第七話「第一王子とその受難(1/3)」



 カリス•ヴァリーゼラは第一王子である。

 この王国における、未来の王である。

 だがしかし、そんな彼の周囲に常に護衛が居るわけではない────彼の父である王の判断によって、護衛をつけるべきでは無いと判断されたのだ。

 この国の王族たるもの、降りかかる火の粉は自分の手で振り払うべし────それが王による教育だった。


 故にカリス•ヴァリーゼラはそれに倣う。

 彼は王城へと戻る際────そして、何者かに追跡されている事に気づいた。


(…………)


 気配は微小ながらも、確かに背後を着いてきている。

 ただの追っかけの可能性もあるが────しかし、念には念をだ。

 彼は自ら一通りの少ない路地に入り、そして────


「出てこい────用があるならさっさと済ませると良い」


 そして────追手を誘い出した。

 どうやら自分は、誘い込まれていたらしい────その事実に気づいた追手は、自ら姿を現した。

 そしてカリス王子は少し驚いた────それは、追手があまりにも小柄だった為である。

 薄汚い外套に身を包んでいるが故に、その全貌は窺い知れないが────あまり、満足に食事を摂れているとは思えなかった。


 だがしかし────それが、自分を狙う賊の類である事には変わらない。

 その賊は短刀を取り出し、そして────


「────!」


 ────跳躍した。

 賊は壁を蹴り、そして空中から王子の動きを止める為攻撃を仕掛ける。

 その挙動から、王子は間違いなくこの者は戦い慣れていると判断。

 故に────一切の躊躇いは必要ない。


 王子は己が手を翳し、その言葉を告げる。


「燃え盛れ、紅蓮の炎よ」

 

「ッ!?」


 そして、目の前の空間に火炎が生じた。

 全てを飲み込むが如く燃え盛るそれは、空中に居た賊に命中する────だが、賊とてこの状況を予測できなかったわけではない。

 その外套に炎の対処を任せ、そして賊はそのまま外套を脱ぎ捨てる。

 攻撃の勢いは止まぬまま、賊の短刀は王子を突き刺そうとし────


「────甘い」


「なっ────」

 

 ────そして、それは失敗した。

 賊にとってそれは、とても不思議な光景だっただろう。

 何も持っていなかったかの様に思えた、王子の手のひら────そこには、真紅に煌めく剣が握られていた。

 それこそは、王子が編み出した大魔術────炎刃ヴァリリアス。

 いつでもそれを編み出す事で、無から剣を作り出す不可解なる術式。

 ヴァリーゼラの血を引く彼は、優れた魔術の才を有しており────そしてそれ以上に、彼は研鑽を続けてきた。

 賊が有していた技術力は、確かに凄まじいものがあった。

 たとえどれほどの護衛に囲まれている相手だとしても、的確に殺し抜く事ができただろう。

 だが不幸な事に、相手はカリス•ヴァリーゼラだ。

 彼は己の力だけで、百の護衛に勝る力を有している。

 この程度の不意打ちで、倒せる相手ではないのだ。


「────ッ!」


 だが、だからといって賊は引くわけにはいかなかった。

 その賊に、生きる余裕などありはしない────もはや、後には引けない状況なのだ。

 この王国の政治が生んだ闇────賊は、その闇の被害者である。

 であるが故に、紅蓮の覇王たるカリスに立ち向かうのに躊躇いはなかった。


 賊は弾かれた短刀が、地に落ちる前に拾い上げ────そして、炎刃と斬り合う。

 だが、ただの鈍らと覇王の武装では比べ物にならなかった。


 短刀は砕け散り、そして炎刃は賊の肩に振るわれる。


「ぐ、ぁ────!」


 瞬間、広がったのは燃える様な苦しみ。

 否、事実燃えているのだろう。

 傷口の内側が、火傷している────その刺す様な苦しみに、賊はもがき苦しんでいた。

 その賊は、今更ながらに気づいた────カリス王子が秘めているその力は、明らかに異常である。

 ただの王子でありながら、英雄をも超えた圧倒的な力────あまりにも、釣り合っていない。

 だって、あまりにも恵まれすぎている。

 その事実に、眩しい現実に照らされ────そして、賊の憎悪は刺激された。


「ぐ、うぁぁぁぁあ!」


「っ、まだやるのか────!」


 もはや武器もなく、余裕もなく、ただあるのは燃ゆる苦しみだけ。

 だというのに賊は、カリス王子に喰らいつく。

 もはやその賊に、それ以外の選択肢は残されていないが故に────!


