第7話 二つ目の指輪
デクシアとアリステラの一行は無事に公国の首都に辿り着いた。噂通りの豊かな国だ。国土こそ小さく、ダーウェントに及ばないものの、海に面した公国は貿易が盛んで、その財力は無視できない。
案内された宮殿も、北国のダーウェントとは趣の違う、色鮮やかで絢爛な内装が目を引く。一行は歓迎され、手厚くもてなされた。公国の女性たちは胸元の大きくあいたドレスに、腕や首には豪奢な黄金の装身具を隙間もないほどたくさん身につけている。
デクシアは大公との謁見を済ませ、アリステラは宴を辞退して部屋に下がった。大公は不満げな顔をしたが、表向きはアリステラを労ってそれを許した。デクシアが部屋に戻ると、目眩のするような甘い香りが立ち込めていた。思わず腰の剣に手を伸ばして身構えたが、部屋にいたのは豊満な体つきの美女だった。
デクシアは思わず苦笑すると、丁重に女性を部屋の外へ案内した。この様子だと、随行した騎士たちの元へも美女が送り込まれていることだろう。デクシアはため息をついて窓の外を眺める。美しい女性だったな……間近に見る成熟した女の体に気圧されたのを自嘲しつつ、彼もあんな女が好みだろうか、とぼんやり考えながら。
その夜の晩餐は、婚礼の宴かと勘違いしそうになるほどに贅を極めた。ダーウェントでは手に入りにくい新鮮な魚介や果物をふんだんに使った料理と、甘い酒、匂い立つような
壁際に控える騎士の衣装、食卓を囲む貴族たち、給仕の女たち、そのいずれもが美しい色とりどりの衣装に身を包み、黄金の装飾で身を飾り立てている。
無意識のうちに、会場にいる騎士の数や装備を見るともなしに見ていると、デクシアのそばに一人の女が近づいてきた。他の享楽的な女たちに比べ、幼さの残るその女の表情はどこか暗く、緊張しているようにも見える。
下座にいるヘイデンや騎士たちも、デクシアと女を注視する。デクシアは視線で彼らを制すると、女を観察した。ワインを注いでまわっているようだ。他と同じく派手な衣装を身につけているが、顔色が悪い。
「ワインをどうぞ……」
そう言って金の盃にワインを注ごうとするのを、デクシアはやんわりと断った。だが女は引き下がらない。身を屈めて、デクシアに囁く。
「……ベアトリス公女様が心を込めて作ったワインです、どうか」
前大公の長女で、エフシア王太子の婚約者の名前に、デクシアは遮っていた手を下ろして女の好きにさせた。すると女は盃にワインをほんのわずか注いで、足早にデクシアのそばを離れて他のメイドが並ぶ列に戻った。
デクシアはできるだけ何でもない風を装って、エドワード大公に料理の礼などを述べて彼らの気を引いた。どうやら誰も女を訝しむものはない。チラリと横目に見やると大公もだいぶ酒を過ごした様子だ。デクシアは盃に口をつけワインを飲み干した。
唇に何か固いものが触れる。見ると小さな指輪だった。デクシアはそのまま盃を煽って指輪を口の中に含んだ。口中に指輪を隠したまま、旅の疲れを理由に、大公に退席を願い出る。
そして意味ありげな笑顔を作って、夜の話し相手に女を一人連れて行く許しを請うた。もはや泥酔状態の大公は、隣に座る女の手に頬擦りをしながら快諾した。
ヘイデンらに目配せをして席を立ち、メイドの列から先ほどのワインの少女を選んでその手に口づけた。そして少女に微笑みかけてそのまま手を引き、宴の間を後にする。去り際に、エドワード大公が大声で笑いながら家臣らに言う。
「王子もどうやら青い果実が好みと見える。俺と気が合いそうだな」
男たちの
少女の手を引いて無言のまま大股に歩き、ようやく部屋に辿り着くと、周囲を警戒しながら見張りを残して男たちは部屋に滑り込む。
ドアを閉め、外の気配を確認した後、デクシアはようやく大きく息を吐き出す。きつく掴んだままだった少女の手を離し、怯えた様子の彼女をソファーに座らせた。少女の正面には王子、ソファーに騎士が三人、それを取り囲むようにさらに五人の男たち。少女は身を縮めて膝の上のスカートを握りしめた。
「怖がらなくていい。君に指一本触れはしない。そんなことより……これだ」
そう言ってデクシアは手のひらに指輪を吐き出した。騎士たちは驚いてデクシアの手のひらを見つめる。それはとても華奢で、精緻な細工を施した指輪だった。その意匠と大きさから、女物だと思われる。またしても指輪だ。
「これは、エフシア兄様がベアトリス公女のために作らせた指輪だ。そうだね?」
少女は黙ったままコクコクと何度も頷く。
「これを君に持たせたのは……ベアトリス公女か?」
ここで少女の緊張が途切れたのか、大粒の涙をポロポロとこぼしながら、そうです、と震える声で打ち明けた。
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