第5話 レース観戦

 ワアアアアアア。

 まだ開始していないというのに物凄い歓声だな。

 オケアたちユニコーン族のうちの一組がレースに出場するというので彼女に頼んで俺も競技場に連れてきてもらったんだ。

 レースは朝から夕方にかけて開催されるので、この場にオケアの姿はない。

 たった一人でトレーニングセンターから離れた王国とやらの街まで行けるわけもなく、馬の姿……ユニコーンの姿になった彼女の背に乗り、彼女の仲間と共にやって来た。

 彼女に乗せてもらって、彼女がこの場にいないのはどういうことかだって?

 話は単純でユニコーンの姿だと喋ることができないため入場できず、外で待っていてくれている。

 入場できないことを知っていたら彼女の背に乗って競技場まで来なかったのに……。

 と思いつつも、馬が走るのと同じコースを見るとテンションがあがる。

 

「私も初めて来た時は驚いたものさ」

「思った以上に人気で、ずっとこの熱気なの?」


 そう言って片目を閉じるショートカットの女性の名はメロディ。

 彼女はトレーニングセンターで一緒にレースをした三人のうちの一人で、現在は騎手をしている。

 ユニコーンに変身できていた頃は走る側としてレースに出場していたのだって。

 ふうと息を吐き首を振った彼女が席に座る。


「いや。これから更に盛り上がっていく。後ろの席ですまないな」

「こちらこそ、入場料を出してくれてありがとう」


 この世界に突然転移してきた俺は一銭たりとも持っていない。

 入場料があると競技場に入った後に聞いて肝を冷やしたよ。オケアは天涯孤独の身で金銭的な余裕がないはず。

 今回はメロディが出してくれたんだよね。

 あくまで借りただけのつもりだ。レースで勝てば賞金が入る。

 しばしの間待っていてくれ。

 

 ワアアアアアアア!

 その時、ひときわ大きな歓声があがった。

 どうやらパドックにこれからレースをする人たちが出てきたようだぞ。

 ロイヤルレースは競馬と同じようにグレードがあって、グレードの低いレースから開催されるんだ。

 競馬だと新馬戦、未勝利戦、500万下……と獲得賞金額に応じてグレードが上がっていく。

 これから始まるのは本日の第一レースで、競馬でいうところの新馬戦、未勝利戦にあたる。

 パドックを見てさっそくロイヤルレースと競馬の違いに目を見開く。

 聞いてはいたが、いろいろな動物や魔物がごっちゃになって登場するんだな。

 我らがユニコーンが二頭、漆黒の角が生えた馬、ダチョウに似た二足歩行をする爬虫類、スラッとした体躯の四つ足の爬虫類、それに大きな白い犬と様々な顔ぶれだ。

 ユニコーン以外も複数が参加するようで全部で十頭立てになっている。

 

 くるりとパドックを回った彼らはすんなりゲートに入った。

 そこで、パーパーパーと短いラッパの音が響いて、解説の声が場内に響く。


『本日の第一レース。ストーンクラスの混合戦1600メートルがいよいよスタートです』


 パアンとタンバリンぽい音がしてゲートが開いた。

 一斉にそれぞれがゲートから飛び足す。

 まず前を取ったのは白い犬の二匹で、その後ろから内側をユニコーン、外側を四つ足の爬虫類の集団が続く。

 集団のすぐ後ろに黒い馬、最後尾を二足歩行をする爬虫類といった並びになる。


「いいスタート! がんばれ! クローディア! セリス!」

「そうだな、私も祈っているよ」


 盛り上がる俺と反対にメロディは渋い顔で腕を組む。


「混合戦って色んな種族が混じってのレースってことだよね?」

「いかにも。ストーンとアイアンクラスは種族戦がある。今回は実力のあるクローディアとセリスだったから混合戦に挑戦してみたのだよ」

「二人は初のレースじゃなかったっけ?」

「だからこそだよ。風竜と地竜は強い。彼らは混合戦に出た方が勝てる可能性が高くなる」


 ちぐはぐな回答だなと思ったが、すぐに意味が分かった。

 どっちか風竜でどっちが地竜なのか分からないけど、あの爬虫類たちは種族として強い。

 なので、他の種族が出場する混合戦の方が勝ちやすいのだ。

 裏を返せば、風竜と地竜の中で勝負をすることを避けたものが出て来る。


「残念だけどお。ユニコーンが風竜に勝つことはないね。もちろおん、土竜にもさあ」

「突然やって来て失礼なやつだな」


 いやに粘っこい喋り方をする変な男が突然からんできた。

 見た目は俺と同じ人間に見えるが、別の種族なのかもしれない。年の頃は20代前半で前髪を固めてピンとさせている髪型が妙にイライラする。

 勝負はやってみるまで分からないだろうが。変な輩には絡まず無視するのが一番なのだが、決めつける態度についムッとして言い返してしまった。

 

「おっとお。気を悪くしちゃったかなあ。ロイヤルレースを少しでも知っている者には常識だと思うのだけどねえ」

「ソージロー。放っておけ、せっかくのレースに集中した方がいい」


 メロディの言葉にハッとなる。

 ぐ、ぐうう。僅かの間とはいえせっかくのレースを見逃してしまったじゃないか。

 レースが終わってから存分にこいつと絡めばいいだけの話。

 雑音は気にせずレースを見守ろう。

 

 道中の動きは最初に固定された位置取りのまま進んでいる。

 残り800メートルの標識を過ぎた辺りでスルスルと黒い馬があがっていき、先行集団を抜いて前の犬との距離を詰めていく。

 呼応するかのように犬も加速し黒い馬との距離があと一馬身くらいのところで開きもせず詰まりもしなくなった。

 変わった位置からスパートをかけるんだな。この辺り競馬と異なるので非常に興味深い。

 そして残り600メートルでコーナーを回っている間にユニコーンと四つ足の爬虫類が前に上がってきて逃げる犬と黒い馬を飲み込む。

 逃げる馬は後ろから来た馬に掴まるとそのままずるずると落ちていくのだが、犬も黒い馬もスピードが落ちない。

 そのため、先頭が固まったまま最終コーナーを回り切り残り400メートルの長い直線に入る。

 ここで四つ足の爬虫類が先頭に出てじわじわと差をつけていく。

 残り300メートルを切り、先頭の四つ足の爬虫類と二番手集団との差は二馬身ほど開いており、更に開きそうな様相。

 最後尾はダチョウのような爬虫類で先頭との差は凡そ十馬身から十二馬身。

 

「うお!」


 内と外からそれぞれ物凄い末脚でダチョウのような爬虫類が距離を詰め、並ぶ間もなく四つ足の爬虫類を躱す。

 何という豪脚!

 直線一気で見事ごぼう抜きにした二足歩行をするダチョウのような爬虫類が一着と二着になった。

 続いて四つ足の爬虫類が三着と四着になり、ユニコーンのセリス、黒い馬、犬、ユニコーンのクローディアと続く。最後尾は最初に先頭を走っていたもう一方の犬だった。

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