第4話 もみ手でお出迎え

 目をつぶり、もみ手を作って強く念じる。


「土の精霊よ、なんかいい感じに固めて欲しい」


 あれ、土の精霊が出てきてくれないぞ。

 お、おおい。土の精霊さーん。

 もみ手の勢いが足りなかったか? ここは、平身低頭でいくしかねえ!

 ははは、俺にプライドなんてものはない。

 両ひざとつき、貴族の主人に接するよう恭しく両手を地につける。


『テオちゃん、さすがにそれは引くわあ』

「あ、土の精霊さん、いつもいつもありがとうごぜえます」

『謎のへりくだりはやめてって言ったじゃないのよ』

「で、でも。今だって出てきてくれたし」

『あたしと契約をしている子が情けなすぎるから耐えられなくてよ。もうちょっとしゃんとする。分かった?』


 やっと出てきて俺の頭の中に直接語りかけて来たのは土の精霊だった。

 彼女は手の平サイズのフェアリーといった見た目で、黄色を基調としたワンピースに金髪、金色の瞳をしている。

 腰に手をあてぷくっと膨れた頬が「あたし、怒ってます」って態度がありありと見て取れた。

 心なしか彼女の周囲を舞う黄色のキラキラもトゲトゲしている気がする。

 彼女はとっても気分屋なので、なるべく気分を害さないようにと「ははあ」と伏せたのがいけなかったようだ。

 彼女は俺と契約をしてくれた唯一の精霊で、砦生活を支えてくれた切り札である。

 魔法はずっと得意じゃなくて、努力をしてもてんで上達しなかった。

 俺の使うことのできる魔法は生活魔法と呼ばれる超初級のいくつかの魔法と土の精霊と契約したことによる精霊魔法だけである。

 といっても、いっぱしの精霊魔法使いのようにモンスターを一網打尽にしたりなんてことはできない。

 

『別にあなたのことが嫌いで出てこなかったわけじゃないの』

「てっきり嫌われたのかと」

『あまりの適当なお願いに呆れただけよ。いい感じってどうすればいいのよ』

「そっちか。掘ったばかりの土壁が崩れてこないようにしっかりと固めて欲しかったんだ」

『どれくらい固めるの?』

「石くらいには固めて欲しい」

『それなら最初から石のように固めて、と言ってよお』


 文句を垂れながらも土の精霊の金色の目が光り、彼女の周囲を待っていた黄色のキラキラがぶわっと増大し広がる。

 その瞬間、俺の体から一気に魔力がもっていかれ頭がくらくらし倒れそうになったがなんとか堪えた。

 続いて壁が黄色に光って、すぐに光が消える。


『はい、おしまい。テオちゃん大丈夫?』

「はあはあ……なんとか。これ以上広い空間は二回に分けないと無理そう」

『ごちそうさま。じゃあ、またねー』


 「ばいばい」と手を振り片目を閉じた彼女の姿が掻き消えた。

 ふ、ふう。

 ちょっと休憩。その場で腰を下ろすと、じっと様子を見守っていたタニアが俺の隣にちょこんと座る。


「テオくんって精霊使いだったの?」

「ちょこっとだけだよ。土の精霊に少しだけ協力してもらえるくらいなんだ」

「そうなんだ。わたしも少しだけ精霊魔法を使えるのよ」

「へえ、どんな……と聞きたいところだけど、先に壁の様子を確かめなきゃな」

「それならわたしが見るわね。テオくんは座ってて」


 立ち上がろうとした俺を制した彼女がコツコツと壁を叩き始めた。

 俺の代わりに壁の様子を確かめてくれている彼女をぼーっと見つつ口に含んだ水筒を傾ける。

 ふう。生き返るぜ。

 ある程度水を飲んだところで、水筒を口から離し地面をコツコツと叩いて固まっていることを確かめ水を地面に流す。

 ここまで頑張ってくれた友達たちが流れた水をぺろぺろと仲良く舐め始めた。

 

「壁は大丈夫そうよ。床も水が溜まるから問題なさそうかしら?」

「ありがとう、この分だと天井も多分大丈夫かな」


 土の精霊はいつも完璧に仕事をしてくれる。もし不備があるとすれば俺の魔力が足らない時だけだ。

 その時は彼女が魔力が足らないことを教えてくれる。

 様子を確かめるのはあくまで念のためだ。彼女の仕事を信頼していないわけじゃない。

 再び俺の隣に座った彼女がんーっと背筋を伸ばした。

 

「まさか地下を利用しようなんて、これがテオくんの案だったのね!」

「そそ、地下なら涼しいしあとは地下水脈を発見できれば何とかなるかなと思って」

「んん。確かに涼しい! 涼しいよ、テオくん!」


 興奮でにじり寄って来たタニアからじりじりと離れ言葉を返す。


「洞窟の中って涼しいじゃないか、それで地下なら外が灼熱でもいけると踏んでて、予想通りで良かったよ」


 聞きかじった話だが、洞窟深くになると外が熱くてもつららがあるほど寒いんだって。

 ちょうどいい気温がどれくらいの深さか分からないけど、この深さで十分そうだな。


「よし、地下室を作る実験は完了だ。次は水源を探すとしよう」

「また灼熱の地上なのね……」


 宣言した俺にタニアが水を差す。

 ん、穴掘りに活躍した動物たちの中にいたツチブタが「もぎゅ」と鳴き始めた。


「ん、え? 分かるの?」

「きゅ」


 ツチブタが水の場所が分かるのだって!

 ツチブタはブタという名称が含まれているけど、豚に似ているのは鼻の形くらいかもしれない。

 鼻は長く、耳と後ろ脚がウサギのようで毛の短い種族である。長い舌で大好物のアリを食べるのだけど、アリの巣は地中にあるので穴を掘るのが得意なのだ。

 それにしてもすげえな、ツチブタがどうやって水源を感じ取っているのかまるで分らん。

 ここの地下室は固めてしまったから……いや、彼らが穴を掘る場所だけ元通りにすればいいか。

 壁全体ではなく、穴を掘るだけの狭い範囲であれば残りの魔力でも足りる。

 

「あ、でも待てよ」

「どうしたの?」


 考えを改め、一旦外に出ることに決めた。。

 このまま掘り進んで水源に至ったら、ここが水浸しになる。


「タニアはここで待っててくれていい。少しばかり外に行ってくる」

「う、わたしも行く。水が出るところを見たいもんね」


 そんなこんなでゾロゾロと外に向かう。

 ツチブタ以外はしばらくここで休んでもらっていてもよかったのだけど、みんな「掘るぞ」というやる気に満ちている。

 

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