番外「とある舞台のエンドロール」



「あれほどの!あれほどの力を得ておきながら!なんたる醜態、なんたる無様!本当に……本当に嘆かわしいッ!」


「…………申し訳ありません」


 学園決闘大会が終わった後────カリス王子は、再び王に呼び出されていた。

 理由はこの通り、学園決闘大会での失態についての話である。

 傷を負うばかりか、決勝戦では敗退までしてしまったのだ……その事実は、あまりにも重い。


 王にこうして怒られるのも、必然の話ではあった────かつて無いほどに激昂する王。

 その様子を、やはり兵士は口出しできずに見守っている。

 この王城に於いては、ありふれた日常────ありふれた空気だ。


 その重苦しい空間の中に────一つの、異常が発生する。


「なっ……」


 その人物は王の間の扉を開き、そして堂々とカーペットを歩む。

 明らかなる侵入者であった。

 兵士の誰かが、その人物について何かを言おうとして────そして、やめた。

 それについての言及は、彼らには許されていないからだ。


 この王の間に現れた人物。

 それは────


「はははは。これがお兄様の日常か────うん、父上の説教も生で見ると迫力があるな」


 クリオロス第二王子────この王国に於いて、居ないものとして扱われている人物。

 彼についての言及は、許されていない。

 何故ならそれは、王が彼を居ないものとして、徹底的に扱っているからだ。


 たとえ────彼が短刀を握っていたとしても、誰も止める事はできない。


 彼はゆっくりとカーペットを進み、平伏する兄の前を進み────そして、王の前に立つ。


「……っ」


 王はそれを認識し────そして、僅かに動揺する。

 今まさにこの国の王は、真正面から殺されようとしている。

 しかし、誰もそれを止める事はできない。

 なにせ、その人物は存在しない事になっている────他ならぬ王の命令で、居ない事になっている。

 故に、誰も止める事はない。


 唯一、カリス王子だけが彼を止めようと考えた────しかし、体が動かなかった。

 この状況に動揺したが故に、体が動かないのか────今は王の話の途中であるが故に動けないのか、それとも────自分自身、王の死を望んでいるのか。

 その疑問の答えが、カリス王子の中で明かされる事は無かった。


 王はクリオロスから意図的に目を逸らし、彼を居ないものとして引き続き扱おうとした────しかし、一歩一歩と迫る死の足跡を前にして、それを意識しない事など出来るわけがなかった。

 クリオロスは短刀を構えながら、玉座の前に辿り着き────そして王は遂に、クリオロスと目線を合わせた。


「やめろ、やめるんだ────クリオロス!」

 

「……あぁ、やっと俺の名前を呼んでくれたね。やっと……俺を、認識してくれた────けど、もう遅いかな」


 そして、クリオロスは彼の命乞いを聞いても尚、躊躇う事なく────その短刀を用いて、一瞬で王の首を掻き切ったのだった。

 

「か、は…………」


「────さようなら、父上。王としては優れてたのかもしれないけど────父親としては最悪だったね」


 王の首から、赤黒い鮮血が噴き出し────そして、王の生気は失われていく。

 今この瞬間、この国の王は絶命したのだった。

 あれほど恐れていた死を────彼は、自分の息子の手によって与えられた。

 誰もがその事実を、重く受け止めている中────唯一、死をもたらした張本人であるクリオロスだけが、普段と変わらぬ陽気さを残していた。

 

「どうしたんだい?お兄様。晴れて王になったんだから、そこに居る兵士に命じなよ────俺を捕らえよってさ」


「…………」


 王が居なくなった、今この現在────王権は、第一王子であったカリスの物となっている。

 絶対的なる命令権は、カリスの手に委ねられたのだった。

 カリスは様々な感情を飲み込み、そして────ゆっくりと、口を開いた。

 

「…………分かった、そうさせてもらおう……皆、彼を捕縛し、秘密裏に地下牢に閉じ込めてくれ……決して、第三者にここで起きた事を、悟らせない様に」


 カリスの命令に従い、兵士たちはクリオロスを認識する。

 かつて彼を居ないものとして扱えと命じた王は、もうこの世には存在しない。

 その命令は、今この瞬間無効になったのだ。


「ふふ、ははは!そう、その視線────その理解のできないものを見る視線!本当に、最高……そして今、俺を捕えているね?あぁ、俺をみんな認識しているんだ……ふふ、これ以上幸せなことはない!」


「…………」


 もう、とっくに分かっていた事ではあったが────クリオロスは既に、壊れている。

 カリスはその事実を受け入れ、そして沈黙する。

 扱われ方は違えど、自分と同じく────父の存在に翻弄された者。

 その点で言えば、二人は同じ境遇だったと言える。

 そして、そんな同じ境遇である弟が、壊れているという事実に直面し────カリスは、やり場のない感情を抱えるのだった。


「────たまにで良いから面会に来いよな、お兄様」


 クリオロスは最後に、兄にそう言い残して────そして、兵士たちに連れて行かれるのだった。


 この様にして、クリオロスの物語は幕を下ろした。

 この世界に於いて────王は、病死したと伝えられている。

 

 それもその筈────そもそも第二王子の存在は、国民に認知されていない。

 王によるクリオロスの存在の排除は、それ程までに徹底されていたのだ。

 

 クリオロス•ヴァリーゼラは────城内に勤める、ごく一部の兵士たちしか知らない人物だったのだ。


 そしてこれは、『ラレンティーヌの花園』の現実世界に於ける扱いも同様である。

 作中において多少彼を匂わせる痕跡はあっても、『ラレンティーヌの花園』という作品にクリオロスという人物は登場しないし、公開されている設定にも残されていない。

 スピンオフ作品に於いても、彼が登場する事は無かった。

 

 彼の存在は────あまりにも重すぎるため、封印しようというのがゲーム開発側の判断だったのだ。

 故に、『ラレンティーヌの花園』の熱狂的なファンであるヒカリでも、この状況を予期する事は出来なかった。

 彼の凶行を、予期して止めさせる事は出来なかったのである。

 

 これは、誰にも明かされぬ舞台のエンドロール。

 これを目撃した兵士たちも、カリスも口外はしないだろう。

 決して明かされない、王の死────その真実。

 それが、クリオロス第二王子の物語だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る