第5話 覗いちゃダメよ

 最初に掘った穴から離れることだいたい100メートル。

 スンスンと豚のような形をした鼻をせわしなく動かしていたツチブタの動きが止まる。


「もぎゅ」

「お、この辺なんだな」


 待ちきれなくなった他の穴掘り仲間たちが一斉に掘り始めた。

 数に任せた穴掘り仲間たちによってあっという間に深い穴となり、底から水が湧き出て来る。

 ロープを使って降りて見たけど、相当深い。15メートルくらいはありそうだ。

 これなら地下室の更に下へ水路を作って水を供給できそうだぞ。

 水が干上がることはないと思うが直接日光があたらぬよう、横穴を作ってそこから地上に出ることができるように改装し、土の精霊に頼んで固めた後、元からあった縦穴に土を被せた。

 よし、想定通り土をかぶせても固めたところは崩れず土を支えることができている。

 

「よ、よし……これで水の確保はできたな……」

「テオくん、休んだ方がいいよ」

「はあはあ……もう魔力切れ寸前だよ。馬車を任せてもいいかな?」

「うん、王都に戻るの?」

「いや、彼らと友達になった森まで行きたい」


 動こうとしたらくらりときてタニアが支えてくれた。

 そのまま彼女に支えられ馬車の前まで移動する。


「はい、登って」

「ありがとう」


 倒れ込むように座席になだれ込み、大きく息を吐く。

 さ、さすがに無理をした。ここまで魔力を使ったのは久々だから余計に辛い。


「もぎゅ」

「きゅきゅ」

「痛い、痛い」

 

 俺のことを心配して馬車の中に乗り込んできたツチブタとヤマアラシであったが、ツチブタはともかくヤマアラシのトゲトゲはチクチクして頬に当たるとたまらん。

 彼らだけじゃなく他の友達も俺を心配して全員馬車に入って来たので、馬車の中はぎゅうぎゅうである。

 タニアは素知らぬ顔で馬に水をやり、御者台に座った。

 

「森でいいのよね?」

「うん、森に行けば食べ物も豊富にある」

「や、野性的ね」

「砦生活中はずっと自給自足だったんだぜ」


 森は猛獣もいるが、食材の宝庫だ。

 少しの時間でこれほど多くの友達が集まるくらいだしさ。多くの生物が住んでいるってことは、それだけ食べる物があるってことなのだよ。

 食べられる危険性もあることは見て見ぬふりをすべきである。

 投げやりってわけじゃない。タニアもいるから無茶はしないさ。これでも、善意で付き添ってくれた彼女に怪我をさせないように最新の注意を払っているつもりなんだよ。

 大抵の外敵は馬車と炎があれば退けることができる。普通の馬車じゃ耐え切れないとなれば土の精霊にお願いして馬車を砦にすればまず凌ぐことができるのだ。

 土の精霊で馬車を硬くすれば大型の猛獣でもびくともしない堅牢な砦になるんだぞ。

 

 ◇◇◇

 

 何事もなく小川の傍で夜営をして再び礫砂漠である。

 一晩寝て魔力はすっかり全快だ。魔力の枯渇は体の疲労と同じように寝たら回復する。

 逆に休まなきゃ魔力は減ったまま回復することがないので注意が必要だ。

 子供のころに空気中に魔力の素があるって教えられて、じゃあ、呼吸をしていたら魔力を体に取り込むことができるじゃないかって考えたことがある。

 若気の至りというやつで、回復することを見越して魔力が空になりぶっ倒れてしまった。

 魔力の運用は計画的に、だよ。

 特に体内魔力量が多くない俺のような者は注意しなきゃである。

 

「はあはあ……」


 ふう。到着するや穴掘り軍団に新たな地下室を作ってもらって、土の精霊に頼んで固めた。

 他にもう一つ、試しに水路も作ってみたのだ。もうこれで魔力が枯渇。息絶え絶えである。

 最初の部屋に水を引き込んだところでぶっ倒れそうになり、なんとか繋げた隣の地下室まで進み寝そべった。

 水を引き込んだ最初の地下室には馬も連れてきていて、ゆっくりと休んでもらっている。

 他の友達も水浴び中だ。

 

「ありがとう、テオくん」


 隣の地下室からさっぱりした様子のタニアが「やっほー」と手を振りやって来る。

 彼女は寝そべる俺の額に絞ったタオルを乗せてくれた。

 ひんやりして気持ちいい。

 

「みんな楽しそうにしていた?」

「うん、隈取の猫みたいな子なんて泳いでいたよ」


 隈取というとイタチに似たミーアキャットだな。

 地下は適温でこうして横になっていたら、床が硬くても眠くなってくる。


「ふああ」

「テオくんも水浴びしてくる?」


 タニアの声が聞こえた気がしたが、眠気が酷い……。

 

「……は」

「おはよう、テオくん」


 硬い床で寝ていたはずなのだが、頭だけは妙に心地よい。

 それにタニアの顔が近いような……。

 自分がどうなっているのかを察し、慌てて起き上がる。

 彼女は俺を膝枕してくれていたのだ。こんな床が硬いところで。


「重くて痛くなっちゃったよな、でもありがとう」

「ううん、テオくんの魔力が少しでも回復したらと思って。水浴びもせず頑張ったんだもん」

「結構回復したかも!」

「調子いいんだから」


 ぐっと握りこぶしを作ると、彼女におでこを指先でペチンとされた。

 あははとお互いに笑い合い、すくっと立ち上がる。

 首を回し、腕を伸ばす。うん、少し寝たからか思った以上に魔力が回復しているぞ。

 壁を固めて、寝て、壁を固めて、とやると一日に三回くらいはいけるかも。

 膝枕はあってもなくても魔力の回復量は変わらない。

 そんなの俺だけじゃなくタニアだって分かってる。でも、彼女の気持ちが嬉しかった。

 膝枕は俺の気力を大幅に回復してくれたんだ。

 ってことにしておいてくれ。

 

「俺も汗を流して来る」

「いってらっしゃーい」

「覗いちゃダメよ」

「覗いて欲しいの?」


 覗かれて喜ぶとかそんな変な趣味は持ち合わせていない。

 首を振り隣の地下室へ向かう。

 まだ友達たちが水浴びをしている中、失礼して俺も水浴びをすることにした。

 地下室は更に下を通る水路より水を引いている。溢れてこないようにと考えて円形の水場を作ったのだけど、幸運にも想定通りにいって、一定以上水がたまると排水される仕組みになっている。

 水に手を入れてみたら風を引きそうなほど冷たい。

 ここはそうだな……一旦外に出て灼熱を味わってから水浴びをしよう。ある種のサウナのようになって気持ち良く水浴びできるかも。

 

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