第十一話「悪役令嬢と大会への備え(2/2)」



 そして、学園決闘大会に向けた特訓が始まった。

 ひとまずは、大会の優勝が目的となる以上、負けイベントの概要を確認しておくべきだろう。


 負けイベントに於いてカリス王子は、3ターン毎にやや傷を負った程度の状態まで回復する。

 更にそれを3回程度繰り返し、そしてそのままカリスは奥義を用いて主人公たちを一掃する。

というのが、この負けイベントの内容だった。

 故に、回復ループの間に自らにバフを盛りまくり、相手が奥義を用いる最後の瞬間にトドメを刺す必要がある────というのが、ヒカリの考えであった。


「取り敢えず、私はどのスキルを取れば良いのかな?結構色々選択肢があるみたいだけど」


「うーん……リリィのスキル選びかぁ……」


『ラレンティーヌの花園』に於けるスキル選びはかなり重要である。

 スキルツリーの選択肢は非常に多く、そしてどの道を進むか次第で役割がだいぶ変わってくる。

 一度振り直した後は終盤にならなければ振り直しができない以上、慎重に選ぶ必要がある。

 今回の決闘大会に備えて割り振るのは勿論の事、今後の事も考えた割り振りが求められていた。


「うーん……やっぱりヒーラーになるかな。リリィにとっても向いてると思う?」


「ほんと?ふふっ、嬉しい。リアちゃんが怪我したら、すぐに治してあげるからね」


「うん、ありがとう」


 結局色々悩みはしたものの、一番汎用性の高いヒーラーを勧めるヒカリ。

 聖女の生まれ変わりという設定を持つリリエルにとって、それが一番適性がある為である。

 また、序盤は支援系のスキルしか所得できないものの、後半はとんでもない火力を誇るスキルが会得できる。

 最終的には一人でも戦える様になる為、長い目で見ればこちらを所得するのが得だろう。


 終盤まで一人でレベル上げするのが難しくはあるが、そこに至るまではきちんと勧めた者としての責任を持って、レベル上げに協力すれば良い話であった。

 

「とはいえ、まだこの段階ではレベル上げが出来ないのよね……」


 そう、カリス王子戦が負けイベント足る所以として、まだこの段階ではレベル上げが禁じられているというのがあった。

 この時点では一応、設定的には王国の外の草原などに出向く事ができるはずが、システム的にまだやるべき事があると表示されて出られないのだ。

 学園決闘大会前は、主人公は他の男性キャラクターとのフラグ乱立に励めねばならないのである。


「……?レベル上げに行きたければ、草原に向かえば良いんじゃない?」


「え?でも、この時点では行けないはずじゃ……」


 不思議そうに尋ねるリリィ。

 その表情はまさに、何を言っているんだこの人は────と言いたげなものだった。

 一方ヒカリは、何故その様な表情で見られる必要があるのか理解できず、首を傾げていた。


「…………?なんで?別に神に禁止されてるわけでもないし、行きたければ行けば良いと思うけど」


「────!」


 そしてヒカリは────その事実に気づく。

 そう、前提として今は────自由なのだ。

 ゲームを題材にして作られている世界であるとはいえ、わざわざゲームの筋書き通りに進む必要なんてない。

 こうしてグロウリアがリリィと仲良く喋りあっていたりしている今この現状が、まさにゲームの筋書きから逸脱しているのだ。

 であるのならば、レベル上げに関しても本来の筋書きに縛られる必要はない────チュートリアルを無視して、レベリングをしたって問題ないのだ。


「よし行こう!すぐ行こう草原に行こう!リリィ、早速行きましょう────これなら、優勝も夢じゃないわ!」


 そう、これなら優勝も夢ではない。

 カリス王子戦が負けイベ足る所以は、レベル上げが出来ないが故にHPを削りきれないという理由によるもの────そして今、その前提が覆された。

 これならば、負けイベ攻略の可能性も見えてくるのだ。


「って、どうしてそんな急に前向きに!?いや、リアちゃんが元気ならそれで嬉しいけどー!ちょっと待って〜!」


 そして突然元気を取り戻し、我先にと草原へと向かうヒカリを追いかけるリリィ。

 彼女にとっては、突然グロウリアがよく分からない心変わりを見せた様にしか思えなかった。



 ────────────



「はぁ、はぁ……その、まだレベリングするの?リアちゃん……流石にもう、疲れてきたような……」


 始まりの草原にして、今ヒカリとリリィはパーティーを組んでレベル上げを行っていた────常軌を逸した時間を、この草原で過ごしていた。

 ヒカリはまるで、敵が居る場所が分かるかの様にリリィを引き連れて草原を移動し、効率よく倒しては更に別の場所へと向かう。

 敵の再出現を察知し、これまたすぐにその場所へと向かう────その繰り返しによって、リリィはかなり疲弊していた。

 無論、ヒカリもまたゲームの時とは違い、移動の際に実際に体力を消耗する筈であったが、ゲーマーとしての意地で乗り切っていた。

 翌日、人生初めての筋肉痛に悩まされる事になるのだが、それはまた別の話である。

 

