第十七話「悪役令嬢と決勝戦(1/2)」



 ────そして、遂に決勝戦が始まろうとしていた。

 グロウリアの配信の同接者数は個人の配信では前代未聞の記録を誇っており、未だかつてない注目を浴びていた。

 そして配信ではなく、直接この試合を見る者にとってもこの戦いに向けた期待は大きい。

 グロウリア•ダークウィルが勝利を掴むのか、カリス王子が引き続き頂点の座を維持するのか────どちらが勝つか負けるかで賭けすらも行なわれているほどである。

 因みに、ヒカリが知らないうちにリリィは全財産を費やしてグロウリアの勝利に賭けている。

 これで負けたらリリィが破産するという、かつてない責任を背負わされているのだがそれはまた別の話である。


 そしてヒカリとリリィの二人は出場し────目の前の対戦相手、カリス•ヴァリーゼラと対峙する。

 彼は最初から炎刃ヴァリリアスを編み出しており、それを地面に突き刺したまま二人を待ち構えていた。

 そこから発せられる、鬼神の如き圧────液晶越しには伝わらぬ、現実として存在する威圧感。

 流石のヒカリも、その威圧感に気圧される所があった。


「来たか……決勝戦の相手が、よりによってお前とはな。婚約を破棄した者同士が、国中の注目を集めるこの場で対峙する────再生数を伸ばすにはもってこいのシナリオだろう」


「あら……私のチャンネルの事、知ってたの?」


「流石にな。婚約を破棄した後の君が、どう振る舞うか……少し、興味はあった。完璧を巡る争いから逃げ、貧民の視線だけを集める道化と化したお前の事は────本当に、気に食わない」


 そう言って彼は剣を取り、そしてそれをヒカリに向ける。

 カリス•ヴァリーゼラにとって、グロウリアはもう一人の自分という印象があった。

 共に高みを目指す為、心を削ってきた間柄────そんな相手がその勝負から離れ、そして幸せそうにしている。

 その事実が、とても気に入らなかった。

 だって、それでは────今の俺が、幸せになれないみたいだ。

 そう感じていた彼にとって、今のグロウリアは絶対に倒すべき敵であった。


 このグロウリアを否定する事ができれば、やはり自分の完璧を志す意思は正しかった事になる。

 自分の今までの苦労は否定されず、報われる事ができる。

 完璧の道から外れた上で、満足する事など────あってはならない。

 故にカリス王子は、グロウリアに剣を向けるのだ。


「挙句の果てに、何の責任も背負っていない貧民に背中を委ねるなど……本当に愚かしい。この世界は、力のある者が運営するべきだ。生まれつき恵まれ、そして責任を背負う者だけが国を動かすべきなのだ。だというのに、祝福も責任も持たぬ貧民と共に歩むなど……本当に、失望したよ」


「あら、そう?あの三馬鹿の時といい、この世界の権力者は本当に見る目がないわよね。それに────背中を預ける相手が居ないよりは、ずっとマシだと思うのだけれど?」


「ッ……関係ない。いずれこの国を背負う者として、一人でも完璧である事を示さねばならない故な。俺の王道に、背中を預ける相手など不要!なにせ、王となった俺は完璧なのだから!」


「……そう。今の貴方の瞳は、父の手で塞がれているのね。まるで、王の為に作られたお人形みたい」


 ヒカリがカリス王子に向ける感情。

 それは────心の底からの哀れみと申し訳なさだった。

 今のカリス王子は、ヒカリが知っているカリス王子とは異なっている。

 一人で決勝戦に挑んでいたという点では同じだが、『ラレンティーヌの花園』内に於ける彼は、もう少し余裕があった。

 されど、この世界の彼は────リリエルという光を、見出せなかった。

 リリエルという、王子ではない自分を見つけ出してくれた彼女と、出会う事ができなかった彼は────己が責任と使命に食い潰されながらここに立っている。

 故にヒカリは、彼に────哀れみと申し訳ないという気持ちを抱いていたのだった。


「ッ、黙れ黙れ黙れ!これは、第一王子として当然の事なのだ────そんな目で、俺を見るな!俺を、俺を……哀れむんじゃない!俺は、満たされているのだ!この道で、正しい筈なのだ!」


