悠々自適な砂漠の地下室スローライフ~案外快適なので街を目指してみようと思う~
うみ
第1話 新たな生活のはじまり
「今日も巡回ありがとう」
砦の見張り台に降り立った一羽のカラスに礼を述べる。
対するカラスは「ぐああ」とやる気なく鳴き、ちょこんと俺の足もとに移動した。
コツコツと俺の足を激しく嘴で突っついてきたので、「わかった、わかった」と柔らかい豆を地面に置く。
「念のため俺も観察しておくか」
取り出したるは双眼鏡である。こんな高級品、見張り役の兵士じゃないと一生縁がなかったかもしれないな。
初めて使った時には驚いたよ。
双眼鏡越しに見る景色は裸眼とはまるで違う。遠くのものがまるで近くにあるかのようにハッキリと確認できちゃうんだぜ。
もっとも、カラスの眼に比べたら天と地ほどの差があるのだけどね。
人間は空も飛べないし、たいした眼も持っていない。
その点、カラスがいると巡回も順調に進む。過去に一度だけモンスターを発見してどうしようかと焦ったのも懐かしい思い出だ。
幸い、モンスターは偵察に来ただけだったらしく、すぐに引き返していって二度と戻ってくることは無かった。
兵士として中の下ほどの腕しか持たない俺としては単独でモンスターと戦うことはなるべく避けたい。
平時なら俺のような者が兵士になることもなかったんだろうなあ……。
俺はこの砦に派遣されて以来、たった一人で五年近く見張りの仕事を続けている。
大して腕の立たない俺が砦を一人で護らせられるなんて有り得ないと思うかもしれない。
いやいや、それがあるんだよ。
この砦は辺境も辺境。王国の最南端にある寂れた砦である。
一応こんな場所でもモンスターが進入するかもしれないってことで派遣されたのだ。
切迫した状況だったから猫の手も借りたいとはまさにこのこと。
王国より遥か北の地に魔王が出現して、モンスターが活性化し王国は魔王との戦いを余儀なくされた。
健康な若者なら誰でも兵に志願できたし、給与も悪くない。こんな俺でも少しでも王国の平和に貢献したいと思って兵士になったんだ。
しかし、五年間、一度たりとも戦っていない……。
いくら辺境の中の辺境、戦いの地から遠く離れた場所とはいえたった一人に砦を任せることは通常不可能である。
俺が一人でここを任せられたのは戦闘能力以外の点――。
「どうだった? 穴が開いていたりはしなかったかな?」
「きゅう」
「そうか、ありがとう」
カラスと入れ替わるようにしてやって来たのはネズミだった。
彼は仲間のネズミと共に砦の中をくまなくチェックしてくれているんだ。
そう、この能力こそ俺が一人で砦を管理できる秘密なのである。
その能力とは小さな動物と意思疎通できること。
戦いにはまるで役に立たない。何しろ、俺が意思疎通できる動物は人間より全然弱いからさ。
おっと、忘れるところだった。一番大事なことをさ。
胸に吊るした小さな笛をつまんで口に含む。
思いっきり笛に息を吹き込むが、俺には音が聞こえない。
しばし立つと笛の音を聞いて群青色の頭に胸元がオレンジに黄色が混じった配色が特徴的な小鳥が姿を現す。
ツバメだ。手を振ると「きゅいい」と鳴いて降りて来た。
「よおっし、今日も頼むぞお」
「きゅいい」
ツバメの足に手紙を結び、再び彼は空へと飛び立っていく。
彼には伝書鳩代わりになってもらっているんだ。ツバメなら僅かな時間で定時連絡を行うことができる。
夜になる前に先方で手紙を交換したツバメが戻ってくる手筈ってわけなのだ。
その日の夕食前、いつものようにツバメが戻ってきて手紙を開く。
「え……」
思わず声が出た。本来ならもろ手を挙げて喜ぶところなのであるが、余りに長く一人きりの生活を続けたからか何ら実感がわかずに呆気に取られている状態と言えばいいのか……。
手紙はこう書かれていた。
『魔王は勇者によって討伐された。帰還されたし』
◇◇◇
そんなわけで王都に戻り、言葉を騎士団の末端らしき人からお勤めに対する労いの言葉をかけてもらった。
5年分の褒章だ、とのことで結構な額をもらい受ける(あくまで俺の金銭感覚で、である)。
褒章を貰った俺は、その場で兵士を辞めることを告げた。
一応、兵としてそのまま使ってくれる道もあったらしいのだが、騎士団の人も「辞める」と言った俺を慰留してこなかったんだよな。
戦いが終わり、各地から兵が引き上げてくると兵が余る。
魔王との戦いのために猫の手も欲しかった王国であったが、平和な世となればそれほど多くの兵は必要ない。
去る者追わずは当然のこと、腕の立たない兵もいずれ人員整理されることになるだろう。
俺? 俺はもちろん人員整理される側だよ。なので、先んじて辞めることにしたってわけだ。
どうせ辞めることになるなら早い方がいいってね。それに、兵の仕事は俺に向いていないと分かったからさ。
切った張ったは得意じゃないし、好きでもないもの。
兵士の仕事が好きで好きでたまらないのなら辞めさせられるまで粘るけど、そうじゃないのだから迷うまでも無い。
そもそも好きならもう少し剣の腕が上達している……と思う。
才能もやる気もなきゃ、もうお手上げである。自分で言うなってか。
「ははは」と苦笑いしつつ詰め所の外に出る。
「とはいえ、どうするかなあ」
雲一つない晴天を見上げ、自然とため息が出た。
「お金も手に入ったことだし、まずは久々の手の込んだ料理をいただくとするか!」
意気揚々と王都の露店通りを進むとそこかしこからいい匂いが漂ってくるではないか。
適当に買い込んで、広場のベンチに腰を下ろす。
ツバメとカラスも降りて来て、彼らにもおすそ分けをしつつ熱々の肉にむしゃぶりつく。
「うめえ!」
「にゃーん」
「わおん」
すりすりと俺の脛に頬を擦り付けてくる虎柄の猫とはっはと尻尾を振る小型の白いふわふわした犬。
そうだった。彼らにも餌をあげなきゃな。
「ほい」
おすそ分けするとどちらもおいしそうに肉を齧り出す。
う、うーん。つい可愛くて意思疎通していたら懐かれてしまったんだよな。
砦生活で結構な大所帯になっていだけど、鳥たちのように一部を除き砦に残ることを選んだ。
しかし、たった一日でもう友達が増えてしまっている。この調子だと彼らと生活していくに王都の街中はちょっと辛い。
街には野良犬、野良猫以外にも多くの動物が住んでいるもの。今回みたいに声をかけて一緒に暮らすケースが今後も多発しそう。
それでも、貴族が済むような広大なお屋敷だったら話は別だが、とてもじゃないが手が出ない。
王都の城壁外にある農村地帯でも厳しいんだよな。何とか土地と家は購入できるが、その後の生活がままならない。
農地を買うとなれば、作物を育てるか牧畜をやらなきゃ稼げないだろ。
買っても生活をしていくだけのお金を作れなきゃ、すぐに干上がる。これまで農業なんぞやったことのない俺が挑戦するには敷居が高過ぎるよなあ。
一応さ、お金を稼ぐ手は考えてあるんだ。
だけど、俺の友達全てを連れて行くことはできないのでどうするか悩ましいところである。
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