第四話「悪役令嬢とお友達(2/2)」



 クルスフィリア学園、学生寮────ヒカリはその自室で、荷物整理に勤しんでいた。

 未だに身分の違いによる差が激しいこの王国に於いて、与えられた自室にもその差は如実に現れる。

 とはいえ、このクルスフィリア学園には貧民を迎え入れる余裕がある────故に、貧民の部屋の扱いはそこまで悪くない。

 なんと、この時代にしては珍しく寮が貧民も個室なのである。

 これは前代未聞の事例であり、これによってクルスフィリア学園は多くの注目を浴びた。

 その設定の裏には、主人公を一人部屋にしたいという、ゲームの制作側の都合もあったのだが……まぁ、その辺については割愛するとしよう。


 それでも尚貧民と貴族に格差がある様に見えるのは、貧民へのそれよりも遥かに、貴族に対する優遇が凄まじいためである。

 基本的に貴族からの出資で学園が成り立っている都合上、貴族たちに与えられる部屋は凄まじく豪勢な作りとなっている。

 王宮での暮らしと、大差ないと言っても良いほどに────故に、先ほどリリエルに絡んでいた生徒の様に、自分がとても優れている存在であると、勘違いしてしまうのもまぁ仕方のない事ではあるのだ。

 

 そして学園に出資していたのは、グロウリアも同じだったらしい。

 それ故に、彼女にはとても豪勢な────そしてあまり落ち着かない部屋が与えられた。

 とにかく金で飾られて、目がチカチカする様な空間────基本真っ白な病室で過ごしてきた彼女には、あまりにも刺激が強すぎた。

 故に今は、飾りを棚に収納している所である。

 急にこんな部屋に住む事になると、やっぱり落ち着かない……可能な限り、あの病室に近い環境に作り替えたい。

 そういう思いによる行動だった。


 また、先ほど図書館で本を大量に借りてきたという事もあり、物の置き場所を探っている所でもあった。

 空間にはあまり困らないものの、広さの割には棚が足りない。

 これは今度、棚を買いに行かねばならないな────そう思いながら彼女は、本を横にしながら本棚に入れていく。

 そんな作業を続けているうちに、部屋にノック音が響き渡った。


「グロウリアさーん!居ますかー!?」


 言うまでもなく、リリエルである。

 貧民の寮と貴族の寮では作りも空気も何もかも異なるだろうに────わざわざこうして、グロウリアに会いにきたのだった。


「え!?ちょ、ちょっと待ってね!今お部屋片付けるから────って、きゃあ!?」


 当然、わざわざ自室にまでリリエルが訪れると思っていなかった彼女は慌てて部屋を片付けようとする。

 来客を出迎えた事なんてないヒカリは、どうすれば良いのか分からずパニックに陥り────そして、棚に頭をぶつけた。

 ゴスンという鈍い音を立てて、ヒカリはその場に倒れる。

 

(なるほど────これが、物理的な痛みというものね。ふふ、普通に泣きそう)

 

 生前味わった病とは違う類の苦しみを、ヒカリは深々と噛み締めていた。

 

「ちょ、グロウリアさんなんか変な音しましたよ!?大丈夫ですか!?」

 

 当然、彼女を守らねばと決意しているリリエルが放っておくはずも無い。

 彼女は慌てて扉を開き、部屋に入りグロウリアの体を支える。

 そして────


「頭を棚にぶつけちゃったんですかね……待っててくださいね────今、治しますから」


 そして彼女は、グロウリアの頭に手を添える。

 瞬間、そこから温かな光が広がった────。

 ────それは、他者を癒す為の魔術。

 痛み、苦しみを消し去る優しさの形。

 リリエル•ラレンティーヌは、本人の自覚は未だ無いものの────かつてこの国を救った、聖女の子孫なのである。

 聖魔術を行使する力を有する彼女にとって、この程度の回復はお手のものだった。


 やがてヒカリの頭から痛みは消えていき、最初っから怪我など無かったかのように────その回復は、行使されたのである。

 ヒカリはゆっくりと起き上がり……そして、リリエルに謝罪を行う。


「その、ごめん……部屋に誰かを招き入れるなんて、初めての事だったから……つい、浮かれてしまったの」


 申し訳そうに、頭を下げるヒカリ。

 彼女は生前も、今世も────人生経験というものが、圧倒的に欠けている。

 そして彼女は、その事を自覚していた。

 故にこうして、申し訳なさそうにするのである。


「……ふふっ」


「……?どうか、したの?」


 突然笑顔を見せたリリエルに対して、ヒカリは不思議そうに問いかける。

 そしてその問いに対して、リリエルはこの様に答えを返した。

 

「いえ、ただ……グロウリアさんって、直接会うまでは冷たい人だって話を聞いてたんですけど……実際にこうして話すと、可愛らしい方だなって」

 

「〜〜〜〜っ…………そ、そう?そう、なのかしら……私、可愛らしいのかな……」


「はい、とっても可愛らしいです!」


「……な、なるほど…………」

 

 別に、可愛いと言われた経験が無いわけでは無かった────ヒカリの生前の姉は、よく彼女を甘やかしていたが故に、盲目的に可愛い可愛いと言い続けていたのである。

 けれどまぁ、結局は身内の評価でしかないとヒカリは考えていた……その為、その発言をあまり真面目に受け取っていなかった。

 けれど、こうして身内以外の人にそう言われると────なんだか少し、気恥ずかしかったのである。


「な、なるほど……これが主人公の力……」


「……?」


「い、いえ。なんでもないわ。気にしないでちょうだい」


「はい、分かりました!」


 そう、彼女に主人公だとか、そういう言葉は通らない。

 つい癖でそう言ってしまったけれども、改めねばならないなとヒカリは思った。

 一方リリエルは、わぁ〜と興味深そうに部屋を見渡し、そしてリリエルにこう問いかける。


「そういえば部屋に沢山本がありますけど……本がお好きなんですか?さっき会ったときも、図書館で本の品定めをしてらっしゃってましたし」


 それは彼女の、純粋な疑問だった。

 貴族たるもの、やはり文学的な知識があるのだなぁと、そう感心していたのである。

 ただし、事実はそうカッコ良いものではない。

 それ故にヒカリは、返答を言い淀んでしまう。

 

「あぁ、いやそれは……その……」

 

「…………?」


 けれども、リリエルのその純粋な目を向けられて、隠し通せというのは無理な話だった。

 ヒカリは諦めて、本当の事を話し始める。

 

「その…………文字を早く読む練習を、してたの」

 

「……文字を早く読む、練習?」


 それがあまりにも意外な答えだったので、リリエルは理解するより前に首を傾ける。

 取り敢えず、ヒカリはその経緯まで分かりやすく……恥ずかしながらも、話すことにした。

 

「そう、文字を早く読む練習……みんな思ったより読むの早かったから、私だけ理解が追いついてなかった所があって……その、練習しなきゃなって」


「────────!」

 

 照れ臭そうにそう語るグロウリア────ここでリリエルは、母性というものに目覚めた。

 ────愛い。あまりにも、愛い。

 リリエル•ラレンティーヌは一人っ子である……故に、妹というものにとても憧れを抱いていた。

 彼女の出身となる村には、彼女よりも年下の者がおらず、おおよそ皆年上という環境で甘やかされて育っていたのである。

 故に────今、彼女の甘やかしたいという願望が、目覚めた。

 

「────大丈夫です!私もこう、満足に教育を受けれてなかったので……文字の読み書きを練習する方法を会得しています!グロウリアさんにも伝授しますね!」


「え、ちょ、うん!?」


 突然早口で語り出すリリエルに、ヒカリは気圧されてしまう。

 ここまで母性を刺激されたリリエルが────止まる未来など存在しないのである。

 でも取り敢えずヒカリは、なんとかして止めてないかと目論み────そして、取り敢えず感謝の気持ちを伝える事にした。

 

「え、えっと……ありがとう?」


 ────しかし、それは火に油である。

 彼女のあどけない表情から放たれる感謝の言葉は、再びリリエルの母性を刺激させた。

 

「……はい!ありがとうが言えて偉いです……!グロウリアちゃんは、とっても良い子です!」


「え、えぇ……?」


 リリエルはぎゅーっと、グロウリアの体を抱きしめる。

 これはもはや友人というより……まるで、親子の様な関係性だった。

 

「今日はもう夜遅いですけど……放課後!毎日ここで一緒に読み書きを勉強しましょう!ではまた今度〜!」


 しばらく抱きつき終えた後に、リリエルは再び早口でそう言って走り去ってしまった。

 まるで嵐の様な出来事だったと、後にヒカリは語っている。

 

(なんていうか彼女、私の事を赤ん坊か何かだと思ってないかな……?)


 流石にそう思わざるを得ないヒカリ。

 確かに確実に、友人の距離感では無かった。

 その点に関しては、間違いないと言えるだろう。


「……まぁいっか。あれがこの世界の、友達の距離感なのかもしれないし」


 そう自分に言い聞かせながら、彼女は棚の片付けを終える。

 取り敢えずはまぁ、登園初日はおおよそ成功という事で大丈夫だろう。

 彼女はそう判断し────そして、リリエルの言う通りもう遅いが故に、就寝する事とした。


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