第十六話「悪役令嬢と選手控え室(2/2)」



 「それじゃあ、頑張りたまえよ────あぁ、忘れていた」


 カイルは控え室から出ようとし────そして、とある事を思い出した。

 彼はリリィの方を向き、そして────


「────ここで、今までの非礼を詫びよう。僕は君の事を、ただの貧民だと見縊っていた」


「え、ちょ────えぇ!?」


 そして────カイルは、リリィに向かって頭を下げた。

 その立派な姿勢は、誠心誠意の、謝意の表れであった。

 これにはヒカリも動揺する。

 ヒカリによって彼らは、チュートリアルで貧民にダル絡みしていた嫌な貴族という印象しか持ち得なかった。

 そして今、それを覆す彼の行動を目の当たりにして、動揺を隠しきれなかったのだった。


「事実として、僕は貧民は貴族と比べて劣っていると思っている……その考えが変わる事は、恐らくないだろう。心と体が育まれる環境、背負っているもの、周りからの扱い────綺麗事では片付けられないほどに、その差は激しい」


 そう語る彼の瞳は、やや曇っている様に見えた。

 彼自身、かつてはその綺麗事を信じていたのだろう────しかし、この学園で多くの者を見て知った結果、その光は翳っていった。

 故に今の彼は、夢ではなく事実を尊重する。

 貧民より貴族の方が上回っている────その、事実を。

 

「そして特にこの学園に於いては……君たちはまだ知らないみたいだけれど、陰湿な貧民イジメが横行していてね。故に、君たち貧民はこの場に相応しくないと思い、僕は君たちを学園から追い払おうと試みたのさ」


 貧民にこの場は相応しくない────そういう、傍迷惑な善意によるダル絡み。

 それが入学式での騒動────彼がそれを引き起こした動機であった。

 

「だが、その傾向を打ち破る程に秀でた才能を、見て見ぬふりをする程愚かな僕ではない。むしろ讃えたいぐらいだ。貧民でありながら、偉大なる貴族であるこの僕たちを上回った────今、ここに認めよう。グロウリア•ダークウィルの見る目は正しかった」


「……なるほど」


 そして、ヒカリとリリィは同じ事を思う。

 こいつ────態度がアレなだけで、意外とまともな奴なのでは?と……だが、その感想を彼は一瞬にて覆させた。


「だがしかし!僕の目的はこの世界のトップに立つ事!そしてこの僕が居る以上、君たちにこの世界を取ることはできない!今のうちに絶望しておく事をオススメするよ!はーっはっはっはっはっは!!!!!」


 そう言って彼は、相変わらず喧しい笑い声を上げたままこの控え室を立ち去っていった。

 そして部屋にはヒカリとリリィと、もうすっかり眠り込んでしまったネイルの体を支えるゲイルが取り残された。

 ゲイルはネイルの体を持ち上げながら、リリィ達に話しかける。


「……意外に思ったか?兄さんはこういうやつなんだ……態度がアレなだけで、悪いやつじゃないんだよ」


「なるほど……それはなんとなく、伝わりました」


「なら良かった。兄さんは、態度がアレなせいでその本質が相手に伝わらない事が多いからな……それと、兄さんは本当に優れたものしか讃えない。兄さんに言葉を撤回させ讃えられたってのは、それだけ君が優れていたって証拠でもある」


 カイル────彼が自分自身を常に讃えているのは、讃えるべき相手が自分自身しか居ないという考えがあるというのが大きい。

 自分以外に、この世に誉めるべきものがあるだろうか?否、あるはずが無い。

 それが、カイルの思考である。

 そんな極限的ナルシストに対して、讃えたいという言葉を絞り出した────その事実の凄まじさを、彼を隣でずっと見てきたゲイルは良く理解していた。


「事実として、俺の攻撃をあれだけの時間耐え切ったのは、君が初めてだ────他の相手は、兄さんも含めて一分も耐えきれないからな」


「そう、なんですか……?」


「あぁ。君は君自身が思っている以上に、ずっと強い。誇るべきだ────よし、この姿勢ならこいつを持ち運べるな」


「…………ぐぅ」


 ゲイルはそう言って、ネイルをお姫様抱っこする。

 どうやらその姿勢が、この喋っている間の模索で見出した最も効率的な運び方だったらしい。

 ゲイルは、ネイルを持ち運びながら控え室を去ろうとして────そして最後に、二人に対してこう言った。


「俺たちも、君たちがカリス王子を倒す姿を期待している────チャンネルも兄弟全員で登録してあるよ。カリス王子が敗れる様は滅多に見れないからね。繰り返して再生できる様にする為にも、アーカイブを残す事を推奨するよ」


 そう言ってゲイルとネイルは、今度こそこの場から立ち去ったのだった。

 ヒカリとリリィは、暫く沈黙し────そして、思った事を口にする。


「あのゲイルって人、なんていうか少なくとも兄よりは人気ありそうね……」


「そうだよね。なんていうか、さりげなく褒めてくるっていうか……良い意味でチャラい感じがしますね〜」


「…………そうね」


 この世界にも、チャラいって言葉存在するんだ……と、ヒカリは思う。

 ゲーム内の何処かで、チャラいという言葉が使われていたのだろうか……その疑問に対する熟考を行う。


「…………」

 

 そしてその熟考故の沈黙を、リリィは何やら勘違いしてしまったらしい。

 彼女はやや嬉しそうにヒカリの側に近寄り、そして────


「────ふふふ。心配しなくても私は、リアちゃんの側にずっと、ず〜〜〜〜っと居ますからね〜」


「いや、そんな心配はしてないんだけれど……」


 リリィに抱きつかれながら、ヒカリは不服そうにそう呟く。

 相変わらず、リリィのこの距離感には慣れない────果たしてこれは、本当に友人の距離感なのだろうか?ヒカリは時折、その様な疑問を抱く事があった。


「ふふ、リアちゃんは照れ屋さんなんですから〜……あ、そろそろ時間みたいですよ」


「分かったわ────って、うん?」


 そしてリリィは、壁に架けられている時計を指差しながらそう言った。

 ────時計を、指差したのである。


(…………あれ?ラレ花の中で、あんな感じの時計って出てきてたっけ?あの感じのビジュアル、この時代の物というよりは、現代で使われている水晶時計にありがちな感じだと思うけど……)


 普通の人はビジュアルを見ただけで、それが水晶時計であると疑念を持つ事はできない。

 だが何を隠そう、生前のヒカリは興味を抱いたものについてなんでも深く調べ記憶するという習性を有していた為、水晶時計の事は仕組みまで完全に把握している────かつて時計について調べ尽くしていた彼女に死角は無い。

 故に、その時計を調べればすぐにその疑問の答えが分かる。

 ヒカリは時計を壁から取り、そして裏側の蓋を開き中身を確認する。


「…………」

 

 ────少なくともこれは、『ラレンティーヌの花園』の世界観に相応しい時計では無い。

 中身を確認したヒカリは、そう確信する。

 所々魔術を使ってズルはしているものの、基本設計は水晶時計に近しいものである────それが、ヒカリがこの時計を取り敢えず調べた結果だった。

 

 ……因みにリリィは今現在、突然奇行を行ったヒカリを見て困惑している様子だった。

 たまに素っ頓狂な事を言ったりする子ではあったが、いよいよおかしくなってしまったのだろうか……?リリィはそう思い、心配そうにヒカリを見つめる。

 そしてそんな心配の眼差しを向けられている事にも気付かぬまま、ヒカリはその時計について考察する。


 少なくともヒカリの記憶上、水晶時計が『ラレンティーヌの花園』内で出てきた描写はない。

 逆に、もう少し古い世代の時計が使われている描写はあったが────この違いは、果たしてなんなのだろうか?

 そして彼女は、再び熟考する。

 

(……やっぱり、何かおかしい気がする)

 

 ヒカリはこの世界に対する深い疑問を抱きつつも、しかし────


「…………まぁ、いっか」


 と、彼女はひとまずその謎を放棄するのだった。

 今は、無駄な事を考えている場合ではない。

 学園決闘大会の決勝戦────カリス王子との戦いが、幕を開けようとしているのだから。


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