異世界ジョッキー~現代知識でユニコーンを鍛えて強くする~

うみ

第1話 栄光の舞台

 勇壮なファンファーレの音が耳に届く。

 子供のころから憧れた東京競馬場のファンファーレをゲートから聞くことができるなんて感無量だ。

 ただのファンファーレではない、年に一回、競走馬にとっては生涯一度限り参加することができるレース「東京ダービー」のものなのだから。


「さあ、行こうぜ」


 目を開き俺を初のダービーに連れてきてくれた馬「オケアノス」の首をポンと叩く。

 ガタン!

 ゲートが開き、各馬が一斉にスタートする。

 走り始めた途端に緊張感はどこへやらレースだけに集中する良い状態になることができた。

 これまで雑念を完全に無くし、レースだけに集中することができたことがない。間違いなく、七年の騎手人生のうち最高の出来だ。

 そして、騎乗するオケアノスも俺が今まで乗った数ある馬のうち最高の手ごたえを見せてくれている。

 僅かな指示にも機敏な反応を見せてくれるオケアノス。

 ワアアアアアアアア!

 大歓声が巻き起こり、いよいよ残り最終コーナーを回り、残すは東京競馬場の長い直線となる。

 位置取りは中団後方、内側。

 俺の目に進むべき道が光となって映り込んだ。ここを進めば栄光だと言わんばかりに。


「よく我慢してくれた!」


 パアアンと鞭を振るうと抜群の手ごたえでオケアノスが飛ぶように駆ける。

 同じように後方からスパートをかけた馬でさえオケアノスから見れば止まっているように見えた。

 光となって見える道を進み、馬群をすり抜け更に前へ。


「うお!」


 突然前の馬が寄れオケアノスにぶつかりそうになってしまう。

 驚いたオケアノスが前脚を跳ね上げ、どうにか体勢を立て直すも馬から放り投げられる。

 オケアノスは無事か?

 スローモーションで動く景色の中、オケアノスの状態だけに目が行く。

 彼こそは地方馬の歴史を変える存在だ。

 俺の不甲斐なさから彼にダービーを諦めさせることになったが、彼ならばこれからも大きなレースを勝つことができる。

 背中に来るであろう衝撃に対し体に力を込め――。

 

 ◇◇◇

 

「遅すぎるだろ」

「オケアがレースに出るのは難しいと思う」


 誰かがやり取りする声で目が覚める。

 いつの間に意識を失っていたんだろうか。地面に打ち付けれるかもという恐怖で気を失ったんだよな? 俺。

 まさか自分がこれほど気が弱いとは……正直ショックを受けている。

 芝生の上で寝転んでいるようだが、一体俺はどこに運び込まれたんだ?

 落馬事故を起こし気を失ったとなると即医務室に運ばれるものだと思うのだけど、俺の目には雲一つない青空が映っている。

 地面の感触からして芝生の上であり、競馬場に寝ころんでいるのか?

 話し声も妙に近いし、一体全体どうなっているんだ。イマイチ状況が飲み込めない。


「君、そんなところで寝転んでいたら危ないよ」

「いつの間にいたんだ? さっき俺たちが走って来た時にはいなかったよな」

「さあ、私たちここで話し込んでいたから」


 次々に声をかけられ、一体どんな人たちなんだと起き上がり思わず声をあげる。

 

「え、え、これって一体……?」

 

 一見すると馬が四頭に人が三人。し、しかし、彼らは馬でもなく、人間でもなかったんだよ!

 馬に近い生物は額から角が生え、足元がフサフサとした毛に覆われ、目の周りに明るい青色の隈取がある。

 毛や隈取はそういう種や染めている可能性もあるが、螺旋状になった角は説明がつかない。

 人間に見えた方も額から角が生え、耳の先がピンと尖っている。

 

「君、ユニコーン族じゃないよね。角が無いし」

「違うけど……」


 三人のうちの一人である青みがかった銀色の髪をした20代後半くらいに見えるユニコーン族?の女性が首を傾げ尋ねてきた。

 訳が分からぬまま、彼女に対し首を振る。


「やっぱり違うよね。角が生えてないし、その姿で実は速いとか?」

「人間じゃ馬と競争しても勝負にならないよ」

「ニンゲンだったんだ。ニンゲンがレースに出たとか聞いたことはないわね。でも、ひょっとしたら速かったりする?」

「人間の中では遅い方じゃないけど……」


 何を言っているんだ? この人。

 首を捻りちらりと周囲を見渡すと「なるほど」と膝を打つ。

 ふむ。周囲の景色を見て何だかホッとした。

 俺の立っていた場所はトレーニングセンターそっくりだったんだ。

 ユニコーン族とやらに囲まれ戸惑っていたが、見慣れたトレーニングセンターらしき景色を見てようやく地に足がついた気がした。

 確かにトレーニングセンターの芝に立っていて、走るのかと聞かれるのは百歩譲って理解できる。

 俺の常識では人間が走る場所ではないのだけどな。相手がユニコーン族なので人間はトレーニングセンターで走らないと知らなくても仕方ない。

 しかし、彼女らはまだ俺に走ることを期待しているのか?

 一人でトレーニングセンター一周とかどんな罰ゲームなんだよって話だ。

 んー。どうにか話を変えることはできないものか。

 お、さっそく気になることがあった。このネタならきっと食いついてくれるはず。


「あ、あの。騎手が三人なのにええとユニコーン? は四頭だけど、騎手はいないの?」

「オケアは乗り手がいないのに、他の子より遅いのよ」

「……? それなら尚更騎手が乗った方が?」

「乗り手の分重たくなるでしょ?」


 何かおかしい。

 空馬だとペース配分もできないし、自然に任せたらコースを走るにも無駄が多い。

 つまり、騎手が乗った方が速くなる。


「俺がオケアに乗って走らせてもらってもいいかな?」

「オケアに? ユニコーン族ではなく人間である君が?」

「物は試しってことで」

「面白い。じゃあ、四人でレースをしない? いいよね?」


 と女性が仲間の若い男と同じ歳くらいの女性に同意を求める。

 「え?」と驚いていた二人だったが、彼女の顔を立てるためか苦笑しつつも頷いてくれた。

 ここまでで分かったこととしては、角の生えた人間のような種族はユニコーン族で、角の生えた馬はユニコーンである。

 そして、ユニコーンに人間が乗ることは普通無いらしい。

 ユニコーンといえば乙女しか乗れないと伝説で聞いたことがあるが、ユニコーン族の騎手に男がいるので俺でも騎乗可能なはず。

 ユニコーン族の女性が四人でレースをと言っていたのだからね。

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