第十八話「悪役令嬢と決勝戦(2/2)」
「────ッ!」
カリス王子は火球を展開し、そしてそれを射出する。
そしてその一方で、ヒカリも同じ様に氷柱を展開し────彼の放った火球を相殺する。
幕開けにしては、激し過ぎる攻防。
彼らが用いた魔術は、恵まれた教育を施された貴族であっても、発動するのに数分の時間を有するものである。
けれど二人はそれを、一秒もかけずに展開し、射出する事に成功していた。
だが、この程度の攻防は二人にとって前座に過ぎない。
カリス王子は炎刃ヴァリリアスを用いて、ヒカリを切り裂こうと試みる。
────しかし、当然それを許すヒカリではない。
その攻撃を阻む形で、氷刀グロリアスが盾となる。
両者が編み出した武器と武器の鍔迫り合い────それは確かに、見応えのある構図だった。
しかし、ヒカリの編み出した氷刀グロリアスは、所詮形だけを真似たもの。
カリス王子が長年の執念で編み出した炎刃ヴァリリアスには、遠く及ばない。
そもそも前提として、氷が炎に勝る道理は無いのだ。
氷刀は呆気なく砕け散る────されど、それで終わるヒカリでもない。
彼女は何度も、何度も何度も何度も氷刀を編み出す。
「ええい、鬱陶しい!」
そして編み出された氷刀を、何度も何度も何度もカリス王子は砕くのだ。
無数の刀が砕かれ、編み出され、砕かれ、編み出される。
あまりにも無意味なサイクル────そんな中、カリス王子は疑問に思う。
自分は炎刃ヴァリリアス一本で戦っているものの、対するヒカリは何本も氷刀を編み出している。
その氷刀を編み出すのにどれ程の魔力を費やすのかは知らないが、まさか負担が無いわけでもないだろう。
一体、どのような術を用いてこの攻防を可能にしている?
その事を疑問に思い、彼はヒカリの様子を見る。
そして、彼が見た景色は────
「リリィ、まだ魔力は残ってる?」
「────はい、大丈夫です。ちょっと辛いですけど、まだまだ行けます!」
────それは、貴族と貧民の違いもなく、ただ対等な二人が手を紡ぎ合う光景だった。
孤独なる完璧を強いられるカリス王子には、あまりにも眩しすぎる景色。
自分が求めても、決して手に入らないであろう────肩書きに囚われない個人を受け入れあった関係性。
それが妬ましかったが故か────カリス王子の怒りの動線に、火が付けられた。
「ッ────認めてなるものか!完璧たる宿業を持たぬお前たちに、この俺が敗れるなど────あっては、ならないのだッ!!!!!」
「なっ────」
そして────彼は、とっておきの大技を披露する。
それは本来、もう少し時間をかけてから使う筈だった技だった。
少なくとも、『ラレンティーヌの花園』内でそれが放たれるまでは、もう少し猶予があった。
だがしかし、今の彼は違う。
彼は、ゲームの筋書きに従うNPCではない────確かにこの世界に存在する、一人の生命としてヒカリの前に立ち塞がっている。
故に、ターンをこれ以上待つ必要性などないのだ。
そして一方、ヒカリはその行動を予測できなかったが故に────動揺を隠しきれなかった。
一応ヒカリも、カリス王子を仕留める為の技を放つ準備は出来ているものの────まだ、ヒカリから十分にバフを受け止めきれていない。
今現在の状態でこれを放った所で、カリス王子を倒し切れるかは分からない。
少なくとも計算上では、ギリギリ仕留めきれない可能性が高い。
「これで、どうにか────」
それは、恐らくは彼女の悪足掻き。
今までの足止めとして展開していた氷刀とは異なる、相手を止める為に編み出された────極限まで本物に近づけられた氷刀。
それが彼を止める為に放たれる。
だが、しかし────
「ふっ、甘い!その程度のナマクラ、片手で弾き飛ばせるわ!」
そして彼の言葉の通り、放たれた氷刀は炎刃ヴァリリアスによって弾き飛ばされた。
弾き飛ばされた氷刀グロリアスは、クルクルと天を舞い────そして、二人の手の届かぬ所へと突き刺さった。
ここまで遠ざかると、ヒカリの手でも遠隔操作は出来ない。
氷刀グロリアスを動かせる距離には、限りがあるのである。
咄嗟の悪足掻きも、意味を為さなかった。
そして今────カリス王子の切り札が放たれようとしている。
その技を受ければ、間違いなくこの決闘で敗れるだろう。
なにせそれは、『ラレンティーヌの花園』に於ける決勝戦が、負けイベントと化した所以たる技なのだから。
故にヒカリは────もはや、一刻の猶予も無いと判断した。
「仕方がない────リリィ、後の事はお願いね」
「え?……あ、はい!分かりました!」
リリィは己の魔力の全てをヒカリに託し手を離す。
これを放つには、一人が持ち得る魔力では足りないのだ。
それは、二人の研鑽によって編み出された極大魔術。
数多に束ねられた光の槍。
それは────形容するのであれば、天の裁きと言うべき一撃。
恐ろしくも神々しいその槍の先端が、天から姿を表していた。
ヒカリはカリス王子から距離を取り、そして照準を合わせ────それを、射出した。
数多のバフ、数多の技術を重ね合わせた裁きの鉄槌。
