第八話「第一王子とその受難(2/3)」
ヴァリーゼラ王国────その王宮。
天高く聳え立つその要塞は、圧倒的な圧を国中に放つ。
清廉な白に華美な金の装飾────清らかな色合いであるはずなのに、何処となく悍ましさすら感じる美しさ。
どことなく基本的なデザインは教会や聖堂を彷彿とさせるものの、それを上書きするかの様に下世話な成金趣味な飾り付けが施されている。
そんな王宮に於いて最も豪勢な空間は、それ即ち────王の間である。
王の間に続く回廊は凄まじい長さを誇っており、そこに続く赤いカーペットを踏み締めながらカリス王子はこう思う。
この豪勢さは、自分に与えられた責任そのものである────と。
貧民が手にすれば一生暮らしていけるほどの金が、躊躇いを塗りつぶされたかのように容赦なく使い潰された空間────何度訪れても、この背徳感にも似た感覚は収まらなかった。
長い、長い回廊を進み────そして、カリス王子は扉を開ける。
ギィ……という軋むような音を立てて、扉は開く。
それは────この世の贅沢を形にしたかのような空間。
まるで、部屋の主人の虚栄心が現れているかのような空間だった。
とにかく、金!金!金!
眩ゆい程に煌めく金の装飾。
その贅沢さから、この王国が紡いできた過去────ヴァリーゼラの一族が手にしてきた数々の栄光を、嫌でも思い知らされる。
そう、自分はいずれこの場所を継ぐのだ────であるのならば、この部屋に相応しい男でなければならない。
そう、彼の様に────カリス王子はそう思い、玉座の方を見る。
数多の兵士を従え、無駄に高く豪勢な玉座から見下ろす男性。
それは、カリス王子の父親────即ち、このヴァリーゼラ王国の国王。
「カリス•ヴァリーゼラ……ここに」
カリスはこうべを垂れ、そして王の言葉を待つ。
王族である以上、そこに親子としての会話はない。
あるのはただ、理想を背負うための責任のみ。
重い沈黙が広がる中、王はゆっくりと口を開く。
「……ヴァリーゼラを名乗るでない」
「…………どういう、意味でしょうか?」
「お前に、ヴァリーゼラを名乗る資格など無いと言っている」
「…………」
そして、自らの子に対する王の言葉は厳しかった。
昔から王はずっと、息子に対して厳しく育ててきた────けれども今回に関しては、何故自分が怒られているのか、カリス王子は理解できずに居た。
そしてその理由を、王は自ら語る。
「お前は今日────賊に襲われたな?」
「……はい、その通りです。ですが、傷一つつけられておりま────」
「戯け者めが!賊に襲われる時点で未熟だと言っている!」
そう激昂して、王は手元にあったワイングラスをカリス王子に向けて投げつける。
砕け散ったカケラはカリス王子の服に刺さる────もう、慣れている事だ。
もはやカリス王子は、この程度では動揺しないようになっていた。
「我であったら、我であったらもっと上手くやれていた!我であれば────盗賊に襲われる事すら無かっただろうよ!」
「…………」
「我であればその威光に賊は自ら平伏し、首を捧げていた!であるのにお前はなんなんだ!?賊に命を狙われるなど、即ちお前という存在が侮られている事に他ならない!お前は、ヴァリーゼラの面汚しだッ!今後は我の前でその名を名乗るな!良いな!?」
「…………はい、肝に命じておきます」
「ふぅ……全く、これだから子供というものは……」
「…………」
一応言っておくと、この王は最初からこの様な性格だったわけではない。
厳しくはあったが、それなりに家族に対する情もあった。
そしてその態度に相応しい、実績と能力があった
しかし彼の妻────即ちこの国の王妃は、病に罹患して突然亡くなってしまった。
その事実が、彼の精神を大きく蝕んだのだ。
妻が亡くなった事が、ではない。
人が病によって呆気なく命を終える、その事実にである。
自分もいずれ、この様に終わってしまうのだろうか────まだまだ、やりたい事は尽きない。
まだまだ、自分の威厳を世界に知らしめ切れていない────だというのに、こんなにも呆気なく命は終わるのか?
やがて彼は必要以上に、病というものを恐れる様になった。
ありとあらゆる方法を試し、ありとあらゆる伝承を試し、ありとあらゆる薬を試した。
そしてその結果────彼は病に罹患した。
運命とは、非常に残酷なものである────そして無知もまた、残酷なものであった。
まだ衛生観念や医療の正しい知識が存在しないこの時代に於いて、流布されている医療関連の情報の悉くは嘘偽りのものである。
彼はその嘘偽りの伝承に、まんまと騙され────そして、体を壊してしまった。
あれだけ病を恐れていたというのに、死神は嘲笑うように彼に迫り来る。
その寿命は、保って半年だろう────医者にそう囁かれる様になり、彼は大きく心を揺さぶられる様になる。
せめて、何か残さねばならない。
そして、自分の後を継ぐのは愚鈍なる己の子である────自分の方が優れているというのに、自分より劣っている息子に道を譲らざるを得ない屈辱!
彼の気性は、日に日に荒くなっていったのであった。
「だがしかし、悔しいであろうな……王子でなければ、貴様に意味などない!価値などない!存在意義などありはしない!等身大のお前自身になど────誰も、何の興味も関心もない!」
「……っ」
「この世では立場こそが絶対である!王という、圧倒的な立場!故に貴様も、その立場に見合う完璧な男でなければならなかった!貴様は、完璧であり続けなければならない、だというのに────!」
王は拳を震わせ、そして────近くに立っていた兵士に、こう命じた。
「おい、そこのお前────持っている剣を寄越せ!」
「え、しかし……」
「いいからとっとと寄越すんだ!」
「は、はい……!」
兵士も流石に躊躇いはしたものの、それでも────立場という壁には、敵わない。
兵士は慌てて、自らの腰に構えていた剣を王に渡す。
王はそれを受け取り、玉座を降りて、そして────
「────」
そして────カリス王子に、剣を向ける。
「ヴァリーゼラでなくなったお前に、もはや存在意義などない────ここで、首を差し出せ」
「…………」
────それは、事実上の処刑宣告だった。
流石に長い間彼に怒鳴られ続けてきたカリス王子でも、これは初めての経験である。
けれども────第一王子であった以上、これは当然なのだろうと思っていた。
否、違う。
これが当然だと思っていなければ────ずっと前に、気が狂っていた。
これが当然の責務だと、そう自分に言い聞かせなければ────今まで、血も滲む様な鍛錬を続ける事はできなかった。
「────はい、仰せのままに」
だからこれも────きっと、当然の事なのだ。
そう思い、カリス王子は運命を受け入れる事にした。
「お前など、お前など────!!!!」
そして、王は剣を振り上げ────。
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