第十三話「悪役令嬢と準決勝(1/2)」
今までの試合の盛り上がりも凄まじいものがあったが、流石に準決勝の場にもなるとその格が変わってくる。
多くの観客が戦いの場を見下ろし、そしてこう思うのだ。
早く、戦いを見せろ。早くどちらかが勝つ姿を────そして、どちらかが負ける姿を見せろと願うのである。
そしてそんな中、初めの動揺は何処へやら────ヒカリは堂々とした様子で、リリィの手を取り入場するのだった。
単純に彼女は────慣れたのである。
これが本来のヒカリであれば慣れる前に観客を恨んでいただろうが、このヒカリは違うのである。
彼女は配信の盛り上がりを定期的に確認し、そして確信した。
このやり方は、間違いない。
確かに貧民のリリィと共に戦うという点に於いては、準決勝まで針が進んだ今となってもネチネチ言う者は少なくない。
だが、グロウリア•ダークウィルが準優勝まで進むまでの過程────その圧倒的な力に、魅せられた視聴者は少なくなかった。
それによってヒカリの内に、確かなる自信が芽生えたのだった。
「リアちゃん……準決勝も二人で、勝っちゃおう!」
「えぇ。二人で勝ち取りましょう────勝利を」
もはや二人にとっては、勝ちのビジョンしか見えない試合。
だがそこに、待ったをかけるように────三人組が立ち塞がったのだ。
「ふっふっふ、そう簡単に決勝まで駒を進められると思ったのか?甘い!さっき食べた砂糖菓子の何億倍も甘いと言わざるを得ないな────!」
「あ、貴方たちは────!」
そして────その男は、二人にとって見覚えのある人物であった。
具体的には、入学式の時の話。
そう、堂々と準決勝のこの場に足を踏み入れたのは────
「入学式でリリィに絡んでいた貴族……!」
「はっはっは、覚えていたとは感激だな、グロウリア•ダークウィル!そして僕の言葉も覚えていたかな?この恨み、いつか必ず晴らすと────そう!今が!その時!なのだ!!!!!」
およそもう二度と登場しないだろうと思われていた、入学式の時のチュートリアルモブ。
彼が再び、学園決闘大会の準決勝担当という形で現れたのである。
ヒカリは思わず、その事実に動揺してしまう。
別に彼らが脅威だと思ったからではない────ただ単純に、この世界の元となる『ラレンティーヌの花園』に於いて、彼らにはもう二度と出番が無かったはずだからである。
だというのに彼らが現れた理由────それは、一つしか考えられなかった。
それは────
(私が、彼らの運命を変えたのか────!)
相変わらず何故かゲーム内での二人組ではなく、更に一人を加えた三人組になっているのかは分からず仕舞いだったが────こうしてこの場に現れてしまった理由に関しては、察しがついていたのだった。
そう、それは本来ゲームではあり得ない挙動をもたらす者─────ヒカリという変数が介入した時のみ、起こり得る事象。
彼女の挙動次第では、この世界の筋書きは大きく変更される。
今回の場合は、ヒカリが入学式の際この貴族たちに恥をかかせた事────それが、この異常事態のキッカケとなった。
あの後、全力でグロウリアの事を見返してやると決意し、奮闘した彼は────ヒカリたちに負けない程の鍛錬を重ね、そして準決勝まで生き延びる程の変化を得たのである。
「そして名を名乗ろうか!あの時、僕たちは名乗る事すら許されなかったからな────出でよ、弟たち!」
そしてその貴族が指を鳴らすと同時に、彼の背後に控えていた二人の貴族が姿を見せる。
因みにいうと、隠れていたつもりではある様だったが、全然隠れられていなかった。
最初から彼らが控えている事は、ヒカリとリリィにも、視聴者にも、観客にも────この茶番を見せつけられている王にもバレバレだったのだ。
そしてのそのそと現れた彼らは、中央の貴族に合わせて各々よく分からないポーズを決める。
「配信勢の皆も、アーカイブ勢の皆も、僕らの名前を覚えて行くと良い────傲慢なる長男、カイル!」
そして最初に現れた貴族────カイルは堂々とそう宣言する。
「うぐ……嫉妬深き次男、ゲイル」
二番目に現れた貴族────ゲイルは、やや躊躇いを見せつつも名前を名乗る。
「…………」
そして三番目に現れた貴族は、名を名乗る事すらしなかった。
さっきからずっと目を閉じている辺り、もしかしたら眠っているのかもしれない。
皆が彼の名乗りを待つ静寂……未だかつて、これ程までに無駄な時間があっただろうか?
