけ待っててくれるかな?」


 ユニコーン姿のオケアに手を振り、メロディたちの方へ体を向ける。

 

「話はうまくまとまったか?」

「うん、お待たせ」

「今日からクローディアとセリスを任せても良いかな?」

「もちろんだ。順番に乗せてもらえるか」


 ぶるるるとユニコーン状態のクローディアとセリスが鼻を鳴らす。

 オケアも含め、三人とも毛色が違うので遠目でも間違えることがないのは幸いだ。

 オケアは青みがかった白、クローディアはセリスは純白、そしてクローディアは珍しい薄い緑色かかった白である。


「あ、丁度いい。オケアも二人に並走してもらえるか?」


 セリスに乗って、クローディアと並走しようとしたところでオケアにも声をかけた。

 せっかくメンコを装着したのだから、さっそく試してみようと思ってさ。

 

「お、走れそうじゃないか。ごめんごめん、セリス」

 

 内からクローディア、セリス、オケアと並んでゆっくりと走ったところ、特にオケアが遅れる様子はなかった。

 オケアのことばかりに気を払っていると思われてしまったらしく、セリスが不満そうにいななく。


「セリス、人の姿に戻った時に乗り方の感想を教えて欲しい。俺の乗り方は他と少し違うみたいだから」


 モンキー乗りは垂直に乗るより馬に負担が少ないと言われているが、全ての馬に当てはまるとは限らない。

 ユニコーンも当然ならが個性があり、合う合わないがあるからね。

 気分よく並走していたのだが、騎手無しのナイトメアも併せて来てオケアの足が鈍ってしまった。

 多少は臆病さが解消されたみたいだけど、希少の荒い相手だと難しいか。

 メンコに対する慣れもあるだろうからしばらく様子を見てみるけど、ブリンガーの装着も視野に入れておいた方がいいかもしれない。

 備えあれば患いなしってね。

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