第4話 ロイヤルレース

「知らずに鞭まで入れてしまってごめん」

「鞭がいけないのですか?」

「人間に似たユニコーン族に鞭打ってたよ、俺……」

「馬の姿の時は馬と同じと考えていただければ、この姿の時に鞭はちょっと痛いかもです」


 てへへと頭をかく彼女にまたしてもはてなマークが浮かぶ。

 馬の時と人間に似た姿の時だと感じ方に違いがあるということだよね。

 

「馬の姿の時には鞭が当たっても痛くないの?」

「よし! と気合が入る感じです。鈍いわたしですので、他の方ほどではありませんが」

「鞭があった方がより速く走ることができる感じ?」

「そうです! まさかみなさんを追い抜けるとは思ってませんでした」


 最初の控え目でうつむいていた彼女はどこへやら、満面の笑みで両手をぎゅっと握るオケア。

 彼女が見せた笑顔に思わず俺も頬が緩む。

 彼女は馬の時は馬のような感じ方をして、人間に似た姿だと人間のような感じ方をする。

 これまで俺が騎乗した競走馬たちも同じ気持ちだったのだろうか。

 鞭は入れどころを間違えると逆効果になるし、鞭を入れずに馬なりでゴールまで駆け抜けることもある。

 この辺りはレースの位置取りを含め、騎手の腕の見せ所だよな。


「俺のことはもう怖くなくなった?」


 彼女の笑顔を見て聞いてみたところ、彼女は顔を真っ赤にしてコクンと頷く。


「さ、最初だけです」

「はは。慣れてきたら大丈夫になるの?」

「は、はい。恩人に酷い態度をとってしまい」

「仕方ないよ。得体の知れない男に暗くなってから会いに来るとか誰だって怖いって」


 冗談ぽく右手をひらひらと振る。

 対する彼女は真剣なまなざしで力強く宣言した。


「ソージロー様はそのような方ではありません!」

「は、はは……。そういえば、一緒に走ったユニコーン族の人たちは親しい仲じゃないのかな?」

「はい! 厳しい言葉をかけられますが、みなさんわたしのことを想ってのことです」

「な、なるほど。いくつか聞きたいことがあるのだけど、いいかな?」


 意識が覚醒しているかしていないかの微妙な状態の中で聞こえてきた言葉を思い出す。

 確かオケアに向けて「遅すぎる」「走るのをやめた方がいい」とか言っていたな。

 好意的に受け取るなら、彼らはオケアがレースに出場できる最低限も満たしていないと判断し、それでもレースに出たいと希望する彼女をたしなめていた、というところか。

 しかし、彼女は馬と違って人間と変わらぬ知性を持っているし、夜になればこうして会話をすることができる。

 おっと、彼女が俺からの質問に対して目をキラキラさせて待っている。

 

「こうして会ったばかりの俺とでも慣れれば普通に会話できるまでになるじゃないか」

「優しいソージロー様だからこそです」

「そ、そこは置いておいて。親しい間柄のユニコーン族とレースをしたのに、怖くて走ることが出来なくなってしまったの?」

「馬の姿の時はこの姿の時と違い、他の方に近寄ると震えてしまって何度練習しても改善されることがありませんでした」

「馬の時と人の時は違うってことかあ」

「はい、鞭と同じようなものです」


 馬の時と人の時は中身が同じオケアでもまるで異なると考えるのが良さそうだ。

 「ふうむ」と座ったまま顎に手を当て考えを整理する。

 すると、ぐううと腹が鳴る。


「わたしもお腹がすきました!」


 とことこと歩き始めた彼女が厩舎に入って行った。

 そこには土を落とし洗ったであろうニンジンがどっさりと積まれているではないか。

 他にもセロリぽいものやサツマイモぽいものも積んであった。

 大きな麻袋は小麦粉が入っていたりするのかな? ここは厩舎と思っていたが倉庫なのかもしれない。

 

「とっておきがあるんです!」


 積まれた食材を眺めていたら、彼女が笑顔でザルを掲げる。

 ザルに乗っているのは紫色と黄緑色の房と粒々だった。ブドウかな?

 

「いいの? 高いんじゃ。俺はそこの芋とかでも十分だけど」

「はじめて一番でゴールした記念です! ちょうどそろそろ食べごろでしたし」

「じゃあさっそく」

「甘くておいしいです!」


 ブドウを摘まみながら彼女と色々喋ると初めて聞くことも多く何度も驚かされた。

 ブドウだけじゃ足りないよね、とのことでパンや吹かしたサツマイモも頂く。

 彼女は生のままでサツマイモを齧っていたが……。 

 彼女のこと、この世界のことについて色々分かったことがあるが、それはおいおい語ることにしよう。

 彼女から聞くだけじゃなく、俺のことも彼女に腹を割って話をした。

 会ったばかりの彼女のことを信頼して自分がこの世界の人間ではないと伝えることには全く抵抗が無かったよ。

 偽ることも無く正直にありのままを彼女に伝えた。

 俺は右も左も分からない。別世界の人間だから家もお金も無いってことまで。

 そんな俺に対して彼女は「ここに住みませんか?」と提案してくれた。それと「あなたほどの乗り手でしたら、引く手あまたです」とも。

 この世界では日本以上に競馬に似たレースが盛んで、ユニコーンだけじゃなく他の種族もレースに参加して盛り上がっているそうだ。

 彼女は一度だけ街にレースを見に行ったことがあるそうで、競技場いっぱいに集まった観衆の歓声が物凄かったって。

 競馬と違うのは賭博は禁止と出るのは馬だけじゃないこと。

 

「オケアならロイヤルレース? にも勝てるよ」

「わ、わたしなんて」

「もう少し詳しく教えて欲しい」

「レ、レースのことですよね。も、もちろんです!」

 

 と思ったが情報量も多く、オケアの欠伸につられて俺もふああと欠伸が出た。

 情報を整理しつつ今夜はここで眠ることにしよう。

 そうそう、厩舎と思っていた建物は厩舎ではなくオケアの住処だったのだ。

 馬小屋に近い作りをしているけど、藁を敷いたベッドがあるし快適に眠ることだってできる。

 さすがに彼女と並んで寝るわけにはいかず、お客様用という藁ベッドで休ませてもらうことになった。

 

「おやすみなさい、ソージロー様」


 ベッドに寝転がったところでオケアが挨拶に来る。

 素肌の上から布をまとっただけの姿で……。

 

「暗い中、水浴びでもするの?」

「いえ、朝になると馬の姿になりますので裸にならないと服が破けちゃいます」

「な、なるほど。それなら挨拶の後、寝る直前に服を脱げばよかったんじゃ……」

「そ、そうでした! いつもの習慣で」


 はわわと顔を引っ込めた彼女に向け後ろから「おやすみ」と伝え目を閉じる。

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