4章 神の箱庭、魔王の秘密

第53話 ギブソフィラの結婚

 ザックとの婚約が決まったのは王都魔物事件の数日後だ。以外にもハリーが「早く婚約しろ」とザックに声をかけたらしい。

 私は婚約後最初のハリーとの会食でハリーの部屋に入るなり、勢いよく話始める。もう淑女の嗜みとか貴族令嬢の礼儀とかかなぐり捨てる。

「ねぇ、ハリーなんでザックに早く婚約しろとか言ったの?嫌がっていたでしょう?」

 私が勢いよくハリーに突進していったものだから、ザックの侍従長であるスティーブが動揺している。私の後ろでリリーは笑いを噛み殺していることだろう。

「いや、あんな娘の姿を見たら、早く幸せにしてやりたいと思うだろう。どうしても僕は父親なんだから娘が他の男に好意を寄せるのを見るのは耐え難いよ。だけどね、それ以上に君には幸せに笑っていて欲しいんだ」

 父親の顔をしたハリーがそこに立っていた。スティーブが後ろでうんうんと頷いている。私はなんだか勢いを削がれてしまった。ハリーが父親だと認識はしていた。けれど、私の中で父親と言われれば、どうしてもゲオ父さんの顔が浮かぶのだった。

 今初めてハリーが父親なのだと実感した。

「お父さん」

 自然に口からこぼれ落ちた。呟いて、ハッとして口元を両手で覆う。

 ハリーが目を見開いていた。スティーブもリリーも何故か瞳に涙を溜めている。ハリーの目から大粒の涙がこぼれる。

「今、心から父親だと感じてくれたんだね。嬉しいよ。僕はやっと父親になれたんだな」

 ハリーがそっと私の体を包み込む。ザックとは違う男の人の腕の中。ザックとは違う安心感。昔ゲオ父さんにされた抱っこやハグとも違う。けれど、父親に対する安心感は同じだった。

 私の目からも涙が溢れる。悲しくもないし、すごく嬉しいわけでもない。あるのはただただ安心感だけだ。体からスーと力が抜けていく。今まで力が入っていたことすら分からなかった。それほど当たり前に体が緊張していたのだと気づく。

 それは親でないと生み出せない安心感。ゲオ父さんと母さんが魔物災害で亡くなってしまったあの日から欠けていたものだった。

 私はとめどなく流れる涙をそのままに、涙が枯れるまで泣いた。ハリーが私の背中を撫でてくれる。それがまた幸せな体温を運んでくるのだ。

 心が温かく満たされて、私の涙は止まった。

 たくさん泣くと本当に疲れる。

「ヘンリー殿下、ギブソフィラ様、少しだけでもお食事くださいませ。料理長にはお願いして特別なサンドウィッチを作っていただきます」

 スティーブが泣き疲れた私に優しく食事をとることを勧める。

 私は頷いた。ハリーが、「あれか!あれは美味しいからな」と満面の笑みだ。多分、王と一緒に食べたカツサンドなんだろう。

 私はハリーのその子供みたいな顔を見ながら、子供ができたらこんな感じなのかなと頭にザックとの子供を思い浮かべる。さっきまで父親の顔をして、父親の安心感を与えてくれていたと思ったら、この瞬間は無邪気な子供になる。

ーハリーの魅力なんだろうな。

 スティーブでさえ、そのギャップに振り回されながら、決して嫌な顔はしない。可愛い悪戯っ子を見るように見ている。

 私は思わずため息をく。

「え?フィラも食べたことあるよね?嫌いなのかい?」

 私はもう一度ため息をつく。そして、首を横に振った。

「そこじゃないんだよ。とりあえず、サンドウィッチ食べよう」

 私の言葉で扉がノックされる。開いた扉からサンドウィッチを乗せたトローリが入ってくる。押しているのは、なんとザックだ。

「え?」

 驚きで声が裏返る。なんとなく、父親と恋人が同い空間にいるのはバツが悪い気がする。

「フィラ、驚いたかい?」

 ハリーが得意気な顔でこちらを見てた。私は頷くことも出来ない。今更だけど、ザックを見ると動悸が激しくなるのだ。これが恋というものか、と自分でも自分の感情をコントロールすることが難しい。

 ザックがこちらに近寄ってくる。私は顔を下に向けた。段々と顔に熱が集まり始めたのが分かったから。

 赤い顔を見せるのは恥ずかしい。

 俯いた瞳の先にザックの靴の先が見えた。黒い軍用の靴ではなく、茶色の皮の靴だ。私の近くにザックが寄ってきていた。私はその靴を見て、一歩後退する。そして、思い切って顔をあげた。