それが、カリス王子に向かって放たれた。
「ぐぉぉぉぉぉぉおおおおお!?!?」
奥の手を用意している事は察していた────しかし、まさかこれ程のものだとは思っていなかった。
よもやこの王国に、これ程の使い手が残されているとは────誰もがその様に思い、その様に驚愕した。
彼女はまさに、魔術に於ける神域の天才だと讃えられるべきだろう。
しかし────今回に限っては、相手が悪かった。
戦いの相手はあの────カリス•ヴァリーゼラなのだ。
「ぐっ……はぁ、はぁ……お前の、負けだ────グロウリア•ダークウィル!!!!!」
カリス王子は、裁きの鉄槌を受けボロボロになりながらも────確かに、その場に存在している。
ヒカリの計算通り、まだまだバフを重ね足りていなかった。
この段階で放つには、時期尚早だった────カリス王子を仕留めるには、至らなかった。
そしてカリス王子はヒカリに対して、己の勝利を宣言した。
その宣言には、確かな根拠があった。
ヒカリは未だに魔力の余裕を残している────この極大魔術を放つ際に用いた魔力の割合は、リリィが10割、ヒカリが7割と言った所だ。
まだ、氷柱を作り出す余裕はある。
しかし、カリス王子はあの光の槍に打たれながらも────確かに、自分の準備を済ませていた。
巨大な魔術を編み出す際には、魔力と時間────そして、圧倒的なまでの集中力を必要とする。
光の槍を受けても尚その集中が途切れなかったのは、まさに彼の執念が起こした奇跡と言わざるを得ない。
次にグロウリアが氷柱を編み出して放ち、カリス王子にトドメを刺すよりも先に────カリス王子が編み出した極大魔法が、ヒカリ達を焼き尽くすだろう。
仮にグロウリアが氷刀をすぐに編み出して、接近戦に持ち込もうにも────距離が遠すぎて、ギリギリ届かない。
技の照準を合わせる為に遠ざかった弊害が、ここで現れてしまったのだ。
彼女が氷刀を構えて近づいた頃には、もう既にカリス王子の極大魔法が放たれている。
そして貧民であるあの少女にはもう、魔力が残されていないだろうとカリス王子は考えている。
彼女達が放った極大魔法の属性は、光────故に、使われている魔力の大元は、リリィのものであると思われる。
その考察を元に彼は、リリィの元にもう魔力が残されていないと看破したのだった。
魔力という唯一の取り柄すら無くした彼女に、もはや戦力的な意味はない。
この今の状況を一瞬で把握し────そして、確信したが故の勝利宣言だったのである。
そしてヒカリもまた、今の状況が分からないほど馬鹿ではないだろう。
なにせ、カリス王子と同じ速度で魔術を編み出せる程に、頭の回転が速いのだ。
この状況を理解できないほど、愚かな筈がない。
だというのに、ヒカリは────己の勝利を、確信しているかの様な笑みを浮かべていた。
「いいえ。負けるのは貴方よ、カリス•ヴァリーゼラ────ひょっとして、まだ気づいていないのかしら?私の忠告に、意味はなかったみたいね」
「────何?」
そして彼女は────戦う前に告げていたその言葉を、もう一度紡ぎ放つ。
それはまさに、この後の結末を物語るに相応しい言葉だった。
「この世界に於ける主人公は、元より────私ではなく、あの子なのよ」
そして彼女は────カリス王子の、背後を指差す。
(まさか、彼女が────しかし、彼女の魔力は空であるはずだ。一体、どうやって?)
カリス王子も、口ではああ言いつつも敵の一人を視野に入れない程愚かではない。
そして彼は、リリィには魔力が無くなっていると判断した上で、脅威にはなり得ないと判断したのだ。
まさか、彼女が実は徒手空拳での戦いの達人だったというわけでもないだろう。
そんな彼女が、一体どうやって今の自分にトドメを刺すというのか?
その疑問の答えは────彼女が指差したすぐ先、カリス王子のすぐ側に存在していた。
「これで────終わりです!」
リリィは、さっきまでは持っていなかった武器────氷刀グロリアスを手にして、カリス王子にトドメの一撃を与える。
そう、氷刀グロリアスの大半はカリス王子の手で砕かれたものの────一本だけ、砕かれず遠く地面に突き刺さった物があった。
それは、悪足掻きとも思われたヒカリの一撃。
されどそれは、決して悪足掻きなんかじゃなかった。
それは、ヒカリが────極大魔術でカリス王子を倒しきれなかった時の為に設置した、本当の切り札。
彼女は────リリィが自分の意図を悟り、カリス王子に弾かれ、遠く地面に突き刺さったそれを取りに行って────そして、カリス王子にトドメを刺してくれる事を信じていた。
そして実際に、その通りになった。
彼女はグロウリアの期待通りに動き、そしてこの戦いに終わりをもたらす。
まさにこれは、二人のコンビネーションが生んだ奇跡の勝利と言うべきだろう。
こうして、この国の第一王子である彼は敗れた。
……否、敗れようとしていた。
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