第15話 祝宴のはじまり
いよいよ決戦の場となる宴の当日、彼女は朝から身支度に追われていた。アリステラ王女として最大限その魅力を発揮するべく、ジェシーを始めメイドたちが総掛かりで彼女を磨き上げる。デクシア王子はエドワードが寄越した美女のうちの一人と部屋に籠もりきりで、どうやらすっかり彼女の虜になり、事が済むまで酔い潰れているはずだ。
アリステラ王女は、公国風の
「ジェシー、本当にこのドレスを着るのか?」
「着るのかしら? です。王子……いえ王女殿下」
「だがこれでは……」
「ですが、これでは」
アリステラは諦めて口をつぐんだ。いつも胸をきつく締め付けていたコルセットは、ウエストに巻きつけられ、ジェシーがその紐をこれでもかと引っ張る。
「うっ……っく」
嘘みたいに細く縮んでいく自分の腹を、アリステラは汗をかきながら撫でる。
「ジェシ……うう、ちょっと待って。もう……」
「まだまだです! 殿方の手の中にすっぽり収まるくらい、細くくびれた腰になるまで!」
「ああっ、無理無理……ジェシー、ヘイデンの手はそんなに小さくないから十分だ!」
「! …………あらあら、そうですね。……ええ、ええ。ブライトン卿の手はきっと大きいですわね」
どういうわけか、ジェシーはニコニコと微笑みながら、ようやく紐を引っ張る力を少し緩めてくれた。アリステラは大きく息を吐き、どうにかコルセットの中でわずかに繋がった自分の胴を労る。
代わりにコルセットからはじき出された胸が大きく盛り上がって邪魔だ。これでは自分のつま先も見えない。ジェシーに抗議するべきか迷ったが、鼻歌を歌いながらドレスを用意するジェシーを見て、諦める。
その後はメイドたちにされるがままに、まるで砂糖菓子のようなふわふわとして
淡い藤色のドレスに、サファイアのアクセサリーを飾る。王太子エフシアの青い瞳の色に合わせて選び出された宝石で、兄妹それぞれに両親から贈られたものだ。卵ほどもある大きな石が、アリステラの透き通るような白い胸に輝いた。
母王妃のようにするには少し長さの足りない髪には
ようやく身支度を終え、アリステラは部屋をあとにする。部屋の外では軽装の騎士たちが並んで出迎える。会場に剣を帯びては行けない。それぞれが剣の代わりに強い決意のみをその視線で交わす。
列のうちに兄エフシアをみとめ、アリステラは小さくうなずいて見せる。エフシアに代わってヘイデンがアリステラをエスコートするために進み出た。数年ぶりに姿を現したアリステラに、ヘイデンは緊張と驚きを隠せない。
双子である二人が似ているのは知っていたが、これほどだっただろうか……。そっとヘイデンの腕をとり、音もなく滑るように歩くアリステラは、驚くほどデクシアによく似ていた。あの日以来、部屋に籠もりきりの王女が、これほどに強い意志を滲ませる眼差しとは。まるでデクシア王子そのものだが、隣にいるのは間違いなく女性であり、それもとびきり美しい姫君だ。言葉もなく硬い表情のヘイデンに、アリステラが小声で言う。
「……やはり、このドレスはおかしいか……かしら?」
突然、そう話しかけられたヘイデンは驚いて隣にいるアリステラを見る。自分の肩ほどしかない背丈のアリステラの、白い胸元が目に入る。その白い膨らみの上のサファイアに、思わず視線が止まってしまったヘイデンは慌てて正面に向き直り、答えを絞り出す。
「いえ、あの……とても……とてもお美しいです」
「……そ、そう、か。それは何より……ですね」
何故か、アリステラの後ろでドレスの裾を直していたジェシーが変な咳をする。おかしなことでも言ったかと、アリステラがエフシアの方を見ると、兄は困ったように微笑んでいた。
*****
宴の席は、港の景色を望むバルコニーが開け放たれた広間に用意が整っていた。アリステラの一行は、壁際に並ぶ公国の騎士たちを確認し、目配せを交わしながら席に着く。メイドの列にはミリアムの姿もあった。
ほどなくしてエドワードが入室し、一同は席を立って彼を迎える。エドワードがアリステラの隣に腰を下ろし、いよいよ宴は幕を開けた。最初のワインの盃を交わすと、エドワードは無遠慮にアリステラの姿を眺める。目を細めてアリステラの手を握り、あろうことか胸のサファイアに手を伸ばす。
「ほう……これは素晴らしい石ですね。あなたの白い肌によく映える」
言いながら手の中にサファイアを転がし、何食わぬ顔でその手の甲をアリステラのデコルテに滑らせた。その様子を見たヘイデンは、右手の盃を強く握りしめる。こちらを見るエフシアと目が合うと、王太子は静かにその視線で彼を制する。ヘイデンはやむなく盃を口に運ぶと、ワインを残らず飲み干した。
「両親が私たち兄妹のために誂えたものですの。私はこの青い宝石がなによりも大切なのですわ」
「我が子を思う両親の愛情ですな。だがこれからはこの私が、あなたを誰よりも大切にして差し上げましょう。その石よりもずっと高価なものを望むだけご用意しましょう」
「まあ、素敵ですわね」
エドワードは、アリステラのその美しさに満足していた。形式上、ダーウェントの王位継承権を持つ王女を妻にしておけば何かと事が進めやすいと、ただそれだけの求婚だったが、いざ王女を迎えてみるとこれほどの美貌とは。飾りにしておくのはもったいない、名実ともに我が妻として愛でてやろう、そんなことを思いながら、すでに七杯目になるワインをあおった。
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