第55話 キトと家族

 家族が増え、ザックと私と娘二人は王都の邸とクラーク領の邸を行ったり来たりしながら過ごしている。

 勇者塔の私の部屋には新しい勇者の女の子が暮らしている。勿論、先輩として何度も会っているし、指導もしている。とても、癒し魔法の上手な勇者だ。今まで勇者といえば、攻撃魔法が主な人が多かったのに、珍しい人員と言える。

 魔物災害もなくなり、どんどんと世界の在り方が変わっていくのかもしれない。


 私の結婚以来顔を出して来なかったロビンがフラリと王都のクラーク邸に現れた。

「お母様、真っ白なキトです」

 上の娘のレイラは8歳だ。小さなレディのはずなのだが、外で剣を振り回す方が好きだったりする。大きくなったら騎士になりますと剣の稽古に余念がない。そんなレイラを見て子供の頃の自分を思い出す。

 その日も、剣の稽古を庭園でしていた。レイラの「白いキト」という言葉に急いいでロビンを探す。ザッと見ても見つけられず、私は急いでレイラのそばに寄った。

「どこにいるの?」

 私の勢いにびっくりした顔をしながら、レイラが指差した方を見る。低木の影に何かが見えた。

「ロビン」

 私が名を呼ぶとロビンがスーと私の足元に寄ってきた。

「お母様、このキトはロビンという名なのですか?」

「そうよ」

 私は慣れた手つきでロビンを抱き上げる。

 ロビンの目と私の目がピタリと重なるところまでロビンを持ち上げた。

「ロビン、長い間何してたの?うちの子だよ。この子はレイラ。もう一人いてね、その子はオーロラっていうのよ」

 私はロビンに話たいことがたくさんあった。キラキラした目をしていたのだろう。

「お母様、なんだかとっても楽しそう」

 レイラが少し口を尖らせる。

「私も仲間に入れて」

 レイラが元気よく声を出した。ロビンが人間の言葉で「いいよ、仲間に入れてあげる」と言った。

 レイラが不思議な顔をして辺りを見回す。誰かいるのかと思ったのだろう。

「レイラ、私だよ」

 ロビンが私の腕に抱かれたままレイラに話かける。私は驚いているレイラにフフフと笑った。私の笑いを見て、「もー、お母様、声を変える魔法で私を揶揄ったのですね」と言っている。どうしてもキトが人語を話していることを受け入れられないらしい。

 私はレイラの黒い髪を撫でた。

「私じゃないの。本当にロビンは人の言葉を話せるのよ。私のお友達なの」

 お友達という言葉があっているのかどうか分からないけれど、他に説明のしようがない。レイラは私とロビンを交互に見る。そして、キャーと大きな声を出した。

 それは嬉しい声だった。

「本当なんだ。お母様はおしゃべりできるキトとお友達なんだ!!すごい!すごい!!」

 ロビンにレイラが手を伸ばす。ロビンはレイラに大人しく抱き上げられた。

「可愛い。白い毛が綺麗。ねぇ、ロビン、お父様のことはご存知?」

 ロビンは「知っているよ」と答える。

「とってもお歳を召されているのだけど、まだ騎士として働いているの。私、お父様みたいな騎士になりたいの」

 レイラの目がキラキラと輝いている。

 ロビンは頷いた。

「なれるよ。大丈夫、レイラは強くなるよ」

 ロビンの言葉にレイラが「本当?」と嬉しそうに聞きながら、クルクルと回り始めた。レイラはテンションが上がるとクルクルと回る癖がある。私は見てるだけで目が回りそうだけど、レイラは特に目を回すようなことはない。

 レイラは思う存分クルクルと回り、満足したのか、「お母様、オーロラのところにもロビン連れて言っていい?」と聞いてきた。私は勢いよく頷く。今はリリーがオーロラを見てくれている。リリーになら、ロビンが喋ることを知ってもらっていてもいいのではないだろうか。多分、そのつもりでロビンは来たのではないだろうか。


 ガチャリ。

 オーロラとリリーのいる部屋のドアを開ける。

「オーロラ、お姉様とキトだよ」

 ドアが開いた瞬間にレイラが勢いよく部屋の中に入る。

 レイラの腕の中には白いキトが抱かれていた。

 部屋の中で、本を読んでいたオーロラは茶色の瞳を大きく見開いてジッとレイラとロビンを見た。大好きな姉が連れてきた真っ白いキト。リリーが先に反応した。

「あら、フィラ様この子何年も前に王城で見かけていたキトではないですか?」

 リリーはオーロラのそばを離れない。少し遠いけれど、部屋の中だ十分に声は届く。

「えー、リリーは会ったことがあるんだ、ロビンと。リリーもびっくりするかなって思ったんだけどな」

 レイラが残念そうな顔をする。ロビンがレイラに言った。

「いや、リリーパルファは私の秘密を知らないから、びっくりすると思うよ」

 ロビンがしゃべったことに、リリーが固まる。一方、オーロラは目を輝かした。四歳のオーロラにはキトが人の言葉を喋ることは本の中の出来事のようで歓迎すべきことだったようだ。

