第54話 赤ちゃんが生まれる。

 ザックの父母と二人の兄と王妃の姉には結婚式の時にお会いしただけだ。

 本来ならザックは侯爵の位をもつ貴族であるため、盛大な結婚式が催されるはずだったけれど、ザックの年齢と相手が私であることから、静かに身内だけで行われた。

 私は身分的には勇者という括りになる。勇者は身分。それで言えば、決して恥ずべきことはない。だけど勇者という肩書きをとると平民と侯爵の結婚ということになる。これはあまり推奨されるものではない。王家の血が流れているとはいえ、問題大アリだ。だからこその身内だけでの結婚式だったのだろう。

 もう一つ、勇者の結婚式に関しても問題が合った。過去に何人か勇者が結婚したことがあったけれど、いずれも結婚式など挙げてなかった。相手が「勇者の嫁」とか「勇者の婿」とか世間で騒がれるのを防ぐためだと聞いている。ただ、もう一つ理由がある。それが税金だ。勇者の生活は税金で賄われている。結婚式に出すお金があるなら軍事費に回せと過去に国民と揉めたことがあるらしい。

ーまぁ、もっともな意見だよね。

 私の結婚は今までの勇者に対する処遇を大きく改善させた。勇者とは響きがいいけれど、国と国民のために自分の命を張って馬車馬のように働く存在だったのだ。私が勇者になりたての頃は、勇者になって王城に住み、平民から抜け出そうとする平民の若者が多く勇者に志願していたけれど、勇者認定される者は少なかった。でも、少なくて正解だ。自分を犠牲にして鍛錬の日々を過ごし、魔物と戦うのだ。一番危険な場所に行くことになる。その上、自由に結婚もできない。それが、今回の私の結婚で大きく改善できた。これは尭孝だ。

 魔物災害がなく、魔王を倒す理由がない今も、世間一般では魔王は悪の存在であり、伝説だ。そのため、勇者は国民の心の平穏のため必要不可欠な存在なのだ。

 ハリーが少しずつ、魔王は悪ではないことを世間に知らせていくと言っていた。私が魔王になる頃には魔王は悪の存在ではなくなっているといいと思う。そして、勇者など必要のない世界になればいい。

 

 つらつらとソファに深く腰掛けてもの思いに耽っていると、お腹の中で暴れる存在に意識を引き戻される。私のお腹は大きく膨らんでいた。私は自分のお腹に手をあて、ぼこぼこと手や足の形に浮き上がる自分のお腹を感じる。思わず笑いが漏れる。

「フィラ様どうされました?」

 リリーが部屋の奥から出てきた。窓の外は真っ白だ。

 ここはザックの領地のクラーク邸だ。勇者塔に行く前はここで過ごしていた。出産の場にこのやしきを選んだ。

 ザックは王都を守らなければならないから、ずっと一緒にいることは出来ない。それでも出産予定日にはこちらの邸に着くように休暇を取ると言っていた。私も勇者をお休み中だ。私は最初、体の変化に気づかず、魔物とも戦っていた。何かがおかしいなと小さな違和感はあったけれど、放置していたのだ。お腹が膨らんできて、もしやと思い医師に診てもらった。

 医師に「妊娠しています」と言われた時は嬉しさと同時に恐怖が湧き上がった。知らなかったとは言え、一番赤ちゃんが安定していない時期に私は魔物と戦っていたのだから。

ー良かった。ちゃんと元気で育ってくれてありがとう。

 私は思わず自分のお腹に手を当てた。

 一緒にいてくれたリリーが涙を流して喜んでくれている。私はリリーに手を伸ばす。リリーが私を抱きしめてくれた。

「フィラ様、おめでとうございます」

 リリーの優しい声。

 私は満面の笑みで頷いた。


 大きなお腹に手をあて、もうそろそろ出たがっているなと感じる。実は私の結婚が決まってからロビンが一度も顔を見せてない。

ーロビン、どうしてるかな?私すごく幸せだよ。幸せな私を見にきてくれないのかな?

 時々、私はロビンを思う。

 それでも、呼び出したりはしない。きっとロビンは呼んだらきてくれるだろう。だからこそ、私は呼ばない。きっと、子供が出来たら、来るに違いない。


「フィラ様、どうやら今日ザック様がハリー様とご一緒にご帰宅されるとのことです」

 もうそろそろ出産予定日に入る朝、リリーが私に告げた。

ーもう、本当に父さんは。

 いつの間にか、ハリーのことを「父さん」と呼ぶようになった私。娘の私のことが心配でたまらないハリーがザックについてくる。まぁ、よくあることだ。

 私はリリーに妊婦用ドレスを出してもらう。先日ハーミヤ卿から妊娠と結婚のお祝いにと送られてきたものだ。「試作の段階ですが、良いものが出来たのでお送りします」とあった。妊婦のお腹を締め付けないデザインになっており、前世のブラ付きキャミソールのような構造になっていた。

 太陽が西の空に沈む頃、ザックとハリーが邸に到着する。私は大きなお腹を抱えて出迎えた。

「お帰りなさい、ザック」

 ザックは満面の笑みで私を優しく抱きしめる。その横で尻尾を振る大型犬のようにハリーが佇んでいた。私はザックのハグを終え、ハリーに向き直る。

「ようこそおいでくださいました、父さん」

 ハリーも満面の笑みだ。小さく頷く。

「あぁ、何度聞いてもいいね、父さんかぁ。父上じゃなくて父さん。それが、本当に親しい感じがしていいね。アリスにも父さんって呼んで貰おうかな」

「それはやめてあげて、アリス姫は姫なんだから、きっと困るよ」

 私の言葉に「そうだね」とニコニコと頷くハリー。ザックが私の隣に並んで腰を抱いてくる。いまだに少し恥ずかしい。結婚してザックがベタベタと私に触りまくるから、ちょっとびっくりしてる。

「ザック、父親の僕にまで嫉妬してどうするの」

「ハリー、うるさい。食事だ。行こう」

 私はザックに促され、食堂に向かう。腰にはザックの手があった。ハリーが私たちの後ろからついてくる。

 この邸の中ではハリーは王太子という人間から、ただのハリーになる。唯一、立場を捨てられる場所がこのザックのクラーク邸の中だった。

「今日は、この子お腹の中で大暴れだったんですよ」

 私はザックとハリーにお腹の中で大暴れをしていた赤ちゃんの話をする。ザックとハリーが私の話を聞き逃さまいと真剣に聞いてくれている。それが嬉しい。

 その夜、私は産気づいた。

 太陽が上り、再び月が東の空に上る頃、可愛い小さな女の子が私の中から生まれ出た。

 娘の髪は黒く、瞳はピンクだ。私とザックの子供。私は赤ちゃんを胸に抱き泣いた。出産後のボロボロの状態でザックとハリーにも会った。二人は頭を撫でて、私を労ってくれる。

 私は二人に赤ちゃんを抱っこしてもらった。最初怖がっていた二人も抱っこするととろけるような顔をした。私たちの赤ちゃんは天使だった。

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