第2話 いつの間にか友達が増えている

「くああ」

「どうしようかなあ……ほんと」


 膝の上に乗りこちらに嘴を向けるカラスに向け困った顔を見せる俺であった。


「ガルルルル」

「わんわん」


 ため息をついた時、突如先ほど友達になったばかりのふわふわの小型犬が吠える。

 もう一匹、犬の声が聞こえたのだが、なるほど。飼い犬同士ではよくある光景だ。

 散歩していて、飼い犬同士が出会うと威嚇し合う姿を見たことはないだろうか?

 別にお互い本気で相手を排除しようなんて思ってない。吠え合うけど、取っ組み合いの喧嘩にまで至ることなんて滅多にないんだよ。

 俺の友達の犬に吠えている犬は黒い毛並みのもこもこした中型犬だった。

 パーマがかかったような毛が可愛い犬で革の首輪をつけている。首輪にはリールも装着されており、残念ながら首輪の先のリールを持つ手は見当たらない。

 いきなり走り出して飼い主の静止を聞かずに俺の友達に向け吠えに来たってところかな。


「まあ、落ち着こう。食べるか?」

「ガルル……わおん」


 声をかけると興奮した様子だった黒い犬が落ち着き尻尾を振り始める。

 さっきまでの喧嘩はなんのそのふわふわの小型犬と並んで俺が持つ肉をじっと見つめているではないか。

 こいつは飼い主がいるから、俺が連れて帰るわけにはいかない。

 でも、餌をあげるくらいはいいかな? だ、だってほら、舌を出してはっはとしていたら我慢できなくなるだろ?

 

「ステラー。ご、ごめんなさい」


 餌をあげようとした手を引っ込め、曖昧な笑みを浮かべ声のした方へ顔を向ける。

 パタパタと駆けてきたからか、肩でいきをしながら謝罪をする女の子。彼女は黒いもこもこ犬の飼い主だろう。

 亜麻色の長いストレートの髪に同じ色の眼をした彼女は胸に手を当て息を整えながら頭をさげた。

 

「ステラっていうのかあ」


 黒いもこもこ犬はご主人様が来たってのにじっと俺を見つめはっはとしたままだ。

 これは明らかに餌をもらえると待機している様子……。

 飼い主の手前、勝手に餌をあげるのはよろしくない。

 

「こら、ステラ」

「一つお願いがあって」


 飼い主が来ても動かぬステラの前でしゃがみ「めっ」とする彼女。


「どうしたの? この子ったら、人懐っこい子じゃないんだけど……」

「ほら隣の白い犬が俺の友達なんだけど、餌をあげようとしてたらステラも欲しそうにしていてさ。一緒にあげていいかな?」

「いいの?」

「うん、食べるまで少し待っててもらえると」

「ありがとう! わたしはタニアよ。あなたは?」

「テオドール。テオって呼んでくれ」

「よろしくね、テオくん」

「こちらこそ」


 タニアはにーっと子供っぽく微笑み俺の隣に腰かける。

 一方で白と黒の犬は二匹とも俺から目を離さず尻尾を振り続けていた。

 かなり待たせてしまったが、飼い主の許可もでたので肉をあげることにしよう。

 彼らの前に肉の塊をそれぞれ置くと、待ってましたとばかりにガツガツと食べ始めた。

 

「にゃーん」

「ぐあー」

「分かった分かった」


 犬たちの姿を見て「俺も俺も」と猫と鳥が食べものをせがむ。

 いっぱい買ったからまだまだあるぞ。

 それぞれ食べられるものが決まっているので、注意しつつ餌を与える。

 人間用の味付けは犬猫にとって有害な場合もあるから、そのままぽいっと与えるわけにはいかないのだ。

 その辺も露店で購入する時に注意している。

 裏を返せば俺の食べる分はキッチリ確保しているというわけだ。

 

「全部テオくんのペットなの?」

「ええと、ペットというより友達かな」

「うーん、どっちでも同じなんじゃない」

「そうかな」


 タニアのように犬を飼っているとはニュアンスが異なるのだけど、まあいいか。

 犬がきっかけでたまたま喋っただけの彼女に細かいところまで説明すると気味悪がられるだろうし、俺の能力をあけっぴろげに喋りたくもない。


「ふーん。たった一人で砦に務めてたなんてすごいね」

「いや、魔王は北だろ。俺がいたのは南の端っこだよ。一応兵を置いておきました、って感じだって」

「あはは。テオくんっておもしろい」

「そうかな」


 つい、彼女と話し込んでしまった。

 喋りはじめると止まらなくなっちゃって、ひょっとしたら彼女はこの後用事があったかもしれないってのに。

 長い間、人と会話することがなかったものなあ。

 兵士時代には手紙で定時連絡をしていたのみで人と出会うことはなかった。といっても、友達が沢山いたので寂しくはなかったけど会話には飢えていた……と思う。

 何となく大きくない動物たちとは意思疎通できるのだけど、彼らは喋らないからね。


「大変だったね、でも、テオくんのような兵士さんがいたから魔王を討伐できたんだよね。ありがとう」

「俺は何も。大変といえばタニアの方も随分と苦労したんじゃないか」

「苦労しなかった……とは言えないけど、命の危険があったわけじゃなかったもん。そこまでじゃないわ」

「その様子だと結構苦労したように思えるけど……」

「どうしようもならないことだから諦めがついたの。突然村全体が干上がっちゃって」

「そ、それはただ事じゃないぞ……」


 「えへへ」と笑う彼女に憂いはない。

 魔王によってもたらされた悲劇はモンスターの活性化だけではなかったんだ。

 モンスターと同じくらい深刻だった問題……それは、天変地異である。原因は魔王の出現によって魔力の流れが変化しただの聞いたが、本当のところは不明。

 今後高名な魔法使いが天変地異の原因を解き明かすかもしれないが、特に知りたいとも思わないな。

 天変地異について噂には聞いていたけど、こうして彼女から体験談を聞くと現実味がわいてきた。

 彼女がかつて住んでいた村は天変地異によって完全に干上がってしまったのだと言う。

 育てていた作物も全て枯れてしまい、彼女らは揃って村を出る。

 彼女曰く、何とかしようと粘らず退去したのが幸いしたのだと。というのは、彼女らが村を出て少し後、彼女のかつて住んでいた村で大規模な戦いが起こったからである。

 俺は長く砦にいたが、彼女が村から離れたのは僅か半年前なんだって。

 慣れない王都暮らしで苦労をしているが、なんとかやっていけてるのだと彼女は笑う。


「あ、お父さん!」


 立ち上がった彼女が手を振る。

 手を振る先にいたのは茶色の顎髭が特徴的な中年の優し気な男。


「タニア、まだ散歩していたのか?」

「テオくんと喋っていたの、彼は兵士だったんだって」

「娘がうるさかったでしょう。ご迷惑を」

「そんなことないもん!」


 仲のよさそうな親子だな。両親のいない俺からしたらとても羨ましい。

 しかし、仲が良いのはいいのだが、俺の前でする話じゃないような会話が聞こえて来る。

 

「お父さん、売れた?」

「うーん、やっぱり難しいな。不動産屋が匙を投げそうなのを押しとどめるだけで精一杯だよ」

「仕方ないよね」

「村人には申し訳ないが、売ることを打ち切りした方がいいかもしれない」


 聞いちゃダメだと思っても、聞こえてくるのだから仕方ない。

 「売る」って何を売ろうとしているんだろう?

 ここまで聞いて黙っていられるわけもなく、勢いで口を開く。

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