第二十二話「悪役令嬢とその後の話」



「────って、うん?ひょっとして今のこの状況、かなりまずかったりする?」


 二人は手を繋ぎ合いながら────そして今現在、まさに落下している最中であった。

 ヒカリは、ヴァリーゼラをぶん殴れて気分的にスッキリしていたが故に忘れていたが、今彼女達に使える魔力はない。二人は手を繋ぎ合いながら────そして今現在、まさに落下している最中であった。

 故に、この落下に対処する方法がない。

 このまま地面と撃墜して弾け飛ぶ────その寸前が今の状況である。


「……つまり私たち、優勝したは良いものの死んじゃうって事になるんですね」


「……そう、なっちゃうかなぁ……謝って許される事じゃないけど、巻き込んじゃって……ごめん」


 共に落下する間、少女達は両手を紡ぎ合う。

 そしてお互いに顔見合わせて────そして、人生最後の会話を楽しむ事となる。

 そしてその会話に於いて、ヒカリは申し訳なさそうにリリィに謝る……彼女の運命をここまで狂わせたのは、ヒカリの責任である。

 ヒカリがグロウリアに転生していなかったら────リリィがこうして、命を落とす事もないのだから。

 

「いえ、良いんです────誰も、こうなるとは予想してなかっただろうし、リアちゃんと一緒に過ごした人生は────とっても、楽しかったから!」


 そして、そんなヒカリに対してリリィは────弾ける様な笑顔で、そう言った。

 それは彼女の、紛れもない本心。

 本当に、短い間柄ではあったものの────彼女にとってそれは、とても充実した思い出だったのである。

 たとえこの様な結末を迎えるとしても、この思い出は決して無駄ではなかったと────彼女は、その様に考えるのだった。


「そっか……それなら、良かった。でも、ちょっと惜しくはあるわ。あなたがこの世界の主人公になる様子を、私は見届けられないのだから」


「それを言うなら、私も────リアちゃんが、成功していく様子を……見届けられなくて、悲しいよ……本当に、勿体無いことだよ」


「……そっか。うん……本当に、勿体無いよね」


 しかし、だからといって────別れが、悲しくないわけではないのだ。

 涙が溢れ落ちそうなのを、必死に堪えて────リリィは、この惜しさを噛み締める。

 ヒカリもその気持ちを受け入れる中────そしてこの状況に、第三者の手が加わるのだった。


「彼女達の命が潰える────そう、それは非常に勿体無いことだ!故に、僕はこうするのさ!」


 そして場所は移り変わり、溶岩が消え去った後の地上。

 そこでその男────イルー三兄弟の長男、カイルが集まった人々に指示を出していた。


「僕たちは素晴らしい戦いを見た!それも無料でだぞ!?こんな贅沢、受け入れられるはずがない────故に!僕たちからからも何かしらの還元があって然るべきなのだ!」


 カイルは高台からその光景を見下ろす。

 二人の戦いを見て、そして心打たれた者たちが────こんなにも、存在するのだ。

 個人の力では、この状況を打破できないかもしれない。

 だが、多くの人が一つの目的の為に集まった時────話は大きく変わってくるのだ。


 ……因みに、こうして人々を統率し、まとめ上げたのはゲイルとネイルの手腕によるものである。

 カイルはこうして、偉そうにリーダーを気取って居るだけにすぎない。

 しかしまぁ、組織には人々の意識を纏め上げる旗振り役が必要だ。

 彼の存在も案外、不必要であると断じる事は難しいものだろう。


「さぁ配信を見守っていた視聴者の中から選ばれたエリート達、即ち聖魔術隊よ!栄光ある勝者を守る為にも────今こそ、網を張る時だ!」


 そして、彼の指示と同時に────この会場を覆い隠す様な形で、巨大な光の網が張られた。

 その網を構成する一本一本が、彼女達を助けたいと、そう思った視聴者達の意思によって構成されている。

 その想いによって束ねられた網によって、ヒカリ達とカリス王子の肉体は保護され────そして、無事に陸地への帰還を果たしたのだった。


「これは……私たち、助かったの?」


「そう……なのかな?」

 

