第3話 突然少女が訪ねてきまして

 あれ、おや。

 レースに出ること自体が難しいと言われていたオケアが力を見せてくれた。

 これほど立派なトレーニングセンターがあるなら、ユニコーンによる大レースとかもありそうだよな。

 その辺り聞きたかったのだけど、彼女らは足早に「さよなら」だけを告げて帰って行ってしまったんだ。

 トレーニングセンターの周囲には民家がなく、彼らと別れてから事の事態に気が付くという体たらくである。

 ユニコーンがいる世界なんて日本であるわけがない。地球ですらないと思う。

 そんな世界で一人残されてどうするんだよ、俺……。

 しまった。失態だ。

 自然な動作でユニコーン族の人たちに手を振って別れてしまったよ。あの場は何としても彼らに縋るべきだった。

 初対面の怪しい人間に対し親切にしてくれるかは分からないが、何も言わずにさよならするよりは断然マシだよ。


「あ、あああ」


 一人うなだれるも、日も落ちてしまった。

 いや、食べるものはないが寝泊まりは余裕だよな、ここだと。

 置いていかれてしまったと気が動転していたが、落ち着いてみるとそこまで極まった状態ではないと気が付く。

 トレニンーグセンターの周囲には確かに建物はない。

 だけど、トレーニングセンター付属の施設はあるのだ。ユニコーンを繋いでおくための厩舎と水桶に井戸もある。

 勝手に井戸を使うことに多少の抵抗はあったが、誰も見ていないし水を飲まなきゃ脱水で倒れてしまうので仕方ない、仕方ない。


「ごめんなさい」


 誰に聞こえるわけでもないが、謝りながら水をくむ。


「いえ、わたし、謝られるようなことはなにも」

「え?」


 全く気が付かなかったぞ! 機械式の井戸じゃなくて縄を引く古式の井戸だったからに違いない。

 思ったより桶を引き上げるのに手間取ってしまってな。

 それで後ろに誰かが立っていることに気が付かなかったというわけさ。

 声からして女性のようだが、幸い周囲はまだぼんやりと明るく、満月だったので視界は良好だ。

 振り向くと胸の前で手を組み困った顔をした少女が立っていた。

 額からは角が生え、ユニコーンのたてがみのような薄い青色のストレートの長い髪。年の頃は人間なら高校生か大学に入りたてです、くらい。

 困った顔をしていた彼女であったが、俺と目が合うと途端にうつむき気まずそうに体の向きを変える。

 

「あ、あの」

「ん?」

「ひゃああ。ご、ごめんなさい」

「いや、謝るとしたら俺の方なのだけど……」

「い、いえ。ですから、わたしには謝られるようなことは」

「ほ、ほら。水を勝手に拝借してしまって。ユニコーン族のトレーニングセンターだとはわかっていたんだけど、どうしても喉が渇いてしまってさ」

「ご、ご勝手に、で、よ、よいとおおもいますう」


 いやいやと彼女に向けて右手を前に出したのがまずかったらしい。

 彼女は両手を額に乗せてしゃがみ込みそうな勢いだった。俺ってそんなにヤバい感じの人に見えるのかな……ちょっとへこむ。

 周囲に人気がなく、一応男である俺と少女が対峙している。

 状況的にみて警戒されるのは当然だけど、それならそれで俺に近寄らなきゃよかっただけと思うのだが。


「そ、そんなに警戒せずとも、そうだ」


 その場で座り込み「これなら君に何かしようにもできないぞ」とアピールしてみる。

 これでどうだ?

 しばらく様子を見ていたらようやく彼女が顔をあげ俺と目が合う。

 しかし、彼女はすぐに目をそらしてしまった。うつむかないだけさきほどよりマシであるが、どうしたものかな。


「お、お水を飲まないのですか?」

「あ、うん」


 おずおずと目を合わせぬまま尋ねてきた彼女の言葉のまま、水桶から直接水を飲むことにした。

 うーん、冷たくておいしい。

 井戸水は危険と聞くが、水を飲まなきゃ脱水で倒れてしまうから背に腹は代えられないだろ。

 俺が水を飲み終わるのを待っていたかのように彼女が口を開く。

 

「先ほどはありがとうございました」

「先ほど? あの中の誰かの妹さん……?」

「い、いえ。わたしに姉はいないです。姉のように慕っている人はいますが」

「ん、俺と君は初対面だよな。ユニコーンの世話をしていたりするの?」

「そ、そんな……や、やっぱり、わたし、ずっと落ちこぼれで、でも、今日のことでも覚えてらっしゃらないなんて……そこまで、だったなんて」


 へたりこんだ少女がペタンと地面にお尻をつけわんわんと泣き始めてしまったじゃないか。

 な、何なのだ一体。ここまで大泣きされるようなことをしたのか? 俺。

 

「ご、ごめん。正直何が何やら。俺と誰かを間違えているんじゃないのか?」

「い、いくら鈍く物覚えが悪いわたしでも、神の手を持つ方を間違えるはずがありません」


 大泣きしていた彼女だったが、涙が止まり興奮した様子で両手を振る。

 神の手って何なんだよ……。俺は医者じゃあないぞ。


「そんな大げさな。俺はただの騎手だよ……」

「ご謙遜を! ソージロー様ほどの乗り手の方はユニコーン族にはいません!」

 

 両手を握り力強く宣言する彼女に引きっぱなしの俺であったが、ここでようやくハッとする。

 彼女は俺のことを知っている。名前まで正確に覚えているんだ。

 だが、俺は彼女のことを知らない。


「確かに俺は嵐宗次郎あらし そうじろうだよ。君は一体?」

「何度も名前を呼んでくださったのに、本当に覚えてらっしゃらないのですか。わたしです『オケア』です!」

「え、オケア? 俺が知っているのはユニコーンのオケアであってユニコーン族のオケアではないのだけど……」

「な、何をおっしゃっているんですか! あ、あああ!」


 合点がいったようにオケアと名乗ったユニコーン族の少女が大きな声をあげる。


「ど、どうしたんだ? 俺にもわかるように説明してくれないか?」

「し、失礼を承知でお聞きします……。ま、まさか、ユニコーン族のことをご存知ではないのですか?」

「ユニコーン族はこう君のように頭に角が生えた種族のことだよね?」

「ユニコーンとユニコーン族と使い分けておられましたが、ユニコーン族の乙女は昼は馬のような姿となり、夜は大人のユニコーン族と同じ姿となるんです」

「……てことは、昼間俺が乗ったユニコーンのオケアは、君と同じってこと……?」

「そうです!」


 ひ、ひえええええ。

 驚き過ぎて開いた口が塞がらない。怯える彼女を少しでも安心させるためと思い、座っていて良かったよ。

 立っていたら確実に腰を抜かしてへたりこんでいた。

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