からかさ小僧始末(※軽度の暴力描写あり)

 元岡っ引の伊兵衛いへえ翁より聞いた話

 からかさ小僧を看取りましたのは、確かにあたしで間違いございません。

 あのおそろしい地ぶるいがおこる少し前のことでしたから、なおさらよく覚えております。

 あたしはまだ箸にも棒にも掛からぬ若造で、甚八じんぱち親分に怒られどおしの日々をすごしておりました。

 そんな折ですな。からかさ小僧の捨蔵すてぞうがお縄にかかって番屋に引っ立てられてまいりましたのは。

 おや、学者様。からかさ小僧に名があるのか、お縄にかかるのかとおっしゃいますか。

 ははあ、さてはあたしが草双紙のおばけを看取ったと思うておりましたな。

 いやはやそれは早とちりというものでございますよ。からかさ小僧は正真正銘の人でありました。

 へい、その通り、ねずみ小僧や弁天小僧のお仲間――盗人でございます。

 もっともあの男は畜生ばたらきしかしやがりませんでしたから、葵小僧の同類といった方がよろしいでしょう。

 おっと学者様。がっかりなさっておりますな。ところがどっこい、捨蔵という男、これでかなり珍妙な一生をたどった次第。

 捨蔵ほど「かさ」に縁のある男をあたしは他に存じ上げませんな。それはもう、取り憑かれた、呪われていたといっても差しつかえありますまい。

 捨蔵はお縄になった折、すでに重い病にかかっておりまして、甚八親分に命じられて看病をしたのがあたしでございました。

 ここからはあやつがあたしに語った話でございます。


 捨蔵は西国の貧しい村の生まれだそうですが、あやつがまだ童子のころにたいそうな力を持った笠神――疱瘡神がその村を通り抜けていったそうでございます。

 捨蔵も疫神えきじんに顔を撫でられ左目をとられたと申しておりましたが、それはまだ恵まれていたほうで、あやつが姉のように慕っておりました幼馴染なんぞは、命ごと持っていかれたそうでございます。

 しかしね、悪いことばかりでもなかったんです。疫神に逢うと神通力が宿るといいますが、それがあやつにもおこったんですよ。

 とんぼ返りなんてできなかった童子ぼっこが、いきなりくるくる回れるようになったっていうんだからおかしな話。

 すすいとどんなに高いところにものぼっていけるようになったそうでございます。

 長じてからはその業いかして飯食うために、上方の軽業の一座に加わった。

 ところがね、それがケチのつき始めでした。

 一座では、学者様のお好きな草双紙の『からかさ小僧』のなりをしましてね、それでとんぼを切ったり綱を渡ったりして、人気者になったんですが、それが芸人仲間の妬みを買った。

 いびりは執拗だったそうで、ついには捨蔵も堪忍袋の緒が切れた。

 小雨降る冬の寒い日のことでございました。

 火鉢の火箸を失くした左目に押しつけられたとかで、とっさに奪い返して相手をぶすりとやっちまった。

 そうして江戸へと逃げのびたってんですが、その道中であやつは真っ逆さまに外道に堕ちた。

 生きるためにとはじめた泥棒稼業でございましたが、その内に食うためばかりじゃねえ、ついでに別の欲まで満たすようになりました。

 あんまりにたやすくことが運ぶものだから、さらに勢いがつきまして、おつとめの証に『からかさ小僧』のおばけかるたを残すようになりました。それがあやつの二つ名の由来でございますよ。

 あやつは江戸でも派手にはたらきましたが、御先手組や火盗改めの見回りも厳しくなったもので、二年ほどで朱引しゅびきの内にはいられなくなりました。

 さびれた宿場町に身を潜めたのですが、そこで転機となる出会いが訪れました。

 宿場の飯盛女にいれあげたんですな。童子のころに慕った幼馴染に面影が似ていたそうですよ。

 稼業からお足を洗って惚れたおなごと添い遂げようと心に決めたんですが、そうは問屋がおろさない。

 宿場のそばにお池があったんですがね、そこで女が入水じゅすいしたんです。女は病を患っておりまして、それを捨蔵に隠していたんですな。

 それからすぐのことでございます。捨蔵が江戸に舞いもどり、お縄になったのは。


 学者様、お察しが良いですな。

 初めに申し上げました通り、捨蔵は病を患っておりました。

 ええ、女よりちょうだいした病でございます。

 かさ、御一新後の昨今では梅毒とも呼ぶのですかな。

 病は異様なはやさで進みました。

 みるみる内に鼻は削げ、片足は壊死してもげ落ち、息を引き取りました折は見るも無残、その姿はまさにからかさ小僧が草双紙から飛び出てきて朽ち果てたようでありました。

 悪辣非道の盗人でございましたが、枷と鎖――枷鎖かさに縛られた捨蔵の一生を、甚八親分は哀れみましたもので、番屋の近くのお寺で手厚く弔った次第にございます。



《自作解説》


 公募ガイドの『阿刀田高のTO‐BE小説工房』初めて応募した作品。第29回でした。お題は「かさ」。「傘」ではなくひらがなの「かさ」なのが、ポイントで、お題をどう捉えるかを試される、一筋縄ではいかないこのコンテストの真髄が特に発揮された回でした。


 初応募ということでかなり肩に力が入っていたこともあり、物語が広がりすぎて、原稿用紙5枚(2000字)内に収めるのに四苦八苦した記憶があります。


 歴史・時代小説も好きなジャンルで、今改めて読み返すと、本作は宮部みゆき先生を意識した部分が見えたりもして、恥ずかしくもありますが、自身の記録として残しておきたいと思います。


 余談ですが、現在のわたしの筆名「吉冨きっとみいちみ」の「吉冨」は、宮部先生の『三島屋シリーズ』の一篇『魂手形』に登場する語り手さんから拝借し、もじらせていただきました。味のあるいなせな人物で、老年期と少年期で二度おいしいキャラなんですよ、彼。


 『三島屋シリーズ』は日本古来の怪談の語りとスティーブン・キング的モダンホラーの手法が融合したような凄まじく秀逸なシリーズで、どのキャラクターも魅力的。歴史・時代小説はなんとなく敬遠してきた方でも楽しめる傑作だ思います。もしまだ手に取ったことがないようでしたら、ぜひご一読をお勧めいたします。


 なんだか、自作解説から脱線して、今回は推し小説の紹介がメインになってしまいましたね。

 読んでいただいた皆様、心より感謝申し上げます。


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