第十四話「悪役令嬢と準決勝(2/2)」



 学園決闘大会、その準決勝────真っ先に行動を起こしたのはカイルだった。

 彼は背中から巨大な大剣を取り出し、そして早速ヒカリに切り掛かっていく。

 魔術が発展した世界に於いた世界────そしてその上で、貴族にしては珍しい武器による単純な攻撃。

 それがあまりにも意外だった為、ヒカリは思わず対応が遅れる。


「…………ッ」


 即座に氷壁を展開し、その攻撃を弾くヒカリ。

 しかし、その衝撃までは抑えきれずダメージを受ける。


(チュートリアルでは、魔術を用いていた筈なのに────)


 ヒカリと同様に、彼らもまた準決勝へと勝ち進む力を得た────それが本来の彼らの役割から、逸脱した類の力ではあろうとも、それは確かに立派な力である。


「リアちゃん────!」


「おっと、兄さんの邪魔はしないで貰おうか」


「っ────」


 ヒカリの援護に向かおうと試みるリリィ。

 だが、それを許すゲイルではなかった。

 彼もまた、魔術に頼らない力────腕に装着した、巨大なる凶爪にてリリィを妨害する。


 リリィは光弾で何とかゲイルを近づかせまいと反撃するも、その尽くがゲイルに躱され、そして弾かれる。

 貴族にあるまじき、圧倒的な身体能力────別に、この二人がヒカリとリリィに優っているわけではない。

 事実として武器に頼る物理的な戦い方は、魔術が発展した今では時代遅れのものとして消え去っていった。

 魔術の方が圧倒的な破壊力と、安定性を誇る────故に、その戦い方は不要の物として扱われていた。

 そもそも前提としてそう言った時代遅れの戦い方を、貴族は疎んでいる。


 故にヒカリとリリィは、今回の学園決闘大会には魔術を使う相手としか戦わないだろうと予測していた。

 カリス王子は例外として剣を取り出して戦うものの、あくまでも基本的な戦い方は魔術による物だ。

 魔術によって編み出された剣が凄いだけであって、彼自身の剣術は大した物ではない。


 要するにヒカリとリリィにとって、この兄弟の戦い方は完全に予想外のものだったのだ。

 まさかこの時代に於いて、武器と身体能力で勝負を仕掛けてくるとは────彼ら二人がここまで上り詰めてきたのも、その戦い方で対抗する貴族の意表をついてのものだったのだろうと予測される。


 邪道、卑怯、無作法────周りの貴族からは、そう称される戦い方。

 されども、カイルはその誹謗中傷を気にせずこの戦い方で勝ち上がってきた。


 周りから何と言われようとも、この戦い方は自分たちが編み出した力であり、これでもぎ取った勝利は紛れもなく自分たちの功績である。

 自分こそが、新たなる時代の幕開けを告げる者なのだと────!


「くっくっく、意表を突かれたようだな?グロウリア•ダークウィル────!」


「えぇそうね。でも、ちょっとびっくりしただけよ────それぐらいの出し物で、勝利を掴める気でいたの?」

 

