第六話「悪役令嬢とお昼ご飯」
そしてとある日の昼下がり────期末テストも終わりを迎えた頃の話。
勉強会の成果もあって、リリィもヒカリも中々の好成績を残す事ができた。
グロウリアは好成績を残して当然と周りに見做されていた事もあり、特にその件については何も言われていなかったものの、リリィが好成績を残した点に関しては大いに話題を集めた。
期末テスト直前にグロウリアの部屋に何度も通っていた事実もあり、もうすっかりリリィはグロウリアの手駒であると見做されるようになっていたのである。
リリィがグロウリアの犬だとか、その様に評されるのは気に食わなかったけれども、リリィに手を出せばグロウリアを敵に回す事になる────その印象が周囲に根付いた事に関しては、まぁ良い事なのだろうとヒカリは感じていた。
そして今ヒカリは、中庭の椅子に座って食事を摂っていた。
────そう、一人でである。
普段ならリリィと共に食卓を囲むものの、今彼女は用事がある様で共に食事を済ませる事ができない。
それに、食事場は期末テスト云々の話題で盛り上がっていて、中々居心地が悪い────であるが故に、こうして誰も居なさそうな場所を見繕って、食事を摂っていたのである。
「…………」
寂しくないと言えば嘘になる。
あれ以降彼女は、未だにリリィ以外の友達を作れずに居る────最初はそれで良いと思っていたものの、彼女が居ない時、自分はとても孤独であると気づいたのである。
元より、ヒカリという人間にコミュニケーション能力やら、その辺りの経験が欠けているというのもあるが、グロウリア•ダークウィルという立場が問題なのである。
凍てつく氷として例えられる彼女に対して、打算なしで交友を深めようとする相手など、リリィ以外に誰もいやしない。
それ故に、自分から話しかけられないヒカリが、誰にも話しかけてもらえないグロウリアの体を使っている以上、こうなるのはある種必然であると言えた。
(うん……グロウリアが病むのも分かるな、これは)
スピンオフ小説の内容から察するに、彼女には生まれてから一度も友達というものが出来ていなかった。
唯一両親だけが心の拠り所ではあったものの、没落した影響で自殺してしまったという過去を持つ。
それ故に、一人で家を建て直す為に奮闘したグロウリアに友愛に励む時間などなかったのだ。
立場的にも、精神的にも余裕がない────だからといって原作での行いが許されるわけではないけれど。多少同情の余地がある敵として描かれているのは間違いなかった。
もし仮に、心の内を語り合える友が居たのであれば────あの様な末路を辿らずに済んだのかもしれない。
そして今まさに自分自身が、その末路を変える為に存在するのかもしれない────そんな事を考えながら、彼女は食事を終える。
「……うん、もう食べ終わったし戻ろ」
彼女がそう呟き、席を立とうとした時────中庭に、とある人物が現れた。
それは彼女にとっては、珍しく顔と名前の区別が付く人物────即ち、『ラレンティーヌの花園』に於けるネームドキャラ。
即ち、その人物とは────
「げ……」
「婚約破棄の相手と出会って不快になる気持ちは分かるが、げ……はないだろう。俺は第一王子だぞ?」
ヴァリーゼラ王国の第一王子。
カリス•ヴァリーゼラ────彼もまた、食事を摂る場所を見繕う為にこの中庭に訪れたのだった。
一応訂正しておくと、ヒカリがげ……と思わず言ってしまったのは、カリス王子の事が嫌いだからではない。
むしろ、原作の中でも中々に好みのキャラクターではあった……けれども、今は彼に対して負い目がある。
彼の運命の相手である、リリィを自分の手元に置いてしまった事の負い目である。
彼からすれば何の話なのか分からないだろうけれど、カリス王子の孤独を拭える相手は、リリィしか居ないことをヒカリは知っていた。
故に、こうしてあまり顔を合わせたくない相手として数えられていたのである。
それに、単純に気不味いというのもあった。
実は婚約破棄以降、カリス王子とヒカリは出会っていない────であるが故に、空気はあの時の続きのままだ。
本来憩いの場である筈の中庭に、剣呑な空気が広がる。
重い、重い沈黙。
そんな中、先に口を開いたのはカリス王子の方だった。
「最近、貧民と交友を深めている様だが……問題ないのか?」
「……?というと?」
「そんな余裕があるのかと聞いている────そろそろ、学園決闘大会があるだろう」
「あぁ……そっか、そういえばそれがあるんだった」
「…………」
学園決闘大会────それはこの学園に於ける、春のビックイベント。
立候補した生達が各々の判断でペアを組み、そしてトーナメントを勝ち上がっていく戦い。
自らの威を示す為にも、多くの貴族達が参加する────それ故、カリス王子とグロウリアにとっては参加する前提の様な大会である。
主人公であるリリエルは、ここで気になる攻略対象を選んで一緒にトーナメントを勝ち上がるのだが……そういえば、この戦いでのグロウリアの描写は無かったなとヒカリは気づく。
知らない間にトーナメント中に敗れていたのかもしれなかった。
「これぐらいの事を失念するなど、お前らしくもないな……本当に、お前らしくない」
「…………」
ひょっとすると彼は────婚約破棄した相手の事を、気にかけているのかもしれないとヒカリは気づく。
こう見えてカリス王子は、攻略対象のうち一人に含まれている事はあって根は善良な人間なのである。
グロウリアの様子を気にするのも、彼の不器用な優しさ故なのかもしれない。
「貧民と関わっているからそうなる。貧民に情を持つべきではない……お前もあの子供らしすぎる女とは縁を切る事だ」
「────」
だが、それはそれとしてリリィの悪口は受け入れられない。
ヒカリは彼のバックボーンを知っている以上、別にそれがリリィに対する特別な悪意があるわけではないと気づいているのだが────それはそれとして、何故だか妙に不快な気持ちにさせられたのだった。
「別に……自分の交友関係ぐらい、自分で決めるわ。それに、あの子をただの貧民だと思っていると足を掬われるわよ」
「はっ、どうだか……」
「どうだかも何も、あの子は他の貴族には無いものを持っている────少なくとも私は、それを確信しているの」
「…………」
そう言ったヒカリの目が、あまりにも真剣だったからだろう。
カリスはリリィの事を茶化す事をやめ、そして口を閉じる。
どうやらグロウリアは、相当リリエルの事を気に入っているらしい────それぐらいの事は、彼でも理解できた。
しかし、それでも彼には譲れないポリシーがある。
自分の意見を曲げる事など、許されなかった。
「そうか……だが残念ながらそれはあり得ない。貧民が貴族を覆す事など、あってはならないのだ」
「…………」
そう言ってカリス王子は、早々に食事を済ませ中庭から立ち去っていった。
そしてその場には、ヒカリだけが取り残される────彼女は立ち去るカリス王子の背中を見て、何処となく哀愁を感じていた。
何故ならば、ヒカリは既に知っているからだ。
彼もまた、一つの苦しみを背負っている事を────
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