第二話「悪役令嬢と新たな仲間(1/2)」



 ダンジョン攻略配信の為にも、早速パーティーメンバーを見繕おう────!と意気込めたのは束の間の事。

 いざ見知らぬ人と対面すると、やはりヒカリは緊張するが故か────結局、一言も話しかける事ができずにいた。


 転生したばかりの彼女であれば、自ら率先して話しかける事が出来ただろう────その時の彼女は、まだこの世界をゲームであると見做しているからだ。

 しかし彼女はこの世界に滞在して、そして気づいてしまった。


 確かにこの世界は、自分の良く知るゲームを土台に構成しているものの────しかし、確かに意志を持つ人々が集う一つの世界なのだ。

 多くの意思を持つ人が一箇所に集い、そして語り合っている。

 そのあまりにも慣れない状況に圧倒され、彼女はその場に居続ける事すら難しくなる程に、緊張している。

 精々が、その緊張を周りから隠すのがやっとの話────そして意外にもその努力は功を奏していた。


 元々、グロウリア•ダークウィルは冷たく────そして、プライドの高い人間であった。

 打算で近づく者の尽くは一蹴され、常に周りに対する敵対心を抱く少女であった。

 故に、その印象がまだ残っているのと────そして目の隈が未だに消えていない事から、彼女に自ら話しかけようとする者は居なかった。


 彼女の内面が、臆病で人生の経験値が圧倒的なまでに欠けている気弱少女のそれと化している────という事実は、リリィしか知り得ないのである。

 ヒカリとしては、それに関してはありがたい話だと思うばかりであったが、しかし今はそうも言っていられない。

 このままではやはり、パーティーメンバーは作れそうにない────リリィみたいに、多少強引にでも打算無しで向こうから話しかけてもらえれば可能性はあるが、そんな振る舞いが出来る人間が、ヒカリ以外にこの学園に居るとは到底思えなかった。


(……仕方ない、今日は一旦諦めよう)


 幸いにも、学生がダンジョンに向かえる様になる日────即ち、タイムリミットまではまだ幾許かの猶予があるのだ。

 彼女は今日は一旦、パーティーメンバーの募集の事は忘れる事にして────そして、図書室へと向かった。


 一人で教室を出てコツコツと廊下を進み、そして目的地へとつき、図書室の扉を開く。

 その後ろ姿からは、どことなく哀愁が感じられた。

 別に彼女は人が嫌いなわけでも、憎いわけでもない。

 ただ緊張してしまうだけであって────人と話せなくて寂しいと思う心は、確かにあるのだ。


「…………よし」

 

 ────されど、今はそんな事を気にしている場合ではないと判断し、ヒカリは気持ちを切り替える。

 彼女がこの図書室に向かったのは、単純に調べておきたい事があったからだ。

 それは、この世界に棲む魔物について────彼女は以前それについて調べているうちに、ある事実を知ったのだ。


 それは、王国を脅かす脅威についてである。

 世界中に存在し独自の生態系を築き上げ、数多の種類を誇る脅威的生命体────魔物。

 そしてもう一つ、世界ではなくこの王国だけを襲撃し、生命と呼べるのかすら分からない未知なる脅威────影。


 前者の魔物については、ヒカリも知っている────『ラレンティーヌの花園』の世界に於いて大量に存在する敵エネミーだ。

 だがしかし、後者────影と呼ばれる存在に心当たりはなかった。


 影という存在は、『ラレンティーヌの花園』内に於いて一切登場した事がない。

 無論、『ラレンティーヌの花園』と世界観が共通したシリーズ作品に於いても、影という存在が登場する事は無かった。


 それは『ラレンティーヌの花園』に於いて、表に出なかった設定による存在なのか、それとも────


「…………」


 まぁいずれにせよ、影の正体がなんであれ王国から離れすぎなければ────海辺まで行かなければ、およそその影と鉢合う事はないと聞く。

 故に、警戒するには値しないだろうと彼女は考えていた。


 しかし、彼女は認識を改める事となる────それが、近頃はダンジョン内に於いても影が出没したという話を聞いたのだ。

 この事実は世間を大きく賑わせ、今年は学生のダンジョン攻略は禁止すべきではという議論、騒動にまで至った程である。

 ヒカリにとっては幸いにも、その抗議運動が成功する事は無かったのだが────しかし、未知数という存在がどれほど危険なのかは、ヒカリも理解できているつもりではある。


 故に一度、こうして影について調べておこう────と、試みたのであった。

 そして彼女は早速書物を選び、それを読む。

 思いの外影について記された文献は少なく────そして、内容も薄い。


 一つぐらいは影の出自に迫る研究内容の類が残されているかとも思っていたものの、何一つその様なものはなかった。

 普通の学園図書室の蔵書量を思えば、それは仕方の無い事なのかもしれない。

 しかしここは、クルスフィリア学園だ。

 一応は貧民に対しても平等であるという体ではあるものの、実際は多くの貴族の出資の元に成り立ち、そして貴族の為に存在する王国で最大級の規模を誇る学園────故に、その蔵書量は並の本屋や図書館の規模をも軽く超越している。

