唸れ! 香港スピン!

「フーハッハァッ! 口ほどにもないなあ、ケンドーレッド! 弱い、弱すぎるぞ!」


 廃工場にとどろく哄笑の主は、幽霊星団ゴースターの幹部ジャーク・マドー。黒の道着に身を包み、ドクロ意匠の仮面で顔を覆った巨漢は、二ヶ月前の放送より登場した怪人だ。全国の未就学児を震え上がらせる一方で、スーツアクターによる本場仕込みのジークンドーとベテラン声優の低音を効かせた重厚な演技が大人の視聴者の心もつかんで離さない。


 満身創痍の正義の味方、スターバスターズ。ケンドーレッド、カラテグリーン、キュードーピンク、ジュードーブラック。このまま彼らはなすすべもなく全滅し、地球は星の亡霊ゴースターたちの手に落ちてしまうのか。いや、子供たちは、特撮ファンは知っている。スターバスターズは四人ではないことを。あと一人、彼女が残っていることを。


「そこまでよ! ジャーク・マドー!」


 凛とした声が工場の入り口より響く。


「むっ! 貴様は!」


 振り向くマドー。視線の先にはスカイブルーのチャイナドレスに身を包んだ細身の少女。

「私を忘れてもらったら困るわね」


「フッフッフ! カンフーブルー真紀まきユリナ。忘れてなどおらぬ。こうしてあいまみえる時を楽しみにしておったわ」


 ユリナは表情ひとつ変えず、お馴染みの決めポーズをとる。そして、名乗りを上げた。

「滅び認めず、悪と堕し、惑いし星を無に帰す! 青龍の戦士カンフーブルー、ここに推参!」


 『星導連隊スターバスターズ』第二十七話をタブレットPCで確認した有川ありかわリサはため息をついた。ユリナを演じて半年余り。動きは様になってきたが、まだセリフから硬さが取れない。当初は堅物なクールビューティーという設定で演技の未熟さをごまかせたが、中盤に差し掛かればそうはいかない。そろそろ異なる一面を見せないと、視聴者に飽きられるだろう。


 今日は二十八話の撮影日。ユリナ主役エピソードの後編だ。最大の見せ場の撮影を控え、リサはモデルやグラビアの仕事でも感じたことのない緊張を覚えていた。


 スタントマンに頼らないアクションシーン。果たしてできるだろうか。


 マドーと激しい組手を演じたあと、強烈なハイキックを受け、後方に身体を三回転させて吹き飛びつつ変身。段取りをおさらいすればするほど、難度の高さにめまいがしそうになる。特に最後のキリモミ、いわゆる香港スピンは難しい技。だが、自分から提案した演出だ。引き下がるわけにはいかない。


 夢は大女優、それも自らスタントもこなすアクションスターだと、目を瞑って言い聞かせる。すると、頭部に硬い板のような物が軽くあたる感触がした。


「なーに、人の仕事奪っといて今さらビビってんだ。この大根娘。自信ないなら俺にやらせろ、香港スピン」


 驚いて目を開けると、ブルーの戦闘スーツを着た三嶋奏輔みしまそうすけが立っていた。変身後のアクションを担当するアクターだ。


「ちょっと! なんなんですか、いきなり!って、なに持ってるんですか!」


「なにって、リサちゃんの写真集。この前出たばっかりの」


 奏輔は本を広げ、リサの眼前に掲げた。笑顔を浮かべ水着姿で浜辺を飛び跳ねる自分の姿を、見せつけられるのは恥ずかしい。


「カネさんが悔しがってたから伝えとこうと思って」


兼盛かねもりさんが? なんでまた」


 兼盛は三十年以上の長きに渡り連隊シリーズを撮り続けてきたカメラマンだ。


「こんな顔、カネさんにまだ見せてないだろ。写真集に先越されたってぼやいちゃってさ」


 奏輔はページをめくり、大の字の姿勢で、天高く跳躍するリサのショットを開いた。


「これだけ跳べるんなら、香港スピンもなんとかなるんじゃね。それに打ち合わせだって、何度も重ねてんだから事故は起こさせねえ。俺たちスタッフを、スターバスターズを信じな。新星を輝かせることにかけちゃ、こっちはプロの集まりなんだよ」


 なにを気負っていたのだろう。そうだ、宇宙でも他の星の光を浴びて輝く星がほとんどだ。そう思うと自然と笑いがこみ上げてきた。


「決めてみせます! 香港スピン! 見ていてください」


「失敗したらしたで俺が吹き替えやってやるよ。てか、やっぱ変わらね? 俺、ジャッキーなりたくてスタントマンになったようなとこあんじゃん」


「結局、それを言っちゃいますか! ダメです、ぜーったい、譲りません!」


 よし、行こう。今ならユリナの異なる一面を見せることができる。GO! スター! GO!



《自作解説》


 月刊公募ガイド『阿刀田高のTO-BE小説工房』の第36回に投稿した作品です。

 この回の題は「星」でした。


 お題を「スター」と解釈し、芸能界ものに挑戦。夢と迷いを抱えるキャリアのスタート地点に立ったばかりの若手俳優と、彼らを支えて輝かせようとする裏方スタッフの話を書きたくなり、舞台をニチアサモデルの特撮番組に設定しました。


 単純に筆者が特撮好き、もっと言えば筆者の趣味を詰め込んだ設定で、『TO-BE小説工房』に応募した中でも特に楽しんで書いたことを覚えています。

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