チャット欄では早く試合を見せろ、見るに耐えない恥ずかしさ、生き恥三兄弟などと、凄まじい言われ様であった。
「一向に名を名乗らぬ彼のためにも、僕が代わりに紹介しよう!なんかよく分からん末っ子────ネイル!そして────」
流石にこの状況はまずいと思ったのか、カイルが末っ子のネイルの代わりに名乗る。
そして、チュートリアル貴族の三人組は、最終的にこの様に名乗った。
「カイル!」
「ゲ、ゲイル……」
「………………ネイル」
「「「我ら────イルー三兄弟!」」」
どうやら先ほどから目を閉じている末っ子、ネイルはこのパートのセリフだけは覚えていた様だった。
イルー三兄弟は渾身の決めポーズと共に、自己紹介を済ませる。
「…………」
色々、言いたい事はある。
何その圧倒的なダサさとか……君たち、チュートリアル担当なのにそんなキャラ濃かったの?とか……ヒカリには、言いたい事がありすぎて仕方がなかった。
けれどもまぁ、それらの諸々を抑えてまで尋ねるべき事があった。
「あの、そもそもこれ……二人組ってルールなんだけど…………」
「…………」
そう、前提としてイルー三兄弟の出陣は、この大会のレギュレーションに則っていない。
単刀直入に言ってしまえば、思いっきりルール違反なのである。
そんな当然の疑問を────長男であるカイルは、あっさりと笑い飛ばした。
「……ふっふっふ、このカイルの権力を持ってすれば────ルールなど、容易く超えてしまえるのだ!貧民には分からない世界の話なのだよ、君ィ!」
渾身のキメ顔でそう言い放つカイル。
だが、次男のゲイルはそれに対して冷静だった。
「……おい兄さん、なんか審判がこっち来てるぞ?いくら準決勝まで上り詰めたとはいえ、やっぱり許されなかったんじゃないか?これ」
「ふっふっふ、審判如きが僕を止められるものか────うわ何をするやめ」
「…………眠い」
三兄弟は審判に呼び止められ、話し合う事になった。
そして、審議に次ぐ審議を重ねた結果────
「……んじゃ、俺はお昼寝って事で…………ぐぅ」
末っ子であるネイルはこの戦いに参加しない事となったのだった。
彼は眠りながらも自分の足で歩き、そして会場で市販されているポップコーンを寝言で購入し、それを片手に観客席に座るのだった。
まぁ、妥当な落とし所ではあるのだろうとヒカリは納得する。
別に三人相手でかかってこられても問題はなかったが、王子との戦いの前に無駄な体力は消費したくなかった。
楽に済むなら楽に済む分、ありがたいという話である。
「ふ、ふふ……ちょっとしたアクシデントはあったが、やるべき事は変わらない。元より我らは最近まで二人兄弟だったしな。この程度の罠────痛くも痒くもないぞ、グロウリア•ダークウィル!」
「……いや、そっちの自爆でしかないと思うのだけれど」
「関係ないね!これは貴様の陰謀だ、私がそう判断した」
ヒカリによる適切な指摘も難なく受け流すカイル。
カイルにとって、目の前に起きた出来事というものは常に自分に都合よく編纂され、記録される────故に彼は、本気でこれがグロウリアによる陰謀によるものだと思い込んでいるのだ。
「まぁともかく、貴様らの卑劣な罠に屈する我々ではない!我らが二人兄弟でも強いという事を、見せつけねばなるまい!いくぞゲイル!イルー三兄弟の名誉がヴァリーゼラ王国史に刻まれる時だ!」
「今まさに汚名を刻んでいる気がするがな……だが仕方がない、配信もされている様だし────俺たちでもやればできるって所を、見せつける時だ!」
そして、あまりにも胡乱な三人────否、二人組によるヒカリたちへの挑戦が始まったのだった。
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