 母さんと同じふわふわした緑の髪を揺らして、ザックに似た琥珀のようなキラキラと輝く瞳でこちらに近づいてくる。

「すごいねー。このキトさんおしゃべりできるんだねー」

 まだ滑舌がはっきりしない話し方をするオーロラの喋り方はとても可愛い。

「そうだよ。オーロラ、私は話ができるキトだ。でもこれは内緒なんだよ」

「え?内緒なの?」

 今度はレイラが困惑気味だ。

「そう、これは秘密。クラーク家のね」

 ロビンが家族の秘密としてキトが喋ることを認識させるつもりなのだ。

ーあぁ、そうか、私が魔王になった時、困らないようにってことなんだな。

 私はまだザックにもハリーにも私がいずれ魔王になることを伝えていない。そもそも、ザックはロビンが喋ることを知っているけれど、ロビンが魔王だとは思っていないはずだ。

 リリーがショックから立ち直る。ロビンを睨みつけてオーロラとロビンの間に立った。戦闘体制だ。

「あやしいものよ、ギブソフィラ様に何かしようものなら私が許しません。お子様方にも危害は加えさせません」

 リリーはとても賢いメイドだけど、流石に喋るキトには要警戒体制だ。

 私がリリーの肩を叩いた。ポンポンと。

「ロビンは私たちに何も危害は加えないわ。大丈夫、絶対に」

 私の目を覗き込むリリーの顔が真剣だ。どこか嘘がないか探している。ジッと私を見つめて数秒後、ほーと息を吐き出した。

「びっくりさせないで下さい。私もそんなに若くはないのですから」

 おどけた調子で声をあげる。リリーは切り替えが早い。

「ロビン、あなたに自己紹介は不要なようですけれど、よろしくお願いいたしますね」

 リリーはロビンの顔をジッと見つめた。ロビンもそれに応える。そのただならぬ雰囲気にレイラもオーロラも口や手を出さない。大人しくその時間が過ぎるのを待っていた。

ーこの家で最強なのはリリーかもしれないなぁ。

 リリーとロビンの無言の会話が終わったようだ。リリーがロビンをレイラからオーロラに移した。レイラとオーロラも顔を見合わせてニコニコ笑顔になっている。

「「ロビン、うちの子になって」」

 レイラとオーロラの声が重なった。

 ロビンが私を見る。

「そうだね、ギブソフィラとアイザックの許可があればしばらくここに居ようかな」

 私は頷く。「ザックは私の望みを聞いてくれるから、大丈夫」というとロビンが苦笑した。

「アイザックに随分甘やかしてもらっているようで嬉しいよ」

「じゃあ、ロビンはうちの子ねー」

 オーロラが嬉しそうに言う。オーロラがロビンの体に顔を埋める。リリーが慌てるけど、ロビンが汚れていたことなんてないから大丈夫なのだ。


 それから、キトは数年、私たち家族と過ごした。最初こそ、嫌な顔をしたザックだったけど、キトの可愛さはザックの心も溶かすのかもしれない。

 時々、ロビンはザックと二人で出かけたりしていた。もちろん子供たちとも。私は相変わらず勇者の仕事をしていたけれど、30歳になった時、第一線を退いた。その頃にはレイラは立派な騎士として歩み出していた。オーロラは本に携わる仕事がしたいとクラーク領の反対側のハーミヤ領に時々お邪魔して出版の仕事を見学させてもらっていた。

 私が第一線から退くまでの数年、ロビンは常に私の家族と共にいた。勇者として第一線を退くとき、ロビンは私に言った。

「ギブソフィラ、君が魔王になるための根回しは行なってきたよ。君の家族にそれとなく話をしてある。不安にならないように、寂しくならないように、だから、その時が来たら安心して魔王になってくれるかい?」

 私は今になって初めて、ロビンがうちに来たことの意味を知った。私は何も言えず頷くことしかできない。

「ザックの命が尽きて、ギブソフィラの気持ちが落ち着いたら私を呼んで、どこにいてもちゃんと繋がってるから。ギブソフィラのいい時でいいから」

 私はもう一度頷く。

「じゃあ、残りの人生を今まで以上に楽しんでね。幸せでいてね」

 私はロビンの言葉に頷くことしかできずにいた。魔王になる覚悟はとっくにしてる。家族に、子供達に、ハリーになんて言おうかと考えていた。けれど、子供への根回しはされているという。下手に私から真実を告げるよりも良かったのかもしれない。

「ハリーも知っているよ」

 私は目を見開く。そうか、心配事は何も無くなった。

「私の最後の願いはギブソフィラ、君が幸せでいてくれることだけだ。もし、魔王にならないと決めたなら、それも受け入れるからね」

 最後の最後まで優しいロビン。魔王が悪だなんて誰が言い出しのだろう。

 私はキトのロビンを抱きしめて、「今まで以上に幸せでいるね」と言って腕に力を入れる。ロビンの手が私の頬にふれ、ロビンが微笑んだ。微笑んだまま、私の腕の中からロビンはスーと消えた。私はロビンを抱きしめていた手でそのまま自分自身を抱きしめた。

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