第二十話「悪役令嬢と第一王子(1/2)」



 波の様に押し寄せる溶岩を目にして、ヒカリは一歩も動き出せずに居た。

 そもそも彼女は今、数多の疑問に囚われて居る。


 彼に与えた極大魔術と、リリィが刺したトドメの一撃────ダメージの計算からしても、確かに負けイベのカリス王子戦は突破できたはずだ。

 勝利した証として、経験値も手に入っている。

 元々負けイベとして設定されていたが故なのか、手に入った経験値は0だったものの……確かにシステム上、0ではあっても経験値が手に入った事になっている。

 それは即ち、確かに私たちはカリス王子に勝ったはずだ。

 だというのに何故、戦いは続いているのだろう?

 ヒカリは数多の疑問に囚われて居る。


(いやそもそも────あの、カリス王子の姿はなんなんだ……?)

 

 変わり果てた、悍ましい成れの果ての様な姿────あんな姿は、『ラレンティーヌの花園』内には登場していなかった。

 あれはこの世界に、本来存在し得ない存在だ。

 この世界を知り尽くして居る筈なのに────突然現れた、未知なる脅威。

 その疑問に囚われて居る彼女は、一歩も動き出せずに居る。


 ────目の前に溶岩の波が押し寄せているというのに、彼女は動き出せずに居る。

 このままでは彼女は、何も分からないまま消え失せていただろう。

 ────しかし、それを許さない人物が居た。

 

「────リアちゃん、手を────!」


「────っ!」


 グロウリアの視界に飛び込んできた、親愛なる友の姿。

 彼女はひとまず自分の身体を支配する疑問を捨て去り、言われるがままに彼女と手を繋ぐ。

 そして────


「これ、は……?」


 そして────二人の周囲を、暖かな光が包み込んでいた。

 彼女達の周囲は守られ、溶岩の波はモーセの海割りの如く切り裂かれる。

 その力を、ヒカリはどこかで見た事があった。

 そう、それは確か────


「実は準決勝の時にレベルアップした時、新しくスキル────光の障壁を習得できたみたいだから、こっそり身につけていたの。こんなに早く役に立つだなんて、思わなかった」


「あぁ、なるほど……だから手を」


 それは、リリィが新たに会得した力。

 身の回りの全てを守る、光の障壁────彼女はヒカリに内緒で、密かにそれを身につけていたのだ。


 しかし今の彼女は、カリス王子戦で使った極大魔術に全ての魔力を捧げた状態である。

 故に、その力を使う為には外側から魔力を調達する必要があった。

 その為彼女は、ヒカリと手を繋ぎ────魔力共有を使用した。


 それによって光の障壁の使用が可能となり、カリス王子を中心に広がる溶岩の波から身を守る事ができた。

 特筆すべきは、それが咄嗟の判断だった事だろう。

 溶岩がこの場を埋め尽くす、五秒に至るかすらも分からない短い時間で────その思考に至り、実行する事ができた。

 その機転の良さは、流石この世界の主人公なだけはあるとヒカリも感心せざるを得なかった。


 しかし、だからといってこの状況が打破できたわけではない。

 やっと、この状況を観測するスタートラインに至れただけで────このどうしようもない惨状を打破する目星など、付けようがない。


 空を見上げると、そこには────変わり果てた、カリス王子の姿があった。

 彼の背中からは炎の翼が広がっており、虚な目で地上を見下ろして居る。

 あまりにも醜く変貌したその姿は、見る者を畏怖させるに十分なものだった。


「…………けど、止めなきゃ」


 正直に言ってしまえば、恐ろしかった。

 だってこれは、ヒカリにとっては知らない世界の話なのだから。

 けれども、それは止めない理由にはならない。

 この世界で出会ったリリィの事も、そしてカリス王子自身の事も────諦めたく無かったから。

 ヒカリは、なんとしてでも彼を止めると決意する。


「けど、止めるって言ってもどうやって?相手は空を飛んでるみたいだけど……」


「それはね────こうやってするのよ!」


 そう言ってヒカリは、術式を編み出す。

 この世界は、ゲームという縛りから外れて居る────故に、既存のスキルを応用して、新たな使い方を見出す事だって出来る。


 彼女は魔力と氷を練り合わせ、そして空中に足場を展開する。

 それはまるで、天国に登る為の階段の様────しかしそれは言うほど丈夫なものではない。


「当然だけど、氷は炎とか溶岩とは相性が悪いし────私が温存してる魔力も限られてるから、一気に駆け上がるわよ!」


「はい!────って、きゃ!?」


 ヒカリは手を繋いだまま、リリィの事を抱き抱える。

 普段こういうスキンシップをする場面に於いて、ヒカリは緊張する傾向があるものの────真剣な時の彼女は違う。

 今の彼女に見えているのは、輝かしい未来。

 希望に溢れた世界を取り戻す為にも────彼女はリリィをお姫様抱っこしながら、氷の階段を駆け上がる。


 そしてその様子を見て、変わり果てたカリス王子────怪人ヴァリーゼラは、敵として認識する。

 カリス王子の数多の激情が混ざり合い、溶け合った存在────その重苦しい視線が、彼女たちに向けられる。


「お前達は────お前達は、邪魔だァァァァァアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!」


 激昂するヴァリーゼラによって放たれる、嵐の様な火球。

 それによって氷の階段が崩されようとするものの────


「────させません!」


 魔力共有を行っているリリィの手で、障壁が展開される。

 リリィはお姫様抱っこされながら崩れ落ちていく階段を登るという、このシチュエーションの中でも────懸命に、ヒカリの手を握っていたのだ。

 それによって展開された障壁は、ヴァリーゼラの火球の前では時間稼ぎにしかならなかったが────しかし、時間稼ぎでも十分だった。


 障壁が崩されるまでの時間で、彼女達は階段を駆け上がり────そして、魔人ヴァリーゼラと同じ高さまで登り詰める。


 空中に広がる氷の床────その上に立ち、ヒカリはリリィの体を降ろす。

 そしてヒカリは、氷刀グロリアスを編み出し、握り、そして────

 

「カリス•ヴァリーゼラ────貴方は、かつての私自身でもある。完璧である事に囚われ、苦悩し……そして、人の道から外れる可能性を秘めていた。だからこそ、私は────変わり果てた貴方と、向き合わなければならない!さぁいくぞ、決着の時だ────!」


 そして────彼に向かってその刀を向ける。

 やはり形は大きく異なってはいるものの、それは『ラレンティーヌの花園』の決闘シーンの再現だった。

 悪役令嬢と第一王子────その因縁に、いよいよ終止符を打つ時だった。


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