 しかし、どれだけ小手先の技術で抗おうとも根本的な力量差までは覆せない。

 グロウリアが持つ潜在的な魔術的才能は、数百年に一度とも称えられる規格外の者────それの使い手が、この世界に於ける戦い方を熟知しているのなら尚の事。

 数多の氷柱が展開され、カイルに向けて降り注ぐ。

 カイルは大剣の大きさを利用して、それを盾に攻撃を防ぎ続ける────状況は、ヒカリの優勢であった。

 されど、全体的な局面で言えば追い込まれているとヒカリは考えている。


 本来自分の支援を担当する相方────リリィが今、ゲイルに追い込まれている。

 自分は何とか対応できているものの、リリィは物理の戦い方に対応できていない。

 ヒカリとリリィは、二人で共に在る状態から敵を一網打尽にする戦い方を主流としてきた────そしてその戦い方が、こうして分断された事で不可能となっている。


 そして、単純にゲイルの力量が凄まじいというのもあった。

 結局の所カイルは多くの努力は重ねていたものの、今まではただ単に相性差で勝っていたというのが大きい。

 それに対してゲイルは、完全に己の凶爪を自分の物として駆使していた。

 彼が秘めていた才能────それが偶々、覚醒していたのである。


 圧倒的な機動と共に繰り出される、凶爪の連撃。

 それは並大抵の者が使える技ではない。

 ゲイルのその戦い方は、達人の域にまで達している。

 リリィにその対応を任せるのは酷である。

 故に、ヒカリとしてはすぐにリリィを支援しに向かいたい所ではあったが────


「ぐ、はぁ、はぁ……長男であるこの僕を、無視してもらっちゃあ困るなぁ!」


「っ、しつこい────!」


 カイルという男は、決して強くはない────しかし、無視できる程弱くはない。

 その上彼は、尋常じゃない程に粘り強かった。

 彼の、イルー三兄弟としてのプライドがそうさせるのか────未だにカイルは膝をつける様子はなかった。

 最初はこの兄弟を甘く見積もっていたチャット欄の視聴者たちも、こいつら意外と強いぞと分かってからは兄弟を応援するコメントも増えてきた。

 ちょうど、今までのグロウリア無双には飽きていた頃合いだった────それ故、グロウリアたちを劣勢に追い込んだこの二人を讃える声は大きかった。

 

(この兄弟、意外と強い────!)


 ここまで来ると、認めざるを得ない。

 このどう考えても噛ませとしか思えなかった兄弟は、確かな強者である。

 このままでは、勝てない────この時点でのグロウリアのままでは、勝てない。


「────リリィ、もうちょっとだけ持ち堪えて!今、こいつを黙らせるから!」


「えぇ!?正直こっちはもう限界……でも、分かりました!リアちゃんがそう言うのなら!」


 リリィは今まさに、ゲイルに負けようとしている局面であった。

 こうして劣勢に追い込まれたのは、やはり体力と集中力の問題が大きい。

 動き回る戦い方に慣れているゲイルに対して、魔術の戦い方しか知らないリリィ。

 どちらの体力が先に尽きるかは明白だった。

 事実としてリリィは、今にも倒れてしまいそうな程に消耗している────自身の防衛に、魔力を使いすぎていたのだ。

 けれども、ここで持ち堪えれば確かにグロウリアが何とかしてくれる────リリィにはそういう、信仰にも近い彼女への信頼があった。

 故に彼女は、体力の限界を乗り越えてゲイルに立ち向かう。

 グロウリアがカイルを討ち倒す、その時まで。


「ほう、僕を黙らせると?言っておくが僕は、自分自身どうやったらこの俺は静かになるのかしらんと頭を傾げる程にやかましい男だぞ?僕をどうやって黙らせると言うのかな?」


「────こうやって、黙らせます!」


 ヒカリはそう言って、それを錬成する。

 それは遠い未来の話────王国を脅かす魔女と化したグロウリア•ダークウィル。

 これは、全てを呪う覚悟を決めた彼女が用いた氷の絶刀。

 本来この段階では存在しない筈のその武器を、ヒカリはその手で編み出していた。


「それは……それは、なんだ……?」


 カイルはその神秘的かつ、禍々しい気配を放つその武器を前に戸惑いを見せる。

 グロウリアの可能性────その最果てを、ヒカリは知識として既に知っている。

 そして知識として知っているのなら、再現も出来る。

 これは、そう考えたヒカリが決勝戦の為に取っておいた切り札。

 この時点でのグロウリアの力では、『ラレンティーヌの花園』内で実際に魔女グロウリアが作り出した刀の力────それを完全に再現する事はできない。

 しかし、本物に迫ろうとする偽物にはそれ相応の力がある。

 少なくともヒカリは、この状況を打破するだけの力はあるだろうと確信していた。

 

 遠い未来の魔女、グロウリアが用いたこの刀に名前はなかったが、今ヒカリがこの武器に名前を名付けるのなら────


(カリス王子が使う炎刃ヴァリリアスに対抗する為の武器だから……氷刀……グロウリア……グロリア……よし、決めた!)