 一方カリス王子は、思わず動揺する。

 その賊が見せる圧倒的な執念────見苦しくも浅ましくもあり、そして何処か輝いているそれは、彼にとって凄まじく縁遠いものであった。

 であるが故に、それに対して何処か恐ろしさの様なものを感じたのである。

 であるが故に、それに対して全力で対応する────。


「炎刃ヴァリリアスよ────業火の波で、一切合切を焼き払え!」


 彼の命令に対して、炎刃が応える。

 そして────路地裏は、炎の波に飲まれた。

 カリス王子を中心に、燃え広がる紅蓮の波────もはや、地に足をつけられる場所などどこにもありはしない。

 ありとあらゆる大地は、全て彼の領域だ。

 だがしかし、賊はそれでも尚抗う────己に課されていた、運命に抗う。


「うぁぁぁぁああああ!!!!」


 賊は燃え朽ちる足を駆使して、再び壁を蹴り跳躍する。

 二度目の跳躍────二度目の、空中からの奇襲。

 だが、甘い。

 一度目は通用すらしなかった一撃────二度目に至っては、放たれる事すらなかった。


「────これで、終わりだ」


「ぁ…………」


 カリス王子もまた、賊と似た様な挙動で宙を駆け────そして、賊の首元に手刀をぶつける。

 それで、この戦いは終わりを迎えた。

 その手刀で意識を失った賊は地に落ち、そして倒れる。

 いつの間にやら路地裏に広がっていた炎は姿を消し、そしてまた彼の手に握られていた炎刃も姿を消した。


 その場に戦いの痕跡は残されなかった。

 残されたのは、ただ二人の人物のみ────ただそれでも尚、勝者と敗者という格付けは為されている。

 カリス王子はゆっくりと、倒れている賊へと近づく。

 単純に、自分にここまで歯向かうことが出来た相手がどの様な人物なのか、興味が湧いたのだ。

 あれほどの技術力を有するものなど、この王国の中でも数えられる程度しか居ないだろう。

 単純な力で言えば王国騎士の方が何倍も優れてはいるものの、ただ殺す為だけに洗練されたその技術は、凄まじいものがある。

 これが自分ではなく弟たちであれば、容易に殺せていたに違いない。

 それ故に、好奇心からその素顔を確かめようとしたのだ。

 

 思えば戦っている時は、賊の動きが機敏すぎて姿が良く確認できていなかった────改めて彼は、賊の顔を確認する。


「────…………」


 ────そして、確認した賊の顔は少女のそれだった。

 まだ年端の行かぬ少女……その顔には何度も殴られた跡があり、その壮絶な人生を思わせる。

 そんな少女が、生きる為に懸命に編み出した技術────それが、先ほどの殺人術だったのだ。


「…………っ」


 思わず、惜しいと思ってしまった心を捨て去る。

 その心は、王子たる自分にとっては邪魔なものだった。

 全ての責任を背負うべき彼にとっては、邪魔なものでしかなかった。

 

「貧民に価値などない……殺す価値も、ありはしない」


 そう言ってカリス王子は、少女を捕えることはせずその場から立ち去る。

 その心は酷く、落ち込んでいた。

 自分が信じていた理想────ずっと前からそれに密かに抱いていた疑念が、形を成して飲み込んで来そうな感覚がして、恐ろしかったのである。

 

(そう。全ての責任を背負うのは、この俺だけで十分なんだ……)


 半ば自分に言い聞かせる様な形で、カリス王子はその様な事を思い────そして、王城へと向かった。


 

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