第十話「悪役令嬢と大会への備え(1/2)」
そして、あれから数日の月日が経過し────いよいよ、学園決闘大会が始まろうとしていた。
学園中の皆は浮ついた様子で校内を駆け回っている。
それもその筈、この学園決闘大会はビジネスの場でもあるのだ。
なにせ────この決闘大会は、この国の国王も観戦するのだ。
それ程までにこの学園決闘大会は注目されているイベントなのである。
周囲の生徒が浮き足立つのも必然であると言えた。
貴族たちにとっては自分の家系をアピールする為の絶好の機会であり、そして貧民たちにとっては他の貴族に負けない部分を大衆の目に見せつける絶好の機会でもある。
いずれにせよ、特筆すべき点は大衆の目が集まる、という点だろう。
この状況に、乗らない理由がない────ヒカリは動画編集システムと睨めっこしながらそう考えていた。
動画の撮り溜めは既に十分過ぎるほど為されているものの、未だに投稿していない以上は無に等しい。
というのも、どの様な形でデビューしようか悩んでいたというのが大きい────グロウリアが配信を始めたというだけでも強い影響力を誇るだろう。
だからこそ、一番最初という大衆の目が最も集まりやすいタイミングで、掴みとして抜群のスタートダッシュを切って、興味半分で訪れた客層の視聴者を掴む必要があった。
故に────
「学園決闘大会こそが、配信者デビューを飾るのに相応しい……っていうわけよ」
「おぉ〜!でも良いんですかね?勝手に大会を中継する様な事しちゃって」
「良いのよ。この世界、そういうのがかなり雑だから……ルールが定められてない内は好き勝手やらせてもらいましょう」
『ラレンティーヌの花園』の配信システム周りの設定は、どれだけ拘り抜かれてるとしても結局の所ウケ狙いでのゲームの中の一要素でしかない。
故に、どれだけ世界観が拘り抜かれていようと、メタ的におかしな現実とは異なる価値観、世界観────常識が存在する形となってしまっている。
そしてわざわざそこを気にして、お利口さんぶっているのも楽しくは無い。
せっかく、グロウリアとして第二の人生を歩む事ができているんだ────目の前に転がったチャンスを掴んで、何が悪いという話であった。
「という事で、その……私と、タッグを組んでくれないかしら?」
ヒカリは恐る恐ると言った様子で、リリィに問いかける。
そう、この学園決闘大会はタッグを組まなければ参加できない────ぼっち殺しのイベントなのである。
案外原作のグロウリアも、友達ができずに参加できなかった為、学園決闘大会での出番が無かったのかもしれなかったなとヒカリは感じていた。
もしここでリリィに断られたら、また一から友達探しをしなければならなくなる────その手間を考えると、思わず気絶してしまいそうになる。
故に、ヒカリとしては極めて冷静を装いつつも、内心では凄く汗だくのまま彼女に問いかけるのだった。
「え?私たちがタッグを組む前提で話してたわけじゃなかったんですか?」
「え」
「え」
だが心配しなくとも、リリィは最初っからヒカリとタッグを組んでこの大会に参加するものと思っていた。
故に、ヒカリの考えは完全に杞憂だったのである。
「そ、そう……その…………ありがとう」
「はい!ありがとうが言えて偉いです!それに、こちらこそありがとうですから!」
「そ、そう?……うぅ」
やはりヒカリにとって、初めてのコミュニケーション相手がこの、圧倒的コミュニケーション強者であるリリィである、というのは中々に難しいものがあった。
いや、コミュニケーション自体は円滑に進んでいるものの、素直に感情を吐露し合う関係性は、やはりどこか照れ臭かったのである。
「まぁともかく、私と貴方の組み合わせならきっと上手くいくわ。上手くいけば、そこそこ良い所────準優勝までは行けると思う。デビュー配信としては、悪くない結果を残せるんじゃないかしら」
リリィの援護とグロウリアの攻撃────タッグのバランスとしては悪く無かった。
それに、ヒカリは『ラレンティーヌの花園』のシステムを完全に把握し切っている。