「…………」


 その動揺が、答え合わせを行っている様なものだった。

 彼の精神を揺るがすもの────それがなんなのか、自分で語っているも同然だ。

 自分で自分に正しいと言い聞かせる様は、あまりにも見苦しい。

 誰も口には出しては居なかったが────王の子供に対する接し方は、国民にも疑問視されていた。

 噂として広まっていたその事実が、今こうして裏付けされた。

 今現在の配信のチャット欄は、王子に対する哀れみの声が大きかった。

 ヒカリは勿論、隣に立つリリエルも────今の彼の事を、哀れに思っていた。


 そして────その哀れみが、カリス王子の逆鱗に触れた。


「…………お前まで、貧民の、たかが貧民でしかないお前まで!第一王子たるこの俺に、哀れみの目を向けるのか────不遜、不敬、不出来!あまりにも、あまりにも苛立たしい!!!!!故に────俺が、この手で────改めねば、なるまい。炎刃ヴァリリアス!我が正しき王道を、その身で照らせぇッ!!!!!」


 そして彼は、炎刃ヴァリリアスの柄を強く、強く握りしめる。

 炎刃は彼の声────激情に応えるかのように、炎の勢いを強めていた。

 それは、紛れもない全力の怒り。

 憤怒の化身と化した彼が────挑戦者たるヒカリ達の前に立ち塞がる。


「さぁ────氷刀を編み出せ、グロウリア。これは────俺とお前だけの決闘だ」


「えぇ、言われなくてもそのつもりよ────けれど一つ訂正させてもらうけれど、私たちは二人で一人の挑戦者としてこの場に立っている。なんなら────この世界に於ける主人公は、元よりリリィであると言っても良いぐらいだわ」


「ちょ、リアちゃん!?」


「これは紛れもない本心────彼女を見縊っていたら、痛い目を見るわよ。その事を────忘れないようにね」

 

 言われているリリィの方は、突然自分を必要以上に評価するヒカリに動揺するものの、しかしそれは紛れもないヒカリの本心だった。

 事実として、『ラレンティーヌの花園』内に於ける主人公が彼女だったというのもあるが────もし仮に一人でこの大会に挑戦していたら、ヒカリは準優勝で敗退していただろう。

 その事実を重く受け止め、そしてヒカリは学んだのだった。

 自分は未だ、リリィの助けを必要としており────リリィが居るからこそ、この場に立つ事が出来ているのだと。


「減らず口を……ただの貧民をこの神聖なる決闘の頭数に加えるなど、心の底から見下げ果てたぞ!」


 そして、いよいよ心を昂らせすぎた彼は、試合が開始する前に襲い掛かりそうな程の激情を見せる。

 一方ヒカリはは、冷静に己の独自魔術で二つの氷刃グロリアスを展開する。

 氷刃は、ヒカリの側に控える様な形で出現する────同じく、武器を有するカリス王子との対面はまるで、『ラレンティーヌの花園』内に於ける決闘シーンの再演の様であった。


 されど、一つ違う点があるとすれば────この場に於ける魔としての圧を放っているのが、カリス王子の方であるという点だろうか。

 彼の瞳には憎悪が燃えており、人を殺しかねない程の激情を宿している。


 そしてヒカリは────カリス王子に対する憎悪はなく、ただ止める必要があるが故に武器を展開している。

 まるで、立ち位置が逆転したかの様。

 そして、誰もが固唾を飲む中────いよいよ、戦いの始まりを示す合図が告げられた。


 学園決闘大会────そのフィナーレを飾る試合が、幕を開いた。


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