第10話 トカゲ

「こいつはすごいね!」

「素敵な場所だわ。本当にこんないいところに住んじゃっていいの?」


 タニアの両親が揃って感嘆の声をあげる。

 地下室の数も十分に増えたので王都に戻り、彼女の両親に砂の街モーリスを改めて紹介したのだ。

 彼女の両親は村を捨てる苦渋の決断をし、王都で生活を始めた。

 タニアから聞くところによると、何とか王都で生活をしていけている、とのこと。

 そんな中、明日が立ちゆくのか分からぬ砂の街モーリスへとなると相当な決断となる。

 俺もタニアも上手くいくと自信を持っていたが、100パーセント完璧にとなると「完璧です」とは言えない。

 お試しで来てもらうとしても、現在の王都の仕事を放りだすことになるわけだから、お試し後の生活をやっていけるのかも不明である状況。

 しかし、彼女の両親は二つ返事で砂の街モーリスに来ると言ってくれた。

 「タニアの顔を見て決めたよ」と笑顔でね。

 

 地下室2-1に案内したところ、気にいってくれたようでなにより。

 細かいところはタニアが両親と会話してくれている。

 

「これと同じ広さの地下室が……四つでいいかな?」

「四つも使っていいのか」

「八つでもいいよ?」

「そいつは育てきれないな……」

 

 「たはは」と頭をかく彼女の父親に対し母親が「ほほほ」と朗らかに笑う。

 タニアのアドバイスを受け、掘り軍団によって土も運び込まれている。水も各部屋に引き込んでいるし、風通しも日当たりも問題ない。

 タニアが持参した種を植えてみたところ芽も出て来たし、順調に生育している。

 

「テオくん、お父さんとお母さんは農業用区画の2-5から2-8の四つと、居住用の1-4でもいいかな?」

「うん、2-1から4と1-1から1-3以外ならどこでも」

「ありがとう」


 俺とタニア以外に住民はいないので、サクサクと彼女の両親用の区画が決まった。

 居住区画は農業区画と同じ広さの地下室なので、おそらく広すぎる。広めの敷地を取ったとしても3つか4つの家族用の住処でも入ると思う。


「タニア。私たちは居住区? は要らないよ。農業用の四つの区画のどこかに住めるところを作るから」

「分かったわ。最初は馬車暮らしになりそうだけど……大工さんもいないもんね」

「なあに、これでも父さんは大工仕事もできるんだぞ。家を増築したのも柵を作ったのも私だったんだぞ」

「あはは、そうだったね。実は木材も備蓄しているの。運ぶ時には言ってね」


 ふふふ。さっそく木材を使う時が来たようだな。

 あと、タニアのお父さん、俺の家も作ってくれると嬉しい……。

 森で伐採した木を砂漠に埋めたらすぐに乾燥して使える状態になった。たぶん。

 からっからだったからすぐに乾いたのかなあ。

 素人目では大丈夫な状態になっていると見立てている。ひょっとしたら使いモノにならないかもしれないけどね。

 備蓄といえば他にも色々溜め込んでいるんだぜ。

 保冷庫、冷凍室はもちろん木材などを保管しておく用の倉庫やらにも溜め込めるだけ溜め込んでおいた。

 地下室の増設を優先したものの、せっかく森に行くのだからいろいろ持って帰ってきたのだよ。ふふ。

 これからもしばらく森には通うので冬を迎える前に溜め込むのだ。


「テオくん、本当に感謝しているよ。まさかもう一度モーリスで農業をできるようになるなんてね」

「地下なので思ってもみないトラブルがあるかもしれませんが、十分な広さだけは確保しています」


 タニアの父と握手を交わし、深く頷きを返す。

 彼は朗らかに笑い俺から離した手の親指を立てる。


「はは。きっと大丈夫。さっそく作業に取り掛かる……と言いたいところだけど一旦王都に戻るよ。すぐトンボ帰りするけどね」

「何か足らないものがありましたか?」

「家財道具、農具、全て持てるだけこちらへ運ぼうと思っていてね。土地と家を売って引っ越し屋に頼まなきゃいけない」

「あ、ありがとうございます」


 思わず頭を下げていた。

 彼らの覚悟に感謝を。虎の子として王都の土地と家は残しておくのだと思っていた。

 しかし、彼らはその全てを砂の街モーリスにかけようと言うのだ。

 出来る限りのことはやった。これからも気が付いたら改良をしていくつもりである。

 気軽に移住してもらえばいいと考えていたけど、独り者ならともかく家族となると重みが違うよな。


「そうだ、テオくん。区画はまだまだあるのだったね」

「はい、日々増えています。農業地区だけでも2-20まであります」

「ほお、そいつはすごい。君の能力には開いた口が塞がらないよ。地下にこのような広大な空間を僅かな期間で作り上げるのだからね」

「いえ、俺というより友達が凄いんです」

「謙遜するところもまた好ましい。では、テオくん。しばらく後にまた会おう」


 こうして一旦タニアの両親は帰って行った。

 

 ◇◇◇

 

 一度味わってしまうと日課になってしまった感のあること……それはサウナである。

 タニアの両親を見送り、地下室を一つ作った後はさっぱりさわやかタイムとなった。

 サウナは日中しか味わうことができないから昼間っからこうして汗を流している。

 水を浴び、外に出て灼熱で体を熱し……。

 

「ふう。これよこれ。そろそろ熱さが限界だ」

『もう少シ、待テ。まだ暖まっテいなイ』

「いや、そろそろ動かないと倒れてしまうぞ」

『十分に暖まらなイと、動けなくなル』

「暖まるにも限度ってものが……ん?」


 俺、誰と喋ってたんだ?

 動物と意思疎通できる俺であるが、俺の意思が何となく相手に伝わり、なんとなく相手の意思が分かるって能力なのだ。

 決して会話を交わすことではない。

 タニアの両親が帰った今、砂の街モーリスで会話ができるのは俺とタニアのみ。

 しかし、この声はタニアではない。

 はて?

 左右を見渡すが人影はない。

 

『どうしタ?』

「ん、え、ええええ!」


 砂が盛り上がり、ぎょろっとした目をしたトカゲが顔を出す。

 オレンジ色の鱗に大きな目、長い舌を出しトカゲがのそのそと砂の中から全身が姿を現した。

 全長は25センチくらいで、ぎょろりとした大きな目とクルリと巻いた尻尾が特徴的なトカゲで、初めて見る種族だ。

 こいつが喋ったのか? 

 俄かには信じられないが、ひっくり返りそうになる俺をよそにトカゲがブルブルと全身を震わせ砂を払う。

 

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