第49話 テオの弱音
「それで、魔王にはどうやってなるんだ?いつ?魔王になったら、フィラもキトに変身するのか?」
リックが矢継ぎ早にロビンを質問責めにする。
テオがリックとロビンの間に入った。
「そんなに次々ロビンに聞くもんじゃないよ。一個ずつにしよう」
ロビンが吹き出した。
「大丈夫だよ、テオバルト。ありがとう」
ロビンがテオのそばにより体を擦りつけてお礼をいう。
「なんか、本当に猫みたいだな。ロビン、本当は魔王じゃなくて喋れる猫なんじゃない?」
ロビンが笑う。
「私は魔王だよ。魔王には、ギプソフィラが人間としての生活を終えてもいいと思った時に私が魔王にするんだ。どうやって魔王にするかはその時まで内緒だよ。そして、魔王になったギプソフィラがキトになるかだけど、それはギプソフィラ次第だね。小動物に変身しないと人間の世界では暮らせないからね。自分がしっくりする動物を選べばいいと思うんだ。それはまぁおいおい考えていけばいいよ」
リックの問いにロビンがスラスラと答えていく。
「ねぇ、ロビン。神から人間を解放することはできないのかな」
突然だった。神を盲信しているところがあるテオが「神から人間を解放する」なんて言葉を発する。
ロビンの顔が一瞬固まり、フワリと解ける。
「テオバルトがそれを言うんだね。そうだね、神から人間を解放する事は難しいよ。この世界は神によって作られた世界だからね」
リックが机を強く叩いた。
「クソッ!人間を殺してもなんとも思わないような神に操られるのか」
テオをチラッと見ると拳を強く握っている。
「ただ、一つだけ、神から人間を解放する方法があるんだよ。すごく簡単そうで難しい事なんだけど……」
ロビンの言葉に二人がロビンを食い入るように見る。私もロビンの次の言葉をまった。
私たちの視線を受け止めてロビンは口を開く。
「自分の心と向き合うことだよ」
みんな拍子抜けする。
「ロビン、どういうことだ?そんな簡単なことなのか?」
一番に言葉を発したのはリックだ。
「セドリックには簡単かもしれないね。でも、それが難しい人間もたくさんいるんだよ。神に祈りを捧げ、神に自分の人生をどうにかしてもらおうとしてる人間がどんなに多いことか。神でなくても、他人に自分の人生を任せている人間だっているだろ?そんな人間にとって自分の心と向き合うことはとても難しい事なんだ」
そう言って、ロビンは私を見た。私のことを知っているのだ。前世からの私をずっとロビンは見てきたってことかもしれない。
私の顔はきっと引き攣っているだろう。
「王が世代交代してヘンリーになる。そうすると、大きく変わると思うよ。今の王は神を恐れているし、自分の心を殺しているからね。神の掌の上に現王は乗っているから」
私はずっと疑問に思っていたことを口にする。
「ねぇ、ロビン。それよ!王様は神の何に怯えているの?あの書物には他に何が書かれていたの?あの王の持つ書物のせいで王は神を恐れているんでしょう?何か良くないことが起こったってことだよね?」
今度は私が矢継ぎ早にロビンい質問を浴びせかける。
ロビンが苦笑する。
「まぁね、彼が神に恐怖を覚えるような出来事が起こった事は確かだけど、それは私の口からは言えないんだよ」
「もう王は自分の心と向き合う事はしないのかな?」
テオが聞く。テオは王を嫌っていたはずなのに、王のことを気遣っている。
「それはなんとも言えないよ。どうだろうね、王が自分の心と今から向き合うのは厳しいだろうね」
「それはなんでだ?」
リックが厳しい顔でロビンを見る。
ロビンは悲しい顔をしてリックを見返した。
「今まで、悲しみも苦しみも寂しさも、怒りさえも全部心の奥に押し込めて感じないように生きてきた人間に、今までの感情と向き合えと言ってできるものじゃないんだよ。それは地獄のような苦しみを伴う。もう先の短い彼にそれを求めるのは酷だと思うんだ」
「それはロビンの見解だろ!父上が望むかもしれないじゃないか!!聞いてみればいいんだ。人の気持ちなんて本人にしかわからないんだから!!」
リックの大きな声がその場に響く。
私は生まれる前のあの場所を思い出す。時間も空間も曖昧なあの空間で前世の押し込めてきた感情が押し寄せ苦しかったことを。でも多分、あれがあったから今こうして心と向き合えているのだろう。苦しみの先に幸せがあるのなら、死ぬほど苦しくても自分の心と向き合うのは価値があると思う。思うけど、王がどれほどの苦しみと悲しみを背負って生きてきたかわからない以上軽々しく心に押し込めた感情と向き合えとは言えない。
「そうだね、わからないよね。王の気持ちは王にしか分からない。聞いてみる?リックから、今の話をしてみる?そもそも、リックは父親に言えるのか、心にしまった感情と向き合えって」
リックはグッと体を引いた。そして、間を開けて首を横に振った。
「言えない。そうだな……、言えない。テオの言う通りだよ。言えない」
何度も「言えない」を繰り返す。
「神を信じないことだ。セドリックは元々神を強く信じていたわけでないし、テオバルトが一番心配だったけど、良かった。神は信じれば信じるほど強い存在になる。神を信じたように自自分を信じればいい、テオバルト、大丈夫かい?」
ロビンがテオを気遣う。テオは憔悴した顔で笑った。
「僕もちょっと自分の気持ちともっと向き合うよ。僕は神に力を持たせるためこちらの世界に送られてきたってことかもしれないね」
テオが悲しいそうに言う。
「テオバルト、でも今気づけた。まだ残りの人生は長いよ。大丈夫。間違った選択をしてもいいし、間違ったことをしてもいい。その選択を、その行動を、自分が納得して決めたのなら、その責任は自分で取ればいいんだ。神の意向なんて関係ない。自分がどうしたいかそれだけだ」
「それが、自分の意向が神の意向なのだと思ってきたんだ。自分の心には神が住んでいて、その神が僕を導いてくれると信じてきたんだ」
「それでいいんだ、テオバルト。でも心に住んでいるのは神ではなく、君自身だ。そうだろう?神のために生きてるわけなじゃない。自分のために生きてるんだから」
テオの顔がロビンをじっと見つめる。ロビンはその瞳を受け止めていた。テオの瞳から涙が流れていく。初めて見た、テオの涙。リックも動きを止め、テオの涙に見入っている。
「僕は間違ってたのかな?」
「間違っていいんだ」
ロビンの優しい声。私はテオの背中を撫でる。私の動きを見て、リックもテオの肩に手を置いた。
テオが私を見る。私は力強く頷いた。
テオがリックを見る。リックも力強く頷いた。
「僕は僕のために生きる。でも、今まで僕はずっと神のために生きてきたのかもしれない。僕はこの世界の神の力を強くして、人々を苦しめた側の人間かもしれない」
「間違えていいんだ」
「間違えていいんだよ」
私とリックが同時に呟く。
テオと出会って、初めてテオが弱音を吐いた気がした。
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