第9話 要注意
パーパーパー、パラパパー。
ラッパの音が鳴り響き、場内アナウンスが流れる。
「オケア、いつも通りだ。いつも通りで必ず勝てる」
オケアの首元をポンと叩き精一杯の笑顔で微笑んだ。彼女からは俺の顔は見えていないだろうけど、俺の想いは伝わったはず。
今回のレースは前回俺が見た時と同じ構成だった。
ユニコーン、黒い馬のナイトメア、犬に似たフェンリル、土竜に風竜がそれぞれ二頭づつで全部で十頭になる。
いよいよ始まるぞ。
気楽に行こうぜ。オケア。
『本日の第一レース。ストーンクラスの混合戦1600メートルがいよいよスタートです』
ドン。ゲートが開き各馬……じゃない何て表現したらいいんだろう。……各騎乗生物が一斉にスタートする。
俺が最も注目しているのは一気に前に躍り出たフェンリルだ。
一緒に出場しているもう一匹や以前見たどのフェンリルよりも一回り以上大きく、毛色も赤銅色という特異個体である。
その巨体に乗るのは狼頭の偉丈夫だった。彼はボディチェックの時に出会った人だな。競馬の騎手は背の高い者はあまりいないのだけど、彼は違う。
身長はゆうに180センチを超え、肩回り、太ももとはち切れんばかりの筋肉質な体をしている。
ふわふわの毛で全身が覆われているのでハッキリとは分からないが、俺の目からは筋肉質に見えた。
お次はまあ能力的なところからいけすかない二人が乗る風竜かな。
スタートから100メートルが過ぎ、各騎乗生物の位置取りが決まってくる。
『フェンリルのガロウが大きく前に進出しました! 他はどうだあ?』
アナウンスが騎手にまで聞こえてくるとは……少しビックリした。
そういえばそうだよな。会場全体に聞こえるように声が響いているわけだから、レース中の各騎手にも聞こえる。
当たり前のことだけど、テレビの放送に慣れている俺にとっては盲点だった。
と言っても特に何かが変わるわけでもない。
先頭は狼頭が駆る巨体フェンリルのガロウ。ぐんぐんと二番手との距離を離していっている。
二番手はもう一匹のフェンリルで、少し離れて先行集団となっていた。
先行集団は同じユニコーン族のパーマシア、土竜の三頭。少しだけ離れてナイトメア。
うん、予想通りの順番だな。あとは、最後尾に風竜二頭だろ。
ロイヤルレースは長い歴史を誇るようだが、競馬に比べ未発達というか研究不足というか、未熟さが目立つ。
未熟と切って捨てるのは傲慢に聞こえるな……。
そもそも、ロイヤルレースと競馬では考え方がまるで異なる。
ロイヤルレースは多種族で構成されているが故に、「種族に応じた戦い方」が常識となっており、「個性」には余り目が向けられていない。
まあ、そうなったのも分かる。
比べる相手が他種族だったのだから、種族としての戦い方を練り、他種族より優位に立つ。
これがロイヤルレースの在り方なのだ。少なくとも下位のクラスではね。
一方で競馬は全て競走馬で構成されるため、馬の「個性」と騎乗方法や独特の戦法の研究が発達した。
どちらが優れているのかはやってみないと分からない。が、少なくともオケアに関しては競馬のやり方の方が時計(タイム)が出る!
今回の構成であれば、競馬で言うところの「大逃げ」「逃げ」に「先行」が三頭、「差し」が二頭、「追い込み」が二頭になっていて、本来であればユニコーンであるオケアも先行集団に加わったことだろう。
もちろん、そのようなことはしない。彼女は臆病で他の馬を恐れてしまい、馬込の中では力を発揮できない。
よし、ここだ。
速度を緩め、ナイトメアと最後尾にいる風竜との間まで下がって来たところで内ラチ(柵)に寄せる。
この位置なら前とも後ろとも距離があり、オケアが安心して走ることができるからな。
「ギャハハハ、あの変な乗り方あ」
「ユニコーンに乗る変わり者だからねえ」
後ろから野次が飛んで来る。後ろは風竜二頭なのであいつらか。
分かってないのはどっちの方だよ。ロイヤルレースは騎乗技術の研究も余り行われていない。
種族にしか目を向けていなかったのは俺にとって幸いだったよ。
オケアだけじゃなく、俺の力でもレースに大きく貢献できるのだから。
前を行くユニコーンとナイトメアの騎手は鞍に腰を下ろして騎乗生物と垂直になるように乗っている。
乗馬とかで乗る乗り方と同じだ。
一方で俺は足を乗せる鐙を短くして腰を浮かせて背中を丸め、馬にしがみつくような姿勢となっていた。
この乗り方はモンキー乗りと呼ばれており、競馬のジョッキーはみんなこの乗り方をする。
俺が転移して来た直後にユニコーンたちの鐙の位置を見て「乗馬なのかな」と思った。しかし、垂直に乗る方法がロイヤルレースでは常識である。
これも多種族が故だろうなあ。犬のようなフェンリルでモンキー乗りをすると安定せずに転ぶと思う。
モンキー乗りは馬だけに特化した競馬だからこそ編み出された技だとも言える。
垂直に乗る乗り方は馬に体重が乗り、推進力を奪うが、モンキー乗りの場合は前へ進む力となるのだ。
これは言い過ぎだけど、モンキー乗りの方が馬の負担が少なく、速く走る助けになる。
ん、スタートから300メートルを過ぎたところでナイトメアのうち一頭が内側からユニコーンに並びかけ少し前に出た。
早い仕掛けかと思ったが、その位置をキープしたまま走っている。
ナイトメアの戦法は後ろから早めに仕掛けて前に出る「差し」の戦法だ。早めに仕掛けると言っても、最終コーナーに入った後の話で、道中も序盤で仕掛けるということはない。
ナイトメアは「差し」のはずだが、道中で前へ出るとはどういうことだ?
「あのナイトメア、要注意だな……」
前へ出たナイトメアの警戒度を風竜より上に置く。
あの騎手……確か狼頭の後ろから出てきてボディチェックを受けていた長耳の少女だ。
あの子はナイトメアという種族ではなく個性を見た戦い方に切り替えてきた。
種族という殻を破り、個性と騎手の感性で勝負をかけてきたのだ。
他の誰も彼女のことを警戒した様子はない。ナイトメアが焦れて前に出た程度にしか思ってなさそうだ。
一方、先頭を行くフェンリルのガロウは二番手との距離を更に広げている。
俺の体内時計によるとペースはスタートから一定。あのままゴールをするとすれば、先日の同様のレースより二秒ほど早くなる。
う、うーん。二秒か……そこまで早い時計でゴールするってことが有り得るのかなあ。難しいところだ。
前回見たレースで優勝タイムを出したのは風竜で、圧倒的な強さを見せた。
いや、惑わされるな。俺は俺の競馬をする。
紹介していなかったが、最後の直線には中央競馬と同じように坂もあるからな。残念ながら傾斜角がどれくらいか知ることはできなかった。
思ったよりなだらかだったら、危ないかも。
ブンブンと首を振り、邪念を捨て去りレースに集中する俺であった。
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