第五話「悪役令嬢と動画編集」



 そして、あれから数日の月日が経過した。

 学園生活は滞りなく進んでおり、予めこの学園の授業内容を把握しているヒカリにとって、なんの支障も生じ得なかった。

 むしろ彼女は、時折部屋を訪れるリリィに対して勉学を教える立場にすらなっていた。


「うぅ、いつもすいません……恩を返す立場なのに、私が逆に助けられちゃってて」


「問題ないわ。それに……私も貴方に、読み書きを教えてもらってるのだから」


 そして今、4月末のテストに備え二人で勉強会を行っている。

 最初こそ貴族寮では、貧民であるリリィが時折訪れる事に対して良からぬ感情を抱くものも多かったが、ヒカリがその都度に黙らせてきた事もあり、今では暖かく見守られている。

 リリィのその善良な人柄もあってか、いつしか彼女は貴族寮の者にも受け入れられる形となっていた。

 友達と言えるほど仲が深まっているわけではないけれど、顔を合わせたら少し挨拶をする程度の間柄にはなれているようだったー


 ……一方ヒカリは、根本的に臆病なのもあり誰一人として知り合いを作れていない。

 そもそも彼女は、沢山人が居るという状況に慣れていないのだ。

 入学式で生徒が集まった時は、人が多すぎて気絶しそうになったぐらいである。

 それに、モブの顔を覚える力が欠けていた為────ネームドキャラはともかく、それ以外の生徒を未だによく認識できていない。

 それ故に、彼女が未だに知り合いを作れていないのも必然であった。


 とはいえ、それでも交友関係は一つあれば十分であると、ヒカリは考えている。

 何故なら────。


「ふふ、学園生活……最初はどうなるかと思ってたけど、結構楽しいですね────リアちゃん」


「そうね……私もそう思うわ、リリィ」


 グロウリアから切り取って、リア。

 リリエルのリリをもじって、リリィ。

 いつしか彼女は、自然とあだ名で呼び合う程の間柄になっていた。

 一般的なそれよりも深い友情────たった一つ、親友さえいれば問題ないだろうとヒカリは考える。

 事実として、ここ最近の生活は非常に充実している。

 勉学は思いの外楽しいし、知っているはずの世界なのに────実際に色々経験してみるのとでは、やはり色々得られるものが違う。

 毎日が新しい驚きと発見で満ち溢れていた。

 けれど…………。


(本来はこの立ち位置に、カリス王子が収まる筈なんだけどなぁ……)


 リリィとカリス王子が二人で協力し合い、完全な悪と化したグロウリアと決着をつける────王道ながらも面白いあのシナリオに魅了されたユーザーの一人としては、ヒカリはやや少し複雑な気分であった。

 こうしてリリィと楽しむ生活も悪くないけれど、なんだかカリス王子の立ち位置を奪ってしまった様で、なんとも言えない罪悪感があったのである。

 けれど、まぁ…………。


(……楽しかったらいっか!)


 今のヒカリは、かなり前向きであった。

 まるで、絶望とかそういう感情を置き忘れてしまったかの様。

 彼女が別世界でここまでエンジョイ出来ていたのは、その性格によるものでもあった。


「そういえばリアちゃん。その……配信助手?って結局、何をすれば良いの?前はその話をして終わったよね」


「え?あー……そういえば説明してなかったっけ。じゃあ、一から説明するわね」


 そう────リリィは今、グロウリアの配信助手という立ち位置に居る。

 何故彼女がその立場を引き受ける事になったのか────それはリリィが、恩返しには読み書きでは足りないから、リアがやりたい事をなんでも手伝わせて欲しい。

 と、提案した事がキッカケとなる。

 当然それを当初は断っていたヒカリではあったが、彼女の熱意に根負けする。

 そして、この世界に来てやりたかった事────その代表である、配信活動の助手を彼女に手伝わせようと考えたのだった。


「そう、配信活動────この世界に於いてはまだそこまで広がってない文化だけど、いずれとんでもない影響力を持つ様になるわ。私には、分かるの」


「なるほど……?」


 この世界に於いて、まだ配信活動というものはそこまで一般的な文化ではなかった。

 貴族貧民関わらず、それを閲覧する事自体はできるものの────それを上手く利用してみようという文化が、あまり生まれていなかったのである。

 しかし、それでもリリィは彼女の言葉を信じていた。

 

 何度も、何度も何度も『ラレンティーヌの花園』を遊んだヒカリは、時折半ば未来視じみた行動を行う事がある。

 誰かがトラブルを起こせば、事前にそれが分かっていたかの様にそれを解決する────既にそれを知っていたのだから、対応できて当然ではあるものの、そんな姿を身近で何度も見てきたリリィは彼女を英雄的存在であると認識する様になっていた。

 そんな彼女がそう言うのなら、まぁそうなのだろうと受け入れていたのである。


「でも、それはそれとして配信活動って、今後本当に主流になるのかな?あんまり聞かない話だけど……」


 だがしかし、あまり信憑性のない話なのも確かではあった。

 であるが故に、リリィは取り敢えず念の為彼女に尋ねてみる事にした。

 ────それが、ヒカリの面倒くさい部分を刺激すると知らずに。


「ふっふっふ……ラレ花の配信システムを舐めないで!ちゃんと自分で上手く動画編集と投稿とかしてコツコツ客層を増やしていけば、クオリティ次第で一度の配信で一気に育成ポイントが貰えるんだから!後半はもう、配信つけずにダンジョンに行くのがバカらしくなってくるわよ!」


「な、なるほど……?」


 そしてヒカリは、突然早口で饒舌に語り始める。

 けれどもまぁ、それも無理のない事である────『ラレンティーヌの花園』の配信システムは、本当に乙女ゲームの要素の一つとは思えないぐらい作り込まれているのである。

 編集機能は普通に実用性があるレベルで拘り抜かれており、このゲームで培ったノウハウを活かす為に、動画投稿者として活動を始めた大手配信者も無数に存在する程である。

 故に、『ラレンティーヌの花園』の熱狂的なファンである彼女が、熱く語り出すのもまた必然なのであった。


「は、はぁ……えっと、その……リアちゃんの為にも頑張ります!」


 そして数十分にも渡るヒカリの熱弁を聞いて、ある程度その熱い思いは伝わった為、リリィは取り敢えず頑張って見る事にしたのだった。


「よろしい……!取り敢えずは自己紹介動画を作る所から始めましょうか。リリィには、動画編集を任せたいの」


「動画編集、ですか?」


「えぇ。最初は難しいと感じるかもしれないけど、慣れれば簡単だから……私がゆっくり教えてあげるね」


 そして彼女は、空間に半透明のウィンドウを開く。

 それは、配信活動に於いて必須とも言えるべき、ステータスウィンドウだった。

 そこを通じて、動画の編集や投稿、配信の開始などを行うのである。


「取り敢えず素材は昨日の時点で用意しておいたから、受け取ってね。これを貴方の所で編集してみましょう」


「はい、分かりました!」


 そしてリリィもまたそのウィンドウを開き、そして互いにやり取りを済ませ素材の受け渡しが完了する。

 リリィは早速ヒカリの指示通り、編集ソフトを開き────初めての動画編集に挑戦するのだった。


 

 ────────────


 

「うーん、まぁ及第点ね……でもまぁ取り敢えずは、これで基本的な使い方はマスターできたはず。後は、そうね……わりとこの世界の配信システムって雑だから、適当にエフェクトを盛るだけでポイントになるの。取り敢えずここにも足しましょう」


「この世界……?よく分からないけど、はい!付け足しとくね!」


 動画のカット編集、SEやBGMを付け足したり、字幕を入れてみたり。

 取り敢えずヒカリは、リリィに基本的な動作を学ばせていった。

 リリィは最初、喋ってる人の声に合わせて字幕を入れたり消したりと、調整する作業が思ったより面倒だったり、どれぐらいの長さが良いのか分からなくて翻弄されていたものの、最終的には一本のクオリティの高い動画が出来上がっていた。


「けれどリアちゃん、本当に動画編集に詳しいね……実は趣味でやってたの?」


「えぇっと、まぁ……そんな所かな?」


 実は何度もこの世界を舞台にしたゲームを遊んでて、それで動画編集のスキルを身につけました────とは言えず、ヒカリはその辺りを誤魔化す事にする。


「けど本当に、リアちゃん動画編集に詳しい……これなら、リアちゃん一人でも大丈夫じゃない?私が、必要ない様な……」

 

「いや、それに関しては……その……」


 そしてヒカリは、少し照れ臭そうにこう言った。


「その……リリィと一緒に活動できるのが、楽しくて……」


「────」


 ────それが、少女の偽りならざる本音。

 ただ、リリィと一緒に楽しい事がしたい────それが、ヒカリがリリィを配信助手にした理由だった。

 

「……ふふっ、なるほど。わかりました!私、頑張りますね!」


「うん……よろしく」


 やっぱりリアは、子供らしくて可愛い────そう思いながらも、リリィは配信助手として彼女の手助けをする事を決意する。

 これから先────二人の配信活動は、長い間続いていくのだろう。

 彼女には、そんな予感めいた感覚があった。


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