第52話 この世界のこと

 魔物が王都にも入り込んできた事で、王は王都と各領地の騎士達に魔物の動向を探るように要請した。王都の平民には、魔物からの避難の際、王城に集め、魔物災害の脅威は去ったが、どこにでも魔物が現れる可能性があることを王自ら伝えた。

 もちろん、王都全体に結界を張ることも話合われている。

 私は、ホー帝国、アレキーサ王国の現状が気になった。ウィルス王国でこの状態であれば、他国でも同様のことが起こっていてもおかしくない。

 ホー帝国にもアレキーサ王国にも勇者というシステムはあるようだけど、旅をしていて、私たち以外の勇者に会ったことがなかった。

 

 魔物が王都に訪れた日、勇者塔の自室にロビンがやってきた。

 太陽が沈み、月がもう少しで空の頂点に達しそうな頃だ。

 窓にコツンと何かが当たる音がして窓辺を見ると、また、ロビンがキトの姿でそこにいた。私は慌てて窓を開けて中に入れる。

「ロビン、勝手に部屋の中に入ってこれるのに、なんでわざわざ窓から入ろうとするの?」

「え?だって、嫌でしょう?基本的にはちゃんと許可を取って部屋に入りたいよ」

 意外な答えだった。とても人間的な気がした。

 私はロビンを抱き上げ、その毛並みを堪能しながら、ベッドの淵に座る。

「私が聞きたいことあるのを感じて私の話を聞きにきてくれたの?」

 ロビンは首を横に振った。

「私は、君の心を読めるわけじゃないんだよ。今日は魔物がこの王都に来た初めての日だったからね、どうしてるだろうって来てみたんだよ」

 私はびっくりする。今まで、ロビンには心を読まれているのだと思っていたから。でも、それなら、どうして私が寂しいときとか悲しいときに現れるんだろう。心を読んでないと辻褄が合わないことが多くあった。

「ギブソフィラ、心は読んでないよ。でも、表情は見ることができるし、感情は感じることができるんだ」

 なんとなく、納得してしまう。

 表情と醸し出す雰囲気で大体、思っていることを察することはできるから。

ー私はそれ、やめたんだけどな。それってロビンは人の顔色を窺っているってことなんじゃないかな。

 私はロビンが魔王であると言うことを忘れそうになる。

「ロビン、それはちょっとしんどいね。それとも魔王になったらそうしないとダメなの?それって、人を観察して、人の心を察して動くってことでしょう?」

 ロビンが目を見開いた。初めて言われたのか、それとも私の言葉が意外だったのか。ロビンの初めての表情な気がする。

 私はその顔になんだかとても親しみを覚えた。

ー可愛いなぁ。

「そんな……、いや、そうか。これは顔色を窺う行為なんだね」

 ロビンが困惑したように呟く。私は頷いた。

「ロビンが私を気遣ってくれるのは嬉しいし、何度もロビンに救われた。だけど、私は大丈夫だからね、ロビン自身を優先してね」

 私はロビンの頭から尻尾までゆっくりと撫でる。ロビンの心地よさそうな顔が見えた。

 何度かそうして体を撫でた後、気になっていることを聞く。

「ロビンの好きなようにしてって言ったけど、私の聞きたいこと聞いてもいい?」

 ロビンが「うん」と頷く。ロビンは私の膝の上から抜け出して、隣に丸くなる。顔はこちらに向いている。目で先を促される。

「あのさ、他の国のことなんだよ。ウィルス王国では魔獣災害を起こさないと決めた途端に魔獣が王都にやってきたでしょう。他の国もそうなんじゃないかと思って。

 でも、私、この十年他国の勇者と会ったことがないんだよ。大丈夫なのかな、よその国は」

 私の問いにロビンが喉を鳴らして笑った。

「ギブソフィラ、やっぱり君は素晴らしいね」

 私もロビンの目を見つめて、先を促す。

「ホー帝国にもアレキーサ王国にもちゃんと勇者はいるよ。ただ、みんな自国を守ることで手一杯だったんだ。魔物災害は王が引き起こしていたけれど、ウィルス王国と一緒で多発してたんだ。まぁ、それも神の書物に書かれていたことを忠実に守ってきただけなんだけどね」

 私はマッケンローの傷だらけの顔と体を思い出す。仲間を亡くしたマッケンロー。各国の勇者はマッケンローたちのような存在だったのだ。

「だからね、魔物災害がなくなって、王都や他の町に、もし魔物がやって来ても一体ずつならなんとか大丈夫なんだよ」

 私はホッとする。

「ギブソフィラたちは本当に強いんだよ。まぁ、それも神の」

 私は「神」と言ったロビンの口元に人差し指を一本当てる。小さな顔に私の人差し指がやたらと大きく見える。

「それは言わないで」

 私は笑顔を作る。私が神によって作られ、神によって強さを手に入れたのは事実なのかもしれないけれど、だからって神の思惑に乗っかるのは嫌だった。

ーこの世界に誕生させてくれたこと、みんなに会えたことは感謝するけど、行動の全てが神の思い通りなんて絶対に嫌。

 ロビンが顔を下に向ける。シュンとしてるのが伝わってくる。私はロビンの頭に手を置き、続けて言葉を発する。

「ねぇ、ロビン。この世界はどうなっているの?地球を知っているよね?この世界も丸いの?この大陸以外に大陸があるの?なんでこの世界の人は海を渡ろうとしないのかな?」

 私は矢継ぎ早に質問を投げかける。今まで魔物災害のこと、魔王討伐のことで頭はいっぱいいっぱいだった。二つとも解決したのだ。この世界のことが気になって仕方がない。

 魔王になればこの世界全体を見るのだから今聞いても問題ないはずだ。

 ロビンは笑った。楽しそうに、嬉しそうに。

「この世界も地球と一緒で丸いよ。ちゃんと宇宙もある。大陸はここともう一つ。後、島が1つ。そうだね、海を渡らないのは海の魔物がいて行き来が難しいからだよ。でも、海に漕ぎ出して行った人も何人かいるかな。行ったらもう戻れない感じかな」

 私はロビンの話にワクワクと心を躍らせた。いつか、私が魔王になった時はそっちの大陸にも行くのだ。魔王になることが少しだけ楽しみになる。

「私の後を継げば、全部見れるから。どこにでも行けるしね。でもその前に、人間の幸せを謳歌してほしいな」

 ロビンの最後の言葉に体ごと反応する。

 人間の幸せ。それはザックとの愛……。

ー恥ずかしい。

 私は一人赤面した。

 ロビンが小さく頷いて、にこりと笑った。

「うん、大丈夫そうだね。ちゃんと幸せになってね」

 私は真っ赤な顔で頷いた。ロビンが自分のことのように嬉しそうだ。

「ロビンは私の幸せに拘るよね」

 恥ずかしさを紛らわすために発した言葉だった。でもロビンには何かが引っ掛かったようで、悲しそうに「嫌だった?」と確認される。

「嫌じゃないよ。嬉しい。でもすごく親身になってくれるし、すごく優しいから、その優しさ受け取っていいのかなって思ったりするんだ」

 ロビンが満面の笑みだ。

「ギブソフィラは私の優しさを受け取っていいんだよ。受け取って欲しい。それで、私に見せてくれる?幸せな君を」

 私は大きく頷く。

「もちろん!!見てて、私、私の人生で一番。いえ、人類で一番幸せな人間になるから」

 ロビンがそれはそれは幸せそうに笑った。

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