第10話 勝利の手は
レースも中盤から後半に差し掛かって来る。残り600メートルを切った。
ここまでレースが進んで場内はどよめきが起こっている。
というのは、先頭のガロウが独走しているからだ。二番手のフェンリルから離れること12馬身ほど。
そもそも二番手のフェンリルも逃げなので、先行集団から5馬身くらい離れている。
俺の体内時計によるとガロウのラップはスタートから変わっていない。
一方、今のところオケアの手ごたえは抜群で、本来の力を発揮してくれている。
正直ロイヤルレースで競馬で言うところのハイペース、スローペースの基準が分からない。
先頭と二番手を走るフェンリル種はずっと同じ速度で走ることを戦法としているみたいなんだよね。
フェンリルの力が強ければ今みたいに速くなるし、弱ければよりペースが遅くなる。
競馬では一般的に後ろから刺す、「差し」や「追い込み」と言われる戦い方はハイペースとなった方が有利と言われているんだ。
が、それは速いペースのため、前がバテて遅くなるから。
ロイヤルレースではどうなのか分からん。フェンリルの生態を俺が知るわけがないからな……。
そうなると、信じられるのは先頭のペースじゃなくて走破タイムだと考えた。
幸い長いジョッキー生活で鍛えた体内時計はいたって正確だ。タイムを推し測ることくらいわけはない。
もちろん、他の馬……じゃない騎乗生物のペースも全て把握できている。
「イク……」
先行集団で待機していたナイトメアが少女の掛け声に応じ、スピードを上げた。
二番手を走るフェンリルにじわじわと取りついていく。
ナイトメアのペースが落ちることは無くフェンリルを追い越し、ガロウとの距離も8馬身ほどまで迫っていった。
一方で残りの集団はついに最終コーナーを回り、残り500メートル。
もう少しで最終コーナーを抜けるというところで先行集団が加速し始めた。
「ここだ。俺たちも行く!」
「先行」勢がそろそろ「逃げ」を追い越そうかとするタイミングで、本来なら「差し」「追い込み」が動くには早い。
しかし、最後まで足が持つのか未知数ではあるものの、仕掛けるならここしかない!
後ろの風竜は時計を見ているのか? 仕掛けどころを間違えるとガロウに追いつけなくなってしまうぞ。
内ラチから外に出し、コーナーを抜けたと同時にオケアが一気に加速する。
最初俺が乗った頃の彼女とは別物の手ごたえだ。これは彼女の力もさることながら、秘密兵器の力でもある。
秘密兵器とは蹄鉄だ。競走馬は蹄を保護するために鉄の覆いを装着する。
人間だって裸足で走るより靴を履いた方が速いだろ? 道中だって蹄鉄があるとないじゃスタミナの減りが違うんだぜ。
見せてやれ、オケア!
その爆発的な末脚を。
『ユニコーンのオケア、一気に加速しました! 信じられません!』
場内アナウンスの人もまさかユニコーンが後方から加速してくるなんてと驚いている。
「馬鹿にしやがってええ」
「ユニコーンのくせにい」
何やら後ろから声が聞こえてきたような。
風竜の二頭もそろそろスパートを始めたころか?
しかし、彼らの声は近づいてこない。
大外からもう一頭のユニコーンを抜き、抜かれてここまで順位を落とした二番手だったフェンリルをあっさりと追い抜く。
そんな俺たちの前に緑の斜面が立ちふさがる。
「坂だが……思ったほどじゃないな……」
心臓破りの坂……とまでは行かずともそれなりの傾斜の坂を期待していた。
坂の距離も短いが、ガロウのペースはどうだ?
ここが勝負どころだぞ、オケア!
坂路トレーニングと蹄鉄の力があってか、彼女は坂を登ってもペースを落とすことなく、スパート中だが坂で速度の鈍った土竜二頭を並ぶ間も無くかわす。
そして、土竜に抜かれまいと前で粘っていた耳長の少女が駆るナイトメアに並びかけた。
『ユニコーンのオケアがナイトメアのローレライをかわし二番手にあがる! しかし、後ろから風竜二頭が来ているぞお! 風竜二頭が土竜二頭を躱したあああ! しかし、オケアとの距離が縮まらないぞ!』
まあそうだろうな。
さっきから不快な二人の声が聞こえてこないもの。
坂を登り切るまでに耳長の少女が乗るナイトメアのローレライを抜き、残すはガロウのみ。
距離も残り100メートルを切った。
もっと早くガロウを躱せるかと思ったが、彼は坂でも思ったほどペースが落ちていなかったようだ。
しかし、彼我の距離は残り二馬身。
一定のペースと短時間の加速では速度がまるで違う。
一歩ごとにガロウにぐんぐん迫り、ついに先頭に立つ。
そのまま、一馬身、二馬身……四馬身開いたところでゴールラインを超えた。
『優勝はなんとユニコーンのオケアです! 古豪ユニコーンが並み居る強敵に打ち勝ち混合戦を制しました!』
よっし!
タイムは想定より少し早い。坂が思った以上にきつくなかったからだろうな。
「やったぞ、オケア!」
ぶるるるると反応するオケアだが、残念ながら何を言っているのか分からない。人の姿になった時に感想を聞くことにしよう。
速度を緩め、後続の騎乗生物もゴールして行く。
二着はフェンリルのガロウ。三着は長耳の少女が駆るナイトメアのローレライ。四着と五着は風竜だった。
あのヘボ騎手でも四着と五着とは……まあ、勝てたから良し。
「感服した。ソージロー殿だったか。オケアの強さだけでなく、貴君の破天荒な乗り方にも」
「ギリギリでした。まさかガロウのようなフェンリルが出場していたなんて」
ガロウの騎手である狼頭がフェンリルを寄せてきて彼と手を叩き合う。
続いて漆黒の馬ナイトメアのローレライが彼らに割り込むようにずずいと首を伸ばす。
「ソージロー?」
「君はええと」
「グンテル」
「グンテルとローレライにもひやりとしたよ」
「ソウ?」
「うん」
無表情で長い耳だけを上下に動かし、ローレライが離れて行った。
な、何だったんだ一体……。
「絶対にいおかあしいいい。僕は抗議を申し込むぞおお」
「そうだ、そうだああ。ユニコーンはもちろん、フェンリルとナイトメアにまで先を越されるなんてどう考えてもおかしいいい」
やたら大袈裟に頭を抱えて叫んでいる風竜の騎手のことは放っておくことにした。
油断大敵ってやつだぜ。彼らとて俺たちが強敵だと認識していたら戦い方が違っていただろうさ。
次があったとしても負けるつもりはないけど、もう少しいい戦いはできるんじゃないか。
ふふんと謎の上から目線で心の中で溜飲を下げる。
態度には出ていないし、これくらいはいいよな? と、小心者の俺なのであった。
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