であるが故に、まず間違いなく好成績は残せるだろうと目論んでいたのである。
しかしそんなヒカリの発言に、リリィは一つ気になる所を見つけていた。
「……優勝は、目指さないんですか?」
「あー、それは……」
リリィに不思議そうな眼差しを向けられ、ヒカリは思わず言い淀んでしまう。
この学園決闘大会────その決勝戦には絶対に勝てないと、ヒカリは知っているのだ。
決勝戦であるカリス王子戦では、当時のステータスでは何をしようとも勝てない様に出来ている────要するに、負けイベというやつである。
ダメージを与える事自体はできるものの、それはあくまでもその後のイベントの為にそうできる様になっているだけの話だ。
学園決闘大会の負けイベント────その後の筋書きはこうだ。
カリス王子は主人公であるリリィと、彼女が選んだ男性キャラのペアを圧倒したものの、戦闘の際に傷を負ってしまう。
そしてこれが理由で、彼は全生徒の前で観戦していた国王に怒られるのだ。
そしてそこでリリィが王に物申す事で、カリス王子ルートのフラグが立つのだが……まぁその後の話は割愛しよう。
とにかく、決勝戦は負けイベントであるが故に勝てる見込みがない────ただ、それを彼女に伝えるのは難しいだろう。
故にヒカリは、やや曖昧な言い方で誤魔化すしかなかった。
「その……私にはちょっと、そういうのは無理だと思うから……」
「────」
────そして、リリィは再び勘違いをする事になる。
グロウリア────その中身のヒカリは、生前での人生経験が欠けているため、時折不安そうにする事があった。
故にリリィは、彼女は冷たい雰囲気で臆病な自分の心を閉ざしている、可哀想で可愛く儚い存在であると認識していたのである。
事実としてグロウリアの外見は、中身が変わって雰囲気も変わった事もあり、リリィのイメージする儚く愛らしい容貌に見えなくも無かった。
故にリリィは、私がグロウリアを守らねばという使命感に再び突き動かされるのだった。
「大丈夫です────私が、ついていますから!!!!!それに、リアちゃんならきっと大丈夫です!!!!!絶対、ぜーったいこの大会で優勝しましょう!!!!!」
彼女はいつぞやの図書室の時の様に────ヒカリの手を握り、そして近寄る。
ヒカリは壁に追い詰められ、そして至近距離のリリィにじっと見つめられる形となっていた。
「え、えっと……その、距離が近い……」
近い、あまりにも近すぎる────この圧倒的過ぎる至近距離に、ヒカリは軽くパニック状態に陥っていた。
実のところ彼女は、生前では発覚していなかっただけで照れ屋だったのかも知れなかった。
そしてリリィはそんなヒカリの発言も聞こえぬまま、更に距離を詰めて彼女を応援する。
全ては、彼女を元気にしたいという思い故の行いである。
無知故の残酷さとは、まさにこの事を指すのだろう。
「リアちゃん!なら!大丈夫です!!!!!リアちゃんの可愛さとカッコ良さと素晴らしさは、私が保証します!!!!!」
「〜〜〜〜!!!!!いや、それはもう分かったから!!!!!距離が近い!!!!!近いの!!!!!は〜な〜れ〜て〜〜〜〜〜!!!!!」
そして追い詰められたヒカリは、今までに出した事の無いような大声を放つ。
窮地こそが、人の底力を引き出すのである。
「あ!?えっと、すいません……でも、本当です!リアちゃんと私なら行けると思います!」
「そ、そう………………それじゃあ確かに、行ける気がするかも……?」
「はい!二人で一緒に頑張りましょう……!」
そして彼女は────今度は適切な距離感で、ヒカリの手を握る。
彼女の純粋な目線を受けながら、ヒカリはこの先の事をどうしようかと悩んでいた。
(やってしまった……優勝できるはずなんてないのに、優勝が目標になっちゃった……優勝できなかった時、リリィちゃん絶対悲しむよね……うぅ、頑張ろう)
彼女の純粋さが抱いた、不可能な目標────即ち、負けイベの攻略。
それを可能とする為の策を、ヒカリは今必死に練っていたのだった。
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