 満面の笑みの優しい目をしたザックの顔が私の視界に飛び込んでくる。私は真っ赤になりながら「ザック」と小さく呼びかけた。

 私の呼びかけにザックが頷く。

「フィラ、触れてもいいか?」

 ザックの問いにもっと顔を赤くして頷いた。

 ザックの手が伸びる。頬に手が添えられる。と思ったけれど、頬にザックの手は添えられない。

 ハリーが割って入ってくる。ザックの手を掴んで自分の方にザックを引き寄せた。

「いくら、僕が呼んだからって頬に触れるとか、破廉恥だよ。そういうことは、二人の時にやれよ」

 ハリーの眉間に皺が寄っていた。

「それにしてもこんなに違うものなのかい。ザック恋人に対しての態度と父親に対しての態度」

「当たり前でしょう。ご自分がお膳立てされたんだから、ウダウダ言わないで下さい」

 スティーブがピシャリと言い放つ。

 それが面白くて、私は肩を揺らして笑った。

 すると不思議なことに、茹蛸だった顔が落ち着き、少しリラックスすることができた。

「それで、今日はなんでザックもここにいるの?」

 ハリーがゴホンと咳払いをする。そして、ザックと私を交互に見て真剣な顔をして言った。

「今ここでザックはフィラにプロポーズして。それで、結婚の報告をすぐに僕にして、そして、すぐに結婚したらいい」

 私はハリーの提案に面食らう。ザックが、「これは二人の問題だから」とハリーの介入を断ろとした。

「ザック、君は分かっているのか、自分の年齢を。もう40歳だ。今から結婚して子供ができるまでに1年としよう。すると、君の子供は他の子のお祖父様の年齢の父親を持つことになるんだ!!なるべく早い方がいいだろう。それに、魔物災害がなくなったからといって、どれほど人間が生きれるか分からない。僕が知っている人間で一番長生きなのは七十歳のお祖母様だ。一番長生きな人間として数えても後三十年だよ。フィラにはなるべく幸せであってほしんだ。ザックがいなくなっても子供がいればきっとフィラは幸せだろうけど、やっぱり家族が欠けるというのはとても寂しいことだから」

 ハリーがザックの肩を揺らす。ザックはハリーの言葉を真剣に聞いていた。今回のこのお節介はむすめのためを思った父親の先走りのようだ。

ー親バカだな。

 ハリーのお陰で胸が温かい気持ちでいっぱいになった。

 私はザックの腕をとる。

「ザック、プロポーズして」

 少し恥ずかしくて俯いた。ザックが下から見上げる形で私の目の前に膝をつく。

 目と目が合った。茶色の瞳が琥珀のようだ。

「ギブソフィラ、私と結婚してくれないか」

 ザックが私の目の前に右手を差し出す。私は目を見たまま「はい」と頷き、その手を両手でしっかりと握る。

 ザックは立ち上がり、私を抱きしめた。私の視界はザックだけになる。ザックがそのまま、ハリーに報告する。私は抱きしめられたままだ。ハリーの顔もスティーブの顔もリリーの顔も見えれない。耳でハリーとザックのやり取りを聞くだけだ。

「ギブソフィラの父上、ギブソフィラとの結婚を認めて欲しい」

「分かった。アイザックとギブソフィラの結婚を認める。ついては明日には結婚の届をこちらから提出しておく」

「は?ちょっと待て、そんなにすぐじゃダメだとう。婚約期間が必要だろう」

「どれくらい必要なんだ?婚約期間が。結婚した後に結婚式をする夫婦はたくさんいる。結婚してすぐに一緒に住めがいいだろう」

「ハリー、性急すぎるだろう。だいたいフィラは勇者で勇者塔を出れない。通い婚だと思っているのだけど……」

 ザックの腕の力だ強くなる。私はいい加減、自分抜きで行われる私の結婚の話にうんざりしてきた。

 腕を突っ張って、ザックの腕から逃げ出す。

 ザックとハリーの顔が真剣だ。

「私の結婚の話を二人で進めないで!!」

 私は大きな声で二人を制した。

 ザックはシュンとしたけれど、ハリーは少しニヤリと笑った気がした。

「では、フィラは結婚のことどう思ってるのかな?」

 ハリーに聞かれる。私は素直に答えた。


 結局あの時、結婚はすぐにしたいこと、出来たら一緒に暮らしたいこと、子供は欲しいけど焦っていないこと、それを父親のハリーと婚約者になったばかりのザックに全部話した。

 それで、全部叶えられるようにザックとハリーが動いてくれた。

 あれから数日後、ハリーが勇者は必ず勇者等で暮らさなければならないという法を「どこで暮らそうと王からの要請ですぐに駆けつけなければならない」に変えてくれた。法を変えるのは最低一ヶ月ほどかかるようだけど、この法案は以前から話あわれていた内容だったようで、可決するまでにそれほど時間が掛からなかったようだ。

 その法案が通ってすぐに私は引っ越しをした。

 もう私はザックのお嫁さんだ。

 結婚は王に認められ初めて正式な婚姻が成立する。ハリーがあの後すぐに動いてくれ、王もすぐに二人の婚姻を認めた。

 ザックはハリーの叔父に当たる存在だ。ザックのお姉さんがハリーの母親になる。つまり、私の姉になる人は、私のお祖母様ということだ。

 私は第一王妃に合ったことがない。儀式の際などで遠目でチラリと見たことはあるけれど、その程度だ。ザックの本家の方にも挨拶にいっていない。ザックの父親と母親に会ったことがないのだ。いいのだろうか?

 引っ越しをしてから、その存在に気づくとは、浮かれすぎてるなと一人で自分にツッコミを入れた。

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