第4話 贈り物
カステル公国からの使者は、前触れもなく突然やってきた。
公国は三年前に前大公が亡くなってから政情が安定しない。ダーウェントと前大公とは長い友好と信頼関係で結ばれていたが、大公の長女であるベアトリス公女とエフシア王太子との成婚が目前に迫った頃、大公が急死した。まだ四十代半ばの壮健な権力者の突然の死。それはあまりにも不審な点が多かった。
大公の弟エドワードによる暗殺が噂される不穏な空気の中、ダーウェントからは弔問使節団として王太子を始め二十名あまりが公国へと向かい、そしてその途中で消息を絶った。
王子の安否に関する手がかりもほとんどなく、それ以来ダーウェントとカステル公国は対立状態にある。その公国からの使者とは――ダーウェントの城に緊張が走る。
使者の用向きは、白紙になったままの公国とダーウェントとの姻戚関係を再び結ぶために、現大公であるエドワードと、アリステラ王女との結婚を求めるものであった。また、今年は塩が不出来なため、輸出量を大幅に削減する見込みだが、姻戚関係ともなればどうにか例年通りの量を確保する、といった内容だった。
ダーウェントは北部に山岳地帯と豊かな森を持ち、水に恵まれた国だ。そしてカステルには海があり、塩が重要な資源だった。ダーウェントからは豊かで綺麗な水が、カステルからは塩が、互いに必要不可欠だ。
今回カステルは遠回しに、この縁談を断れば塩の供給を断つと脅してきたに等しい。その要求を聞いた国王は執務室で激昂したが、その本心はひとまず使者には伏せられた。
取り急ぎ家臣らが招集され、今回のカステル公国からの打診についての話し合いがなされた。赤の騎士団からもヘイデンとアッシャーが呼ばれ、扉にほど近い壁際の末席でその成り行きを見守る。
「三年前のことは公国の関与が完全には否定できない。あちらの捜索も全力を尽くしたとは言い難い」
「あちらの領内での出来事なのは間違いない。だがカステルが関与したという証拠は何もないぞ」
「証拠など、そんなもの! 領内で王太子殿下の身に事が起きただけで十分な罪だろう」
「いや、賊の仕業ということも考えられる」
「ならばその賊を討伐すればよいのだ! 自国領を理由に、我が国からの捜索隊を拒んだのはカステルではないか!」
「今になって王女との婚姻とは……たしか現大公は四十間近。独り身だというのか」
「それが、正妃こそ立ててはおらぬものの、二十年以上になる事実上の妻があり、側妃は四名、その子女は十二名とのこと」
「そんな男に王女を嫁がせるなど、言語道断」
「早々に断って追い返すのみ!」
「だが塩がなければ冬を越せまい」
「ならこちらは川を堰き止めるまで!」
重臣の面々はほぼ満場でその婚姻に反対した。当然国王も、王女を公国へ嫁がせたいはずもない。この話はあっさり決着したかに見えた、そのとき一人の役人が申し訳なさそうに声を上げた。
「お待ちください」
一斉に視線が男に集まる。
「どうした」
「それが、その……」
「何だ。何かあるのか」
「此度の使者の贈り物の中に気になるものがございまして……」
「一体何があったというのか」
「それが……指輪なのでございますが……」
「指輪? それがどうしたというのだ」
「……王太子殿下のものではないかと……」
卓を囲んだ家臣らはそれを聞いて顔色を変える。国王は伏せていた視線を上げ、低い声で問うた。
「エフシアの指輪があったというのか」
問われた文官は王室の財政を司る男だった。しどろもどろになりながら汗を拭き、どうにか口を開く。
「まだ定かではございませんが……私の部下がその指輪に見覚えがある、と申しまして。王妃陛下が王太子殿下に贈られたものではないか、と」
王宮で宝飾品や装身具を管理する役人が、献上品の中に王太子の指輪を見つけたと言うのである。
「王妃陛下にご覧いただければお分かりになるかと思いますが……」
家臣らは息を飲んで国王を見つめる。王妃はカステルからの使者と謁見したのち、床に臥している。この上、王太子の、それも遺品であるかもしれぬ指輪を見せるのは、酷なことであろう。大きなため息のあと、部屋は沈黙に包まれた。
「私が見よう」
声を上げたのは第二王子のデクシアだった。ヘイデンは無意識にデクシアの方を見る。
「母上のお父様の指輪だろう。私も間近で何度も見ている。私が確認しよう。指輪をここへ」
やがて役人が慌ただしく宝石箱を抱えて部屋に入ってきた。国王の前で箱が開かれ、中から取り出した指輪をデクシアが手に取る。中央に刻まれた紋章は、たしかに母親の実家である公爵家のもののようだ。デクシアは指輪を顔の前にかざし、何かを確認した。
「……間違いない。これは兄上の指輪だ」
「確かか」
国王が問う。デクシアはうなずいて国王に指輪を渡し、説明する。
「私が兄上の指輪を見せて頂いたとき、うっかり落として金の台座に付けた傷があります。忘れようもない」
外交の贈り物に古物を持たせるなど聞いたことがない。これはなにかのメッセージであるのは間違いないだろう。政治的な駆け引きに疎いヘイデンにもわかる。
公国が故意に持ってきたのであれば、王太子の身柄、もしくは遺体と引き換えに何かを要求するいわば脅迫と考えられるし、あるいは――
あるいは王太子本人からのメッセージである可能性も捨てきれない。ヘイデンはそう考えながら腕を組み、一体この会議でどのように結論づけられるのかと、成り行きを見守る。
「父上、どうか公国にこの婚姻を了承するとお伝え下さい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます