第三話「悪役令嬢とお友達(1/2)」



 そして入学式も滞りなく進み、そして終わりを迎えた。

 各々の必要な手続き等を済ませ、そして後は寮に向かうだけである────けれど、その前にヒカリにはやるべき事があった。

 彼女が今滞在しているのは、この学園の図書館である。

 その西洋風かつ圧倒的な蔵書量によるインパクトで見るものを圧倒させる類の図書館は、日本ではあまりお目にかかれないものである。

 まぁもっとも、ヒカリはその比較対象である日本の図書館にすら行った事ないわけだが……。

 ゲーム内では図書館内の本を全て閲覧する事はできなかったものの、こうして転生した今ではその蔵書の全てを確認する事ができる。


 単純に、ゲーム内で確認できなかった本の中には、一体どの様な内容が書かれているのか────それを確認したかったのもあるが、別にそれは寮へ向かう事よりも優先すべきことではない。

 要するに、違う理由があるのである。


 わざわざ放課後、寮に行くよりも優先して図書館に向かう理由。

 それは────


「うぅ、やっぱり読みにくいなぁ……こんな所で躓くとは思わなかった……」


 それは、文字を読む練習である。

 この世界では、現実使われていた文字が使われていない────ゲームの時と同様に、独自の言語が用いられているのである。

 無論、それらの文字には法則性があり、ユーザーは難なくそれらを解読する事に成功していた。

 ヒカリもまた、その解読術を会得したユーザーの一人である。


 だがしかし、会得したからといって強く馴染んでいるというわけではない。

 そのオリジナル言語が英語を土台としているのもあって、彼女は文字を読む速度に於いて凄まじく遅れをとっていた。

 入学式の説明会の際、それを強く痛感したのである────グロウリアという人間の立場である以上、おいそれと誰かに尋ねるわけにもいくまい。

 そういう恥を晒すべきではないと、なんとなくヒカリは理解していた。

 故にこうして、少しでも時間があれば読み書きの鍛錬に費やすべきであると考えたのだ。

 可能なら速やかに、この世界の言語をマスターしなければならない。

 そう思い、一人で黙々と読書を続けるヒカリ。

 そして────そんな彼女に対して、一人の少女が話しかける。


「────探しましたよ、グロウリアさん!さっきぶりです!」


「ふわぁっ!?え、えっと、さっきぶり……?」


 突然彼女に話しかけられて、思わず動揺するヒカリ。

 思わず本を落としそうになってしまいそうになるが、なんとか耐えた。

 彼女を動揺させた人物────リリエル•ラレンティーヌは、グロウリアの手を握り、そしてこう言った。


「私に────恩返しをさせてください!」


「…………え、えっと……?」


「入学式前の事です!グロウリアさんは、他の生徒さんに絡まれてる私を助けてくれました────その恩返しをさせて欲しいと思ったのです!」


「…………」


 彼女の恩返しをさせて欲しいという主張────ヒカリはそれに、とても聞き覚えがあった。

 それはゲーム中でも、何度も閲覧したイベント。

 即ち、カリス王子への恩返しイベント!

 悪い生徒に絡まれているリリエルを助けてくれたお礼として、彼女は自ら王子を探し、そして話しかける。

 王子も最初は邪険に扱うものの、リリエルの必死さに折れ、やがて交流を深めていく形となる。

 そして、そのイベントが────何故か自分に対して発生しているという事実に、ヒカリはとても動揺していた。


(いや、でも……考えてみれば、それが自然……ではあるのか)


 冷静に考えれば確かに……リリエルは、自分を助けてくれた相手に恩を返したい一心でイベントを発生させたのだ。

 そこになんの下心もなく、打算もない。

 故に、対象がカリス王子でなくとも────リリエルは恩を返そうとするだろう。

 リリエルのその善良さを、『ラレンティーヌの花園』のファンでもあるヒカリはよく知っていた。

 故に今は、困惑よりも納得が勝っていた。

 けれども……これは、ゲーム本来の筋書きから大きく逸脱してしまっている。

 これで本当に、大丈夫なのだろうか……?

 そんな不安は未だに拭い去れなかった。


「……どうしたんですか?グロウリアさん。私……何か、悪い事をしてしまったでしょうか?」

 

 不安そうにそう尋ねるリリエル。

 それに対して、流石にヒカリは返事を返さざるを得なかった。

 

「い、いえ……違うの。ただ……話しかけてくれるとは思ってなくて────その、思えば人とあんまり喋った事ないし…………」


 やはり────生前寝たきりが続いていたため、姉と医療関係者ぐらいとしか話していなかった影響は大きかった。


(ど、どうしよう……ゲームの中でなら、ゲームの中でなら何人もの男を落としてきたというのに、私が、この子に翻弄されている!?私の方が何か悪い事をしていないか、心配になってくるのだけれど!?)

 

 初めての、同年代の相手との会話────そして、初めてのスキンシップに、ヒカリの動揺はより勢いを増していた。

 故に、彼女はこう返事を返す事にした。

 

「その……同年代の子との距離感が、分からなくて……」


 それは彼女にとって、なんて事ない事実である。

 転生したばかりである以上、初めての同年代との会話がリリエルである────ただ、それだけの話だった。

 けれどリリエル、ここで勘違いをしてしまう。


 実は彼女は────こうしてグロウリアの居場所を探すために、他の生徒に聞き込みを行っていた。

 その途中で、彼女の良くない噂話を耳にしてしまったのである。

 やれグロウリアは人の優しさが無いだとか、厳しすぎるだとか、王子に見限られたとか、そういう話を。

 そして彼女は────ここで、確信してしまった。


 グロウリアはよく分からないけど、同年代の子にいじめられている────!

 それは全くの誤解でしかないのだが、リリエルはそう思い込んでしまった。

 主人公であるが故に、圧倒的な世話焼き属性を持つ彼女は────とにかく、グロウリアを守らねばならないと判断してしまったのである。


「大丈夫です!!!!!私が────グロウリアさんのお友達になりますから!!!!!」」


「わ、私がリリィと友達に────!?」


 そしてここで動揺したヒカリは、リリエルの事をリリィと呼んでしまった。

 リリィ────それは、彼女がカリス王子との交流を深める際に、彼につけてもらった愛称である。

 以降、今後はずっとリリィと呼ばれ続けるが故に、プレイヤーの頭にもその呼び名が定着してしまっているのである。

 故にヒカリは、咄嗟に彼女の事をリリィという……未だ生まれていない筈の愛称で呼んでしまったのだった。


「リリィ……それって、私の事ですか?リリエルだから、リリィ?」


「あ────!」


 そしてヒカリは言い終えてから、自分のミスに気づいてしまう。

 まだ慣れ合ってすぐだというのに────彼女の事を、勝手に愛称で呼んでしまった。

 その失敗による後悔で頭を抱えていると────

 

「いえ、大丈夫です!むしろその調子です!あだ名呼び、実は私密かに憧れていました!その調子で一緒に────コミュニケーション能力を、鍛えていきましょう!みんなを見返してやるのです!」


「……え、えっと…………?」

 

「ではまた!私、荷物の整理が終わっていませんので!後で寮で話をしましょう!


「え、あ、はい……」


 そう言って彼女は握っていた手を離し、そしてその場から離れようとする。

 

 「じゃあ、またね?リリエル……」


 そしてそれを、少し引き留める様な形で────ヒカリは、別れの挨拶を言った。


「……リリィ」


「……?」


「リリィって、呼んでください。リリィ呼びを定着させて行きましょう!」


 彼女は勢いよく振り返り、そしてヒカリへとそう言った。

 どうやら彼女は、リリィという呼び名をとても気に入っている様だった。

 

「あ、はい……それじゃあ、また後でね………………リリィ」


「…………!はい、また会いましょう!」

 

 そして今度こそ、リリィの姿は居なくなる。

 騒がしい空気は消え去り、代わりに元の静寂が戻ってきた。

 図書館に一人取り残されたヒカリは、ゆっくりと深呼吸をする。


「…………はぁ〜……緊張したぁ…………」


 何か勘違いをされているのか、自分はどうやらリリエルに甘やかされるべき対象として見做されているらしい────と、ヒカリは気づく。

 けれどもまぁ、決して悪い印象を抱かれているわけではないのだろう。

 今は、その事実だけでも十分である。


(……うん、大丈夫だ。少し、向こうの元気に気圧されたけど……私、友達が出来たんだ)


 友達────それは、かつて彼女が生前思い描いていた夢の一つ。

 インターネット上での友達は沢山居たものの、こうして実際に語り合う相手は初めてだった。


「……ふふっ」


 思わずヒカリの口から笑いが漏れる。

 初めての学園で、友達ができた────その事実が、堪らなく嬉しかったのである。


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