 突然張られた網によって命を救い出された当の本人たちといえば、未だにこの状況への理解が追いついていなかった。

 それもその筈、彼女達はもう別れを済ませ、このまま人生を終える覚悟で居たのだ。

 まさか助かるとは思っておらず、ゆっくりと状況を理解しようと努める。


「そう、その通り────助かったのだ!この僕の指示によって、君たちの命は無事に保護された!けれども─────礼は不要であるとも!なにせ、素晴らしい戦いを見せてもらったのだからね!これはその返礼なのさ!はーっはっはっはっはっは!」


 カイルはそう言って、喧しい笑い声と共にこの場を立ち去るのだった。

 とはいえ今回に限っては、カイルのその笑い声が────不思議な事に、鬱陶しく聞こえないヒカリ達であった。

 

「……まぁそういう事だ。王子の方も無事に保護されてるから安心しろ。この大会は無事に、死傷者を出す事なく終わりを迎えた……まぁそういう事だ」


「……眠いけど、頑張った……みんな疲れてるだろうし、寝た方が良い……ぐぅ」


 そう言って、今回は珍しく仕事をしたネイルは────眠気の限界が来たが故に、夢の国へと旅立って行った。

 ゲイルはそんな彼に呆れながらも、その背中を優しく支える。

 ネイルは集まった視聴者を統率する係だけでなく、ヒカリ達を包んだ網────その初案と、視聴者の皆の術式を網という形に一瞬で束ねるという高度な技術を行使したのだった。

 故に、その疲労は当然のものなのであった。


「まぁ今回に関しては、ネイルの言っている事が正しい。魔力も使い果たしてるんだろ?今は取り敢えず、もう休んだ方が良い。救護室への付き添いは必要か?」


「いえ、大丈夫よ────精神的には疲れてるけど、肉体的な負担は足ぐらいしか無いから。それより────」


 彼女はそんな事よりも、気になる事があった。

 それは、学園決闘大会決勝戦の────後の話。

 この後、『ラレンティーヌの花園』内に於いては、カリス王子が父である王に大衆の前で怒られるイベントがあるのだ。


 今現在カリス王子は気絶して居る為、皆の前で怒られる事はないとは思うが────しかし、王が凄まじい怒りを抱えているであろう事は容易に察しが付く。

 彼女は心配に思い、王の様子を見るのだが────


「────って、王様が気絶してる!?あれ、大丈夫なの!?」


「ん?あぁ。王様も配信を見てたんだが、あの空飛んでたカリス王子の敗北が、凄いショックだったっぽくってな。そのまま気絶したっぽい」


「いや、えぇ……?それ、大丈夫なの……?」


 王の周囲を慌ただしく兵士たちが走り回っており、その忙しなさが伝わってくる。

 ただでさえ会場の破損っぷりが激しいというのに、凄まじい量の仕事を押し付けられ────運営側の人間も、暫くは休めそうに無いのだろう。


「……まぁ周りの話を盗み聞きしたところ、命に別状は無いっぽいぞ?それに、まぁ……ぶっちゃけ、誰もあの王の心配はしてないだろうしな」


「王が意識を失ってるからって、本当にぶっちゃけたわね……不敬罪で処されたりしない?」


 そのあまりにも危うい発言に、思わずヒカリは指摘をせざるを得ない。

 とはいえ、彼の発言は正しい。

 なにせ────


「別に良いだろ────詳しい事情は知らないが、自分の息子である王子をあそこまで追い詰めたんだ。それ相応の罰が降るべきだろう」


「…………」


 なにせ────この戦いでのカイル王子の発言や、彼の成れの果ての様子は全て記録されているのだ。

 きっとグロウリアの配信は拡散され、この王国の噂の種として存え続ける事になるのだろう。

 事実として今現在、彼女の配信の再生数は────


「って、何これ!?リアちゃん、配信の再生数と登録者数がとんでもない事になってるよ!?」


「どれどれ……って、うわ本当だ……配信の再生数に至っては、ゲームの時のカンスト表記を超えてる……」


 ここまで多くの人に見られていると、逆にヒカリは恐怖を感じざるを得なかった。

 まぁ何はともあれ────本当に、色々な事はあったものの────グロウリア•ダークウィルの配信デビューは、最高の形で幕を下ろしたのだった。


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