第6話 手がかり

 どうやら王子は、妹王女の輿入れを理由にカステル公国へ赴き、そこで王太子の消息の手がかりを探るつもりらしい。ヘイデンは赤の騎士団から精鋭を五、六十人ほど選べ、との王子からの命を受け、腕が確かで口の固い忠実な部下を選んだ。


 副団長のアッシャーは当然自分も同行するものと考えていたが、万一のことを考えて上位二席を空けるわけにはいかないとヘイデンに一蹴され、同行は叶わなかった。なによりアッシャーは妻が妊娠し、それを祝って酒盛りをしたばかりだった。ヘイデンは妻子あるものを避けて慎重に決定した。


 カステル公国の使者の滞在二日目には歓迎の宴が催され、その席でアリステラ王女とエドワード大公との成婚にむけ、ダーウェントは前向きであることを国王が公式に使者へ申し伝えた。王妃は宴の始まりに使者からの挨拶を受けたあと、体調を理由に退席しており、使者が事実上の婚約成立に感謝して王妃の手に口づけることはなかった。


 宴は表向き和やかな雰囲気のまま、近日中にダーウェントからも公国へ挨拶に訪れることなどが早々に取り決められ、公国の使者の一団は満足して帰国していった。



*****



それからおよそひと月後、デクシア王子とアリステラ王女をはじめとする百名にも及ぶ一行は、返礼の贈り物を積んだ馬車を数台連ねてカステル公国へ向けてダーウェントを出発した。


 公国までは精鋭軍の強行なら五日もあれば十分な距離だが、体の弱いアリステラ王女を伴う一行は、国境を越えてからもゆっくりと進み、途中に集落があれば足を止めて滞在した。


 王女は馬車の中でも体を労って休んでいるらしく、随行の騎士たちは姿はおろか声すらもろくに聞くことは叶わなかった。王城を発っておよそ二週間、険しい山越えを前に峠道で一行は足を止めた。数名の騎士が商人に扮してふもとの村へ向かい、三年前の事件のことを知る者がないか聞いてまわっている。デクシア王子を含む残る一行は、切り立った崖の上にいた。


「ここが、その現場なのか」


 エフシア王太子一行が消息を絶ったとされる峠だ。馬を降り、騎士の一人に手綱を預けると、王子は山間やまあいの細く険しい道から崖下を覗いた。ヘイデンも王子の隣であたりの様子を観察する。大きな馬車が車の向きを変えるのは難しい。後退させるにも大きな車に繋いだままでは馬もまともに歩けない。盗賊に前後から挟み撃ちに合えば逃げ道はない……


「この下に、馬車と数名の遺体があったのだな?」


 王子は崖下を見つめたまま独り言のように問う。


「はい、壊れた車体と、身元不明の男の遺体が十ほど」


 ヘイデンは出発前に可能な限りの情報を収集していた。事件直後の公国からの報告では、ダーウェントの騎士の服を身に着けた遺体は、損傷が激しく身元の確認は不可能だったとある。


「馬の死体はなかったのか?」


「!! ――はい、確かに、馬車の車と身元不明の遺体のみです」


 ヘイデンは答えながら初めてその違和感に気づいた。崖から馬車が落ちたのならそれを曳いていた六頭の馬の死体がないのはおかしい。これではわざわざ馬を放してから車だけ落としたようではないか。


からの馬車に顔のわからない男の遺体、まるで事故を装ったようだな」


 王子は楽しげに笑う。この悲劇の事故現場で笑うなどどうかしている、ほんのひと月前のヘイデンならきっとそう思っただろう。だが、今なら王子の言わんとする事がよく分かる。王子は、王太子一行がこの事故を偽装したのだと考えているのだ。


 刺客か、盗賊かはわからないが、ここで襲撃されたのは間違いないだろう。だが王太子と騎士団長率いる一行は、盗賊風情が敵う相手ではない。崖下の遺体は恐らく襲撃者のものだろう。当の王太子たちは襲撃者に成り代わって姿を消した。だがなぜ、そして一体どこへ……


 一行は麓の村へ引き返し、聞き込みにまわっていた騎士らと宿で合流した。食事を済ませ、早々に二階の角にある部屋へ王子を含め数人の男が集まった。


「それで、何か分かったか」


 まず口を開いたのはヘイデンだった。商人風を装った騎士が頷く。


「なんだか不自然ですね。この辺りじゃもう随分前から警備が強化されていて、盗賊の被害など長年出ていないそうです」


 もう一人の騎士も頷きながら続ける。


「それが、三年前に突然貴族の馬車が盗賊に襲われたって、驚いてましたよ。おまけに、その事件の後、その盗賊にえらい賞金が掛けられたそうで」


「賞金?」


 ヘイデンは思わず聞き返す。


「はい、なんでも五百万ファーブルだとか」


「五百万?」


 ダーウェントの通貨で考えても一生遊んで暮らせる、いや貴族のような暮らしができる金額であり、たかが盗賊にそこまでの賞金は不自然だ。


「それと、国境の警備がものすごく厳しくなって、事実上市民は国外に出られないそうです」


「それが、三年前から?」


「そうです。外からの入国はまあなんとかなるようですが、出るのはそれこそ猫の子一匹、って状態だそうで」


 自然と、全員の視線がデクシア王子に集まる。ヘイデンは一連の話を聞いて、王太子の置かれた状況が見えた気がした。王子はどう考えているのだろうか。


「これで確信した。兄上は生きている。パーシヴァルもだ。兄上は優れた剣士だが、たった一人で賊を一掃するのは無理だ。供の者もおそらく無事でいよう」


 一同はぼんやりと灯った希望の火が、今大きな炎となって燃え上がるのを見る思いだった。


「ブライトン卿、どう思う」


「はい。私もおそらく王子と同じ考えです。王太子殿下の一行は、賊あるいはそれに扮した刺客を返り討ち、自分たちの身代わりとして遺体と馬車を崖下に捨てたのでしょう。それでしばらく時間が稼げる。そして当然帰国を試みたでしょうが、盗賊として賞金が掛けられ、その上国境の監視が厳しくなり、帰るに帰れないのではないかと……」


「まあ、そんなところだろうな。……だがいくら何でも三年とは長すぎるようにも思うが……他に何かあるのかも知れないな。それはエドワードのところに行ってからさらに詳しく探るとしよう」


 一同は無言で頷き、目立たぬようにそれぞれの部屋へ引き上げた。ここから公国の首都までは三日の距離だ。確証は得た。あとは黒幕の元へ急ぐのみ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る