「大丈夫、まだまだ行ける────あと一時間でも二時間でも、作業用BGMとかあったら丸三日でもレベリングはできる……!」


「作業用BGM……?」


 グロウリアは時折、よく分からない事を言ったりする────これはリリィが彼女と一緒に居続けてきて学んだ事の一つである。

 おそらく、貴族である上に努力家であるが故に、色んな事を知っているのだろうと、彼女は自分の中でその事実に対して結論づけていた。

 彼女が、この世界の知識を有する転生者であることも知らずに。


「勉学については私が答えを教えてあげられるから……お願い、もう少しだけレベリングに付き合って……!」


「別にそっちは心配してないけど……リアちゃん、そろそろ日が暮れそうだし帰らないとまずいよ」


 そう言ってリリィは、お日様の方を指差す。

 空はもう時期暁月色への染まろうとしており、今日という一日の終わりを予期させていた。


「あぁ、そっか……タイムリミットがあるのか」


「…………?」


 ゲームのルールが異世界と化した事で変わり、得する場面があれば損する場面もある。

 異世界と化した事で自由に本来行けない場所、行いをする事が出来もするが────ダンジョンに無限に篭っていてもシナリオ上の時間に影響しないという、ゲーム的都合もまた無かったことになる。

 要するに、レベリング可能な時間に制限がついてしまっているのだ。


「うぅん、仕方ない……そろそろ帰ろっか」


「うん。その方が良いと思う────あ、リアちゃん。私、また一つスキルを手に入れたみたい」


 パーティーを組んでいると、同じパーティー内の味方が倒した敵の経験値が、戦闘に貢献していない自分自身にも入る。

 それ故に、いつの間にかレベルが上がっていたという事も少なくはない。

 リリィもその例に漏れず、いつの間にやらレベルが上がっており────そして、新たにスキルを会得した。


「魔力共有だってさ。これ、強いのかな?」


「────魔力共有!?それ、ほんと!?」


「え!?あ、うんほんとだけど!?」


 珍しく、ヒカリの方から距離を詰められリリィは動揺する

 普段、この様に突然距離を詰めるのはリリィの方だった────けれども、今回はその立場が逆転した形となる。


「魔力共有────それはその名の通り、互いに互いの魔力を共有できる限りなく便利なスキル……攻略中、何度そのスキルにお世話になった事か!こんな序盤で手に入るなんて、なんたる幸運……!よし、早速ちょっと試してみましょう!」


「え、あぁうん。それは良いんだけど……」


 早口で解説するヒカリを尻目に、ステータス画面で会得したスキルの詳細を確認するリリィ。

 なるほど、確かにヒカリの言う通り便利なスキルなのかもしれない。

 実際このスキルは、魔力を大量に行使する特定の攻略対象のルートを進む際には必須レベルものであり、『ラレンティーヌの花園』を遊んだ多くのプレイヤーがお世話になったスキルである。

 そしてこのスキルがあれば、短時間に魔力を大量に消耗するスキルを連発する事が出来る────故に、高いDPSを求められる負けイベカリス王子戦に於いても有効だ。

 ただ、そのスキルの特徴として────

 

「このスキル……手を繋がないと発動できないみたい」


「あ……」


 そういえば、そうだったとヒカリは気づく。

『ラレンティーヌの花園』はかなりクオリティの高い戦闘システムを有しているものの、結局のところ乙女ゲーなのである。

 随所随所に、乙女ゲーのプレイヤー層を意識した工夫が設けられている────そしてその内の一つが、魔力共有を使用する際に手を繋ぐというもの。

 そう、このスキルを使う際には共有相手と手を繋ぐ必要がある────そしてその演出の為だけに、イベントスチルが用意されているのだ。

 故に一部のプレイヤーは、魔力をあまり使わない攻略対象のルートを進んでいるというのに、無理をしてこのスキルを会得したり、しなかったりする。

 恋愛要素ではなく、シナリオやバトルに目をつけていたヒカリは使用する度に演出をスキップしていた為印象に残っていなかったが────ともかく、事実としてこのスキルを使用する為には、手を繋ぐ必要があるのだ。


「えっと……手、繋ごっか」


「う、うん……」


 リリィの方は、別に手を繋ぐ事に躊躇いはなかったが────一方で、ヒカリの方は何故だかそれに気恥ずかしさを感じていた。

 そして、二人の手は繋がれ、互いの指は絡み合う────ヒカリにとって友達と手を繋ぐというのは、フィクションの中での出来事だった。

 しかし今、それが実際に叶っている────そしてその空想を実現させたヒカリは…………


「う、うぅ……」


「手を繋ぐだけで、そこまで恥ずかしがらなくても良いのに……」


 ヒカリの顔は今、耳まで真っ赤になっていた。

 その様はまるで、愛し合う者に唇でも奪われたかの様────。


「…………守護らねば」


「……?えっと、何か言った……?」


「いや、なんでも!リアちゃんは可愛いなぁって、それだけ!」


「〜〜〜〜。うぅ……馬鹿……」


 そしてヒカリは耐えきれず手を離し、そしてポカポカとリリィを叩く。

 無論その攻撃に、何の痛みもない。

 ただの照れ隠しでしかない。

 あまりにも純粋で愛らしく────そして子供らしいその姿にリリィは、この子はやはり自分が守らねば……と強く決意を抱くのだった。

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