 そんな図書室にすら、影に関する資料がまるで残されていないというのは……やや不自然な事のように思えた。

 

 (これは一体、どういう事なんだろう……)


 彼女はこの謎に直面し、そして頭を悩ませる。

 そして、そんな時────彼女に声をかける人物が現れた。


「久しぶりだな、グロウリア•ダークウィル────相変わらず、勤勉な事だ」


「あなたは────カリス?」


「覚えていたか。まぁ、覚えられてないと困るがな」


 カリス•ヴァリーゼラ────この国の新たなる王となった男が、彼女に話しかけたのだった。

 彼は相変わらず護衛を連れてる様子もなく、この場に存在している────あいも変わらず、父からの影響を受けているのだろうか?

 その辺りにはやや同情するものの、彼の顔色は前よりは良くなっている様に思えた。

 王になり始めた頃の彼の顔色は、それはもう酷いものではあったが────今では王としての過ごし方に慣れてきたのか、前よりは生気を感じさせる顔色であった。


「そりゃ覚えてはいるけれど……でも驚きはしたわ。あれ以来、学園に通ってなかったでしょう?なのに、護衛も連れずにこんな所に来て……大丈夫なの?」


「構うまい。俺が王になってから、王国の治安はより良いものとなった────恐怖ではなく、信頼によって育まれた治安だ。その先導者たる俺が、この国の治安を信用せずしてなんとする……それに、君からも護衛を連れていないように見える……というだけでも、俺の安全がより保証されたとも言えるしな」


「……?まぁよく分からないけれど、お父さんの後は継がなかったのね」


 やはりどう見ても、護衛は連れていないように見えたが────しかしそれよりもヒカリは。カリス王子の考え方の方が気になっていた。

 恐怖ではなく、信頼による治安維持────その目標が上手くいっているか否かはまだ不明瞭ではあるものの、少なくともカリス王子の内面がより良いものへと変わったのだろうと推察できた。

 少なくとも……彼の父の様な、暴君にも等しい王政とは違う在り方である。


「その通りだ。結局の所、国を回すのは充実した雇用と国を平等に巡る金銭────そして、全体的な国民の幸福度だ。わざわざ個人に完璧を求めずとも良い。千の不完全は時に、一の完全を上回るのだから」


「…………要するに、貧民にも仕事をあげるって話?」


 ヒカリは彼のもったいぶった言い回しを解読し、そして彼の行動方針を言い当てる。


「流石の察しの良さだな。その通り────今は、貧民の為の自衛部隊を用意しているんだ。これが、思いの外上手く行ってね。他にも色んな仕事をやらせてみたり……まぁその分教育に回る者は苦労しているみたいだが、将来的には彼らの安息にも繋がる。悪い仕事では無いはずだ」


「へぇ……頑張ってるのね」


 正直な所、ヒカリには国政がどうとかそういう話には興味がない。

 この国の未来についても……あまり、関心がある方とは言えない。

 故に、その返事はやや素っ気ない様なものになる。


 強いてヒカリに伝わった部分があるとすれば────それはやはり、カリス王子の内面だろうか。

 貧民に雇用を生み出す云々の話は、彼の貧民を救いたいというエゴの様なものを感じる。

 彼と父親の価値観に於いて絶対的に異なる部分────それは、貧民に対する思い入れなのだろう。

 彼のやっている事────即ち理想が、国の成功へと繋がるのかは分からない。

 今の所は調子が良いらしいけれども、それが長く続くかも分からない。

 

 けれども、こう言ってしまってはなんだけれども────彼の父親が亡くなった事は、結果的にこの国にとってプラスに働いた様に思えた。

 だからといって先王を否定するつもりはないものの、彼のやり方が今の時代にそぐわないのは明白だった。

 彼が亡くならなかったとしても、後々クーデターが発生していたのは目に見えていた。

 それはカリス王子への度重なる襲撃────抑圧されてきた貧民の不満が物語っている。

 

 少なくとも、この国の停滞した現状を大きく打破するには、何かしらの改革が行われて然るべきだった────そしてその第一歩を踏み出す事が出来るのは、父から解き放たれた彼しかいないのだろう。


 この国の未来の話は置いておくにしても、少なくとも────カリス•ヴァリーゼラという個人にとって、この変化は良いものなのだろうと……ヒカリは、その様に思うのだった。

 

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