 そして彼女は、即興で考えたその武器の名を告げる。


「これは……そう、氷刀グロリアスよ!」


「氷刀、グロリアス……他に良い名前は無かったのか?」


「っ……ええい黙らっしゃい!とにかくこれで────この戦いに、幕を下ろすわ!」


「はっ!やれるものならやってみると良い!剣を持つ者同士の一騎打ち────望むところじゃないか!」


 互いに武器を構え、間合いを詰め────そして、互いの持つ武器が衝突する。

 瞬間、広がるのは────互いを目視出来ない程に広がる、火花と氷の塵。

 それらに覆い隠され、とても目を開けていられる状態ではなくなる。

 されど、目の前の相手の姿は確認できずとも────カイルは確かに競り合っている感覚から、目の前に好敵手が居ると確信していた。

 それは恐らく、相手も同様であるだろうとカイルは考える。

 互いの純粋なる、力と力を込めた斬り合い────その中にカイルは、楽しみを見出していた。


 カリスの力が込められた、大剣の一撃。

 ヒカリの魔力が込められた、刀の一撃。

 互いの一撃が激突し、そして結果は────


「────はっ!この鍔迫り合い、僕の勝ちだッ!」


 そして、カリスは今勝ちを確信した。

 大剣の一撃で氷刀はボロボロに砕け散った────当然である。

 魔力が込められているとはいえ、氷で出来た武器の強度が強いわけがないのだ。

 鍔迫り合いになれば、大剣が勝つに決まっていた。

 だが────


「えぇそうね。鍔迫り合いでは貴方の勝ち────鍔迫り合いでは、の話だけど」


「なっ────」


 そしてカリスは────己の背後から聞こえた声に戸惑う。

 そう、鍔迫り合いの最中────ヒカリの姿は目の前から消え失せていたのだ。

 しかし、今確かに自分は鍔迫り合いを行っていたはずだ────互いに武器をぶつけていたというのに、目の前に武器を振るっていた相手は居なかった。

 この矛盾は、一体なんなのか?

 そしてヒカリは、敗者への哀れみとしてその矛盾に答えをもたらす。


「その刀……実は私が持ってなくても、勝手に動いてくれるの。便利だと思わない?」


 そう呟くと同時に、ヒカリは残された魔力の全てを用いて、巨大な氷塊を呼び出し────そして、カイルの肉体を押し潰した。


「ぐえぇ……」


 カイル自身に大怪我はないものの、自らの肉体を押し潰すこの氷塊をどかす事はできない。

 実質的に、カイルはここで敗退した事になる。


 氷刀グロリアス────その最大の特徴は、自立して行動するという事。

 遠隔で操作する事ができ、鍔迫り合いまで本人が居ない所で行ってくれる。

 幸いにも、氷刀グロリアスが削られる際に生じた、大量の火花と氷の塵が良い目眩しになってくれた。

 その間にヒカリはカイルの背後に回り込み、決め手となる特大級の氷塊を呼び出す事に成功したのだった。


「……兄さんが負けたか。って事はもう、俺に勝機は無いな……二人を相手に勝てる自信はない、降参だ」


 そう言ってゲイルは装着していた爪を外し、そして両手を挙げる。

 もはや彼に、戦う意思はない────そしてリリィは確かに、この状況まで持ち堪える事に成功していた。

 つまり、この戦いの結果は────


「……リアちゃん!私たちの勝ちだよ〜〜〜〜!!!!!」


「わっ!?」

 

 もう倒れてしまいたいぐらいに疲れているだろうに、リリィはヒカリに抱きつく。

 それ程までに、この戦いを勝利した事による達成感は大きかったのだった。

 事実として、戦いを終わらせた際に得た大量の経験値が、戦っていた相手がどれほど強大な存在なのかを物語っていた。

 ヒカリとリリィのレベルは、二人とも新たにスキルを会得できる程に上昇している。

 要するにこの戦いは、それだけのレベル差があった上での戦いだったのである。

 この経験値の入手量からして、10……いや、20レベルの差はあったのかもしれない。


「確かに……勝てて嬉しいかも」


 ひょっとしたらこの戦いは、後に控える決勝戦────カリス王子戦よりも困難なものだったのかもしれなかった。

 予定には無いイレギュラーである、イルー三兄弟……否、二兄弟との戦い。

 その戦いで勝利を収めた事による達成感をヒカリは、今はゆっくりとリリィと共に噛み締める事にしたのだった。

 

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