第二十一話「悪役令嬢と第一王子(2/2)」
魔人ヴァリーゼラとグロウリア•ダークウィル&リリエル•ラレンティーヌの決闘────それを、配信を視聴する誰もが固唾を飲んで見守って居る。
この大会の秩序は今、彼女達の手に委ねられていた。
「消え失せろォォォォオッ!」
そして、ヴァリーゼラの手によって放たれる無数の火球。
それらによって足場は溶かされていき────しかし、また新たに溶かされた先から足場が編み出されていく。
ヒカリとリリィの二人はスケートの様に空を舞い、そして着実に距離を離そうとするヴァリーゼラの側へと近づいていく。
空中に展開された、レールの様な氷の道。
その細い綱渡りを成し遂げ、そして────切る。
「グゥ、小癪なッ!」
氷刀グロウリアの一閃がヴァリーゼラに命中する。
されど、目立った外傷は見当たらない────それもその筈、彼の肉体は無尽蔵とも言うべき魔力と再生力を糧として構成されて居る。
人の域を超えたそれは、一度切り裂いたぐらいで止められる存在ではない。
ヒカリとリリィは、ヴァリーゼラに攻撃を当てた事を確認した後に、そして彼の反撃を受けない様に距離を取る。
そして再び近づき、攻撃を与える。
古典的な、ヒットアンドアウェイの戦い方である。
しかし、その戦い方のリスクはあまりにも大きい。
「っ…………」
何度も何度も、彼女達はヴァリーゼラとの攻防を繰り返す。
どれほどの時間が経過したのか────もはや分からない。
実際には数分程度しか経っていないものの、彼女達の体感時間では無限ともいうべき時間が経過して居る様に思われた。
魔力を無駄に消耗できない以上、空に展開する氷のレールは限りなく細く、そして残留時間を短く展開して消耗を抑える必要がある。
一歩、足を踏み外しただけで死に至るのだ。
そしてその上────向こうの攻撃も、勢いを止める事はない。
ただでさえレールを展開する事に集中力を費やして居るヒカリに、落ちない様にレールを滑りながら攻撃を避け続けるというのは難しい話だ。
それに、魔力に限りがある以上タイムリミットが定められているも同然。
こちらからも攻撃を加えて早々に決着をつけねば、レールを展開する魔力が無くなり地面に撃墜する事となる。
その事実がヒカリに凄まじい心労を与えて居る事は言うまでもない。
故に────その隙が生じたのだった。
「その輝きを────俺に、見せるなァァァァァァァァアアアアアッッッッッ!!!!!!!!!!」
(しまっ────)
彼女がレールを展開した先────その先には既に、ヴァリーゼラの放った特大火球が待ち構えていた。
彼女は、展開するレールの道筋を間違えてしまった────このままでは、その火球のど真ん中に突っ込む形になってしまう。
あぁ────ここで、終わってしまうのだろうか?
グロウリア•ダークウィルとして生まれ変われた、第二の人生。
二度と無いであろうこの奇跡は────ここで、呆気なく途切れてしまうのだろうか?
彼女がそう思い、悔しさ故に目を瞑ったその時────
「大丈夫。私がついてますから────リアちゃんは、私が死なせないんだから!」
リリィはヒカリの手を強く握り、そして────二人を中心にして、再び光の障壁が張られる。
彼女達は輝かしい光に包まれたまま、そして火球の中を通過する。
「っ────!」
障壁越しにも感じる火球の勢い────憎悪に満ち溢れ、烈火の如く燃え盛る激情!
光の障壁の魔力消費量は激しい────場合によっては、火球を乗り越える過程で魔力が尽き、そのまま二人で落下する可能性すらあり得る。
しかし、幸いにもヴァリーゼラも消耗している────本当に強大な存在ではあるが、持って居る力の質が凄まじいだけであって、それを駆使する為の器が欠けて居る。
絶大な力をもたらすものの、体力的にはそこまで多く無い。
空中で相手の攻撃を一度も受けずに戦い続けるという離れ技を成し遂げることができれば、ヒカリ達にも十分に勝機のある相手だったのだ。
「────よし、切り抜けた!このままの、勢いで────!」
そして二人は火球を切り抜き、ヴァリーゼラの元へと迫る。
しかし、光の障壁を使い続けた代償は大きい────もはや、このレールを維持し続けられるかどうかは分からない。
カリス王子との戦いで魔力を大量に用いていた事もあり、いよいよその限界が見え隠れし始めていた。
このまま突き進み、ヴァリーゼラに最後の一撃を与えて止められるか。
それとも、魔力が足りずこのまま二人とも落下死するか。
王国の誰もが、配信という媒体でその様子を見守る中────そして、答えが提示された。
「ぁ────」
その答えは────レールの消滅、という形で提示されたのだ。
空中戦を支える道は途絶え、そして二人は空に取り残される。
幸いにも、レールが途絶えた場所がヴァリーゼラの真上だった為、刀さえあれば死ぬ前に一矢報いる事はできたかもしれない。
しかし、もはや氷刀を編み出す力も無い以上、攻撃手段は────
(────いや、攻撃手段ならある!)
このまま終わるよりも、せめて一矢報いて終わりたい────最後まで、足掻けるとこまで足掻きたい。
そう思い、ヒカリは────拳を構えた。
彼女は拳を構えたまま息を吸い、そして────
「────っ、良い加減に負けを認めたらどうなの!?この不器用王子〜〜〜〜っ!」
「ぐはっ────!?」
────そして、彼女の拳がヴァリーゼラの右頬に命中する。
ガコン、というおよそ人体に優しいとは言い難い音を鳴らして、そして────ヴァリーゼラの邪気は消え失せた。
彼女は最後の悪足掻きによって────このまま落下して死ぬ前に、一矢報いたいという執念によって────魔人ヴァリーゼラの無力化に、成功した。
その一撃によって、この戦いは終わりを迎えたのだった。
絶望を糧とする呪いの種は、確かに送り届けられた希望の一撃で浄化された。
彼女という存在は、■■■■■の手によってもたらされたモノに、確かな影響力を持つ。
奇跡的にもその一撃は、カリス王子の魔人化を止めるという結果をもたらしたのだった。
そして、それの影響を失い正気を取り戻したカリス王子は、殴りの衝撃によって遠くへと弾き飛ばされる。
そんな中カリス王子は、遠くに見える輝ける星────グロウリア•ダークウィルとリリエル•ラレンティーヌの姿を目視する。
────負けたというのに、どこか清々しい気分だった。
自らを見下ろす彼女たちの姿────それを見て、そしてカリスはそう思う。
カリス王子は────本当に、美しいものを見たのだ。
本来のポテンシャルを軽く凌駕した、未知なる力。
絶望の中で輝く希望の星。
貧民をも導き、そして自らに勝利した、彼女────それを、美しいと感じたのだ。
激情の業火を物ともせず突き進み、そして類まれなる信念を持って────満足な教育も受けられていないのだろうに、確かなる結果を残したリリエル•ラレンティーヌ。
そしてそんな貧民を、等身大の人間を、等身大の人のまま磨き上げた彼女────グロウリア・ダークウィル。
あらゆる逆境をモノともしない人の形────性格も容姿も異なるけれども、そのあり方からは確かに、あの日語り合った少女の、面影が────
……やっぱり、そのあり方は輝いていて、美しく、そして妬ましい。
けれど……過去の自分の為にも、それを否定してはいけないのだろうとカリスは思う。
あの日、少女と語り合った夢の続きを────まだ、見続けていたかったと、そう思う心は残されていたのだから。
だから────その可能性を、切り捨てたくは無かった。
過去の自分の夢を、消し去りたくは無かった。
だってそれではあまりにも────あの日の自分が報われない。
あぁ────やっと、この重荷を下ろせるのか。
彼女になら負けても良いと、完璧を、理想を、この呪縛を────崩されても、仕方がないだろうと────カリス•ヴァリーゼラは、その様に思わされたのだった。
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