第2話 騎手の力
「俺は
ぶるるるといななくユニコーンのオケアに挨拶をし、ひらりとまたがる。
馬具は馬が付けているものとほぼ同じ。乗った感じは馬そのものだな。
「ここを一周して、白線がスタートでありゴールでいいかしら?」
「分かった」
馬……じゃなくユニコーンが白線に一直線に並ぶ。
しかし、並んでいよいよスタートだって時になるとオケアの様子がどうもおかしい。
青みがかった白色の美しいたてがみが小刻みに揺れている。これって、震えているのか。
「オケアは超がつくほどの臆病でさ。ユニコーン族は群れることが好きだってのに」
ユニコーン族の若い男がやれやれと鼻を鳴らす。
「ユニコーン族は一団となれば落ち着き、力を発揮できる種族だ」
男に被せるようにしてもう一人の女性が続ける。
競走馬の場合は性格が様々で臆病なのもいれば、気性が激しく言う事を聞かないものものいたりと様々だ。
中には非常に賢く落ち着いた競走馬もいる。
力の発揮できる位置取りに誘導し、馬に気持ち良く走ってもらうのが騎手の腕に見せどころだろ。
しかし、ユニコーンは集団にならないと力を発揮できないと言う。
うーん、といってもなあ。この様子だとオケアはまともに走ることができない。
アドバイスをくれた二人とは異なり、最初に俺へ声をかけてくれた女性は自分のまたがるユニコーンに喋りかけていた。
「……うん、そうよね」
レース前に馬に声をかけて馬を安心させる。
俺も良くやるよ。ダービーのスタート前でもやっていた。
「ニンゲンを乗せるなんてオケアも、いいじゃない、今の彼女はレースに出るために藁をもすがる気持ちなんだから、何でも試してみなきゃ」
彼女の言葉ってユニコーンと会話しているかのようだ。
すげえな。俺は彼女の域にまで達することは無理だよ。誰もいないところで一人壁に向かって話しかけるようなものだからな。
見ている人がいる中、あそこまでできるのは相当な上級プレイだぞ。
ともあれ……。
「オケア、大丈夫だ。俺に任せてくれ」
体を伸ばし震えるオケアの首に手を当て撫でる。
彼女の恐れる原因が取り除かれたわけではないので、撫でたところで彼女の震えは止まらない。
競馬ならゲートがあるのでゲートインしたら落ち着いてくれるが、今は白線上に並んでいるだけだからどうにもこうにも。
「では、石が落ちたらスタートだ」
「分かった」
ユニコーン族の女性が石を投げ……コツンと石が地面に転がった。
その瞬間、俺とオケア以外の三頭は走り始める。
遅れたことにいななくオケアだったが、「大丈夫だ」と落ち着かせるよう鞍をポンと手で叩く。
よし、首の震えが無くなったな。
「じゃあ行くぞ」
遅れること1秒未満。遅れはしたが、同時スタートするより遥かにましだ。
馬群が苦手な馬なら先頭を行くか最後方を進むかのどちらかが定石である。
ゲートが無いのだったらロケットスタートで先頭に立ち大逃げすることが不可能なので、後ろ以外にない。
走り始め、前三頭との距離を詰めるものの一定の距離まで近寄ったところでそれ以上寄ることをやめ距離を保つ。
しばら
く馬なりで駆けるものの、オケアは前三頭のスピードについていっても特に疲れた様子はない。
少なくとも大きく競争能力が劣るわけではなさそうなんだがなあ。
前三頭がオケアのために相当抑えて走っているか、ラストスパートで馬以上に加速する走り方をするのかのどちらかの可能性はあるが……。
オケアの反応は悪くない。
臆病であるものの、俺が出会った競走馬の中でも一番賢い部類に入る。初めて乗るというのに俺の指示を的確に聞いてくれ反応をしてくれるんだ。
あ、馬じゃなかった。
ユニコーンは平均して非常に賢い種族の可能性もあるよね。
トレーニングセンターのコースは目測で凡そ一周2000メートルと少し程度か。
東京競馬場より少し短いくらいだ。しかし直線は長く、400メートルくらいはある。
臆病な性格のため出遅れスタートをしたが、勝つことを諦めたわけじゃないんだぜ。ちゃんとコースも見ている。
長い直線があれば、後方からでも勝機はあるぜ。
ただ、前三頭のペースが速いのか遅いのか分からない。馬ならばハイペースになるけど……群れると能力アップするみたいなことを言っていたからなあ。
「出たとこ勝負だ。今のところはいい感じだから気楽に行こうぜ」
オケアに声をかけ、最後方待機のまま最終コーナーを抜ける。
ワアアアアアという観客の声が聞こえてきた気がした。もちろんユニコーン族のトレーニングセンターに観客は一人もいない。
内ラチ(柵のあるところ)沿いは締まってるか。
ならば……。
オケアの腹を足でトントンとし、大きく外側に移動する。
ここに来て少しだけペースがあがるが前との距離は変わっていない。
もう少し、もう少しだけ我慢だ。力を溜め、溜め――。
「今だ!」
溜めた力を爆発させろ!
鞭を入れるとオケアが一気に加速する。
まるで翼が生えたかのようなフットワークでオケアが駆ける。
三頭に並びかけるも大きく外に振っているためオケアが怯える心配はない。
他の三頭とは速度がまるで異なり、並ぶ間もなく一気にゴールまで駆け抜けた。
「よくやった、オケア」
ぶるるるるといななくオケアの首をポンポンと叩く。
オケアから遅れること三馬身くらいで三頭が順にゴールまで達した。
「まさか後ろからで乗り手がいてオケアがこんなに速いなんて驚いたわ」
「あんた、すげえんだな!」
「俄かには信じられない……」
次々と三人が驚きの声をあげる。
「俺じゃなくてオケアの力だよ。臆病だって聞いたから力を発揮できるように後ろから行っただけだよ」
俺の力ではなくオケアの力であることは間違いない。
俺がやったことは単にオケアの性格と脚質を加味して後方待機しただけである。
飛ぶような速度で末脚を見せたのはオケアであり、俺じゃないよ。
まさかこれほどの末脚を持っていたとは思わなかったけどね。
単に臆病だから後ろから行くしかなかったわけで彼女? が直線一気でごぼう抜きできるだけの脚を持っていたことは